第36稿 「声楽の世界:Vittoria,mio core!(勝利だ、私の心よ!)」
今回ご紹介する作品はジャコモ・カリッシミ(1605~1675)によるカンタータです。
この作品はルネッサンス期の作品なので、イタリア歌曲前半・中盤と同じように、元々は単音伴奏です。
いわゆる通奏低音・独唱スタイルなので、オリジナルはピアノの一番下の音をマンドリンやチェンバロで伴奏するのが普通でした。
1914年にイタリア歌曲集を編さんしたアレッサンドロ・パリゾッティが伴奏を編曲したので、現在ではピアノの多重音伴奏が普通です。
ただ、多重伴奏は勢いが強すぎて言葉が流しにくい上に、覚えるセリフも高音の単語もこなすのが大変です。
しかも「私を苦しめた愛する彼女から解き放たれた!」という開放感に満ちた歌詞なので、勢いに乗らなければ曲として相応しくないのが厄介なところです。
曲風も、メロディーが速くてよく動くし、初心者には高い音が出てくるので大変な曲です。
しかし一度、上記のように通奏低音で練習・演奏をしてみてください。そうすると、この曲の本来の美しい姿であるバロック音楽の魅力が姿を表すでしょう。
不思議なもので、多重伴奏ではうるさく感じたこの曲が、通奏低音では意外と質素で人の心を捉える音に変化するのです。
最近では通奏低音をする人は少ないですが、是非その魅力を味わってみてください。
(相変わらずこの人は良い仕事してます)
※歌詞
Vittoria, mio core 勝利だ、私の心よ
non lagrimar piú, もはや涙を流すな、
é sciolta d’Amore 「愛」へのへりくだった奉仕は
la vil servitú. 終わったのだ。
Gia l’empia a’tuoi danni かつてはあの残酷な女が
fra storo di sguardi 溢れるような眼差しと
con vezzi bugiardi 偽りの愛嬌をもって
dispose gl’inganni; お前をたぶらかし傷つけたが、
ie frodi,gli affanni 欺瞞も苦悩も
non hanno più loco, もはや無く
del crudo suo foco 彼女のむごい火の熱も
è spento l’ardore! 消えてしまった。
Da luci ridenti 私の胸の中に
non esce piú strale 致命的な傷を与える矢は
che piaga mortale ほほえむ光のような瞳から
nel petto m’avventi: もはや飛び出して来ない。
nel duol, ne’tormenti 私はもはや、悩みにも苦しみにも
io piú non mi sfaccio 身を亡ぼすことは無い。
è rotto ogni laccio, すべての絆は解け
spario il timore! 怖れは消えてしまった。
※参考「イタリア歌曲集」より 歌詞対訳:戸口 幸策

この作品はルネッサンス期の作品なので、イタリア歌曲前半・中盤と同じように、元々は単音伴奏です。
いわゆる通奏低音・独唱スタイルなので、オリジナルはピアノの一番下の音をマンドリンやチェンバロで伴奏するのが普通でした。
1914年にイタリア歌曲集を編さんしたアレッサンドロ・パリゾッティが伴奏を編曲したので、現在ではピアノの多重音伴奏が普通です。
ただ、多重伴奏は勢いが強すぎて言葉が流しにくい上に、覚えるセリフも高音の単語もこなすのが大変です。
しかも「私を苦しめた愛する彼女から解き放たれた!」という開放感に満ちた歌詞なので、勢いに乗らなければ曲として相応しくないのが厄介なところです。
曲風も、メロディーが速くてよく動くし、初心者には高い音が出てくるので大変な曲です。
しかし一度、上記のように通奏低音で練習・演奏をしてみてください。そうすると、この曲の本来の美しい姿であるバロック音楽の魅力が姿を表すでしょう。
不思議なもので、多重伴奏ではうるさく感じたこの曲が、通奏低音では意外と質素で人の心を捉える音に変化するのです。
最近では通奏低音をする人は少ないですが、是非その魅力を味わってみてください。
(相変わらずこの人は良い仕事してます)
※歌詞
Vittoria, mio core 勝利だ、私の心よ
non lagrimar piú, もはや涙を流すな、
é sciolta d’Amore 「愛」へのへりくだった奉仕は
la vil servitú. 終わったのだ。
Gia l’empia a’tuoi danni かつてはあの残酷な女が
fra storo di sguardi 溢れるような眼差しと
con vezzi bugiardi 偽りの愛嬌をもって
dispose gl’inganni; お前をたぶらかし傷つけたが、
ie frodi,gli affanni 欺瞞も苦悩も
non hanno più loco, もはや無く
del crudo suo foco 彼女のむごい火の熱も
è spento l’ardore! 消えてしまった。
Da luci ridenti 私の胸の中に
non esce piú strale 致命的な傷を与える矢は
che piaga mortale ほほえむ光のような瞳から
nel petto m’avventi: もはや飛び出して来ない。
nel duol, ne’tormenti 私はもはや、悩みにも苦しみにも
io piú non mi sfaccio 身を亡ぼすことは無い。
è rotto ogni laccio, すべての絆は解け
spario il timore! 怖れは消えてしまった。
※参考「イタリア歌曲集」より 歌詞対訳:戸口 幸策

第35項 「声楽の世界:Star vicino(側にいることは)」
今回ご紹介する曲はサルヴァトーレ・ローザが作曲した作品です。
実は、この曲はローザが作曲した事が疑われているのですが、とりあえず曲はあるのでご紹介します。
この曲はまだ絵画・詩・音楽がごちゃ混ぜになった頃の約1600年代頃に作られました。
甘く優しい曲ですが、声楽初心者には結構むずかしい曲となっています。
まず高音が出しづらく、中盤・後半に登場する「è il più vago diletto d’amor!」と「è d’amor il più mesto dolor!」のメロディーがよく動く上に、言葉も多いので、なかなか声の響きと呼吸のバランスが難しいんですよね。
ただし、慣れてしまえば、自分なりのアレンジができて非常に面白い曲です。
ちなみに私は一番最後のラの音をオクターヴ上げて、クラシェンド⇒ディクレッシェンドで終わります。
甘く優しいメロディーに酔ってみてください。
※歌詞
Star vicino al bell’idor che s’ama, 愛する美しい偶像の側にいること、
è il più vago diletto d’amor! それは一番すばらしい愛の歓びである。
Star lontan da colei che si brama, 恋焦がれる女から遠く離れていること、
è d’amor il più mesto dolor! それは最もつらい愛の苦しみである。
※参考「イタリア歌曲集」より 歌詞対訳:戸口 幸策

実は、この曲はローザが作曲した事が疑われているのですが、とりあえず曲はあるのでご紹介します。
この曲はまだ絵画・詩・音楽がごちゃ混ぜになった頃の約1600年代頃に作られました。
甘く優しい曲ですが、声楽初心者には結構むずかしい曲となっています。
まず高音が出しづらく、中盤・後半に登場する「è il più vago diletto d’amor!」と「è d’amor il più mesto dolor!」のメロディーがよく動く上に、言葉も多いので、なかなか声の響きと呼吸のバランスが難しいんですよね。
ただし、慣れてしまえば、自分なりのアレンジができて非常に面白い曲です。
ちなみに私は一番最後のラの音をオクターヴ上げて、クラシェンド⇒ディクレッシェンドで終わります。
甘く優しいメロディーに酔ってみてください。
※歌詞
Star vicino al bell’idor che s’ama, 愛する美しい偶像の側にいること、
è il più vago diletto d’amor! それは一番すばらしい愛の歓びである。
Star lontan da colei che si brama, 恋焦がれる女から遠く離れていること、
è d’amor il più mesto dolor! それは最もつらい愛の苦しみである。
※参考「イタリア歌曲集」より 歌詞対訳:戸口 幸策

第34稿 「声楽の世界:dimmi amor(愛の神よ、私に告げてください。)」
題名の邦題は明らかに原題より長いですね・・・。
まあ、その辺の事は置いといて話を進めましょう。
この歌曲は作曲者アルカンジェロ・デル・レウトが15~16世紀頃にかけて作曲した曲です。
この曲は声楽教本(?)の「イタリア歌曲集」という本に収められた曲ですが、詳細は分かっていません。
ただ、予想するとするならば、15~16世紀といえば大体ルネッサンス後期?中期?の時代でから、マドリガーレやカンタータに似た曲と考えられます。
日本の江戸時代のような「長唄」に似てて、基本的にマンドリン(古ギターみたいなもの)とメロディーだけで自由に歌っていた頃の曲ということです。
特徴は、かなり詩的表現が入っているので、イメージが少々難しいんですね。
しかし慣れてしまえば、中世の頃の独特の空気が満ちた曲ですので、歌っていて面白いです。
ちなみに、歌詞の中の「自由」とは「私の心を、愛するという苦しみから解き放てる愛しい人」、また、「心」は「自分」や比喩していて、「美しい髪に自分を縛り付けた」とは、「彼女の身の回りの何かが原因で、彼女は自分自身をしがらみに縛り付けた(政略結婚?不倫だった?)」と解釈できます。
「想いを送った」とは手紙か伝言なにかでしょうね。その「想いが帰って来なかった」のだから、より一層苦しんでいるというわけですね。
ついでいうと、歌手の方は日本人歌手の短所がいくつか出ていますが上手いです。
発声もアクートを習得している人だからできる発声ですし、感情や音楽的表現もバランスが良く素晴らしいですね。
では、中世の時代を生きた音楽を味わってみてください。
Dimmi,amor,dimmi che fa 愛の神よ、私に告げてください、
la mia cara libertà? 私の大切な自由はどうしているのでしょうか。
Da che andò,come sai tu, あなたが知っておられるように、
a legarsi ad un bel crine, 私の自由は、美しい髪に自分を縛り付けましたが、
questo cor pien di ruine 破滅に導かれたこの心は
non l’ha poi rivista più! その後自由に逢っていないのです。
Un pensier il cor mandò 鎖に繋がれた自由を見出すため、
a trovarla in sue cantene; 心はひとつの想いを送りました。
ma per crescer le mie pene しかし、その想いは帰って来ないで、
il pensier mai non tornò! 私の悩みは一層大きくなりました。
※参考「イタリア歌曲集」より 歌詞対訳:戸口 幸策

まあ、その辺の事は置いといて話を進めましょう。
この歌曲は作曲者アルカンジェロ・デル・レウトが15~16世紀頃にかけて作曲した曲です。
この曲は声楽教本(?)の「イタリア歌曲集」という本に収められた曲ですが、詳細は分かっていません。
ただ、予想するとするならば、15~16世紀といえば大体ルネッサンス後期?中期?の時代でから、マドリガーレやカンタータに似た曲と考えられます。
日本の江戸時代のような「長唄」に似てて、基本的にマンドリン(古ギターみたいなもの)とメロディーだけで自由に歌っていた頃の曲ということです。
特徴は、かなり詩的表現が入っているので、イメージが少々難しいんですね。
しかし慣れてしまえば、中世の頃の独特の空気が満ちた曲ですので、歌っていて面白いです。
ちなみに、歌詞の中の「自由」とは「私の心を、愛するという苦しみから解き放てる愛しい人」、また、「心」は「自分」や比喩していて、「美しい髪に自分を縛り付けた」とは、「彼女の身の回りの何かが原因で、彼女は自分自身をしがらみに縛り付けた(政略結婚?不倫だった?)」と解釈できます。
「想いを送った」とは手紙か伝言なにかでしょうね。その「想いが帰って来なかった」のだから、より一層苦しんでいるというわけですね。
ついでいうと、歌手の方は日本人歌手の短所がいくつか出ていますが上手いです。
発声もアクートを習得している人だからできる発声ですし、感情や音楽的表現もバランスが良く素晴らしいですね。
では、中世の時代を生きた音楽を味わってみてください。
Dimmi,amor,dimmi che fa 愛の神よ、私に告げてください、
la mia cara libertà? 私の大切な自由はどうしているのでしょうか。
Da che andò,come sai tu, あなたが知っておられるように、
a legarsi ad un bel crine, 私の自由は、美しい髪に自分を縛り付けましたが、
questo cor pien di ruine 破滅に導かれたこの心は
non l’ha poi rivista più! その後自由に逢っていないのです。
Un pensier il cor mandò 鎖に繋がれた自由を見出すため、
a trovarla in sue cantene; 心はひとつの想いを送りました。
ma per crescer le mie pene しかし、その想いは帰って来ないで、
il pensier mai non tornò! 私の悩みは一層大きくなりました。
※参考「イタリア歌曲集」より 歌詞対訳:戸口 幸策
