水行末

水行末

第3の人生の足跡の備忘録のためのブログです。

 最近読書が少ない、と云うより読み続けられないのだ。

 児玉清の「ひたすら面白い小説が読みたくて」に最初に紹介されている本、「弥勒の月」(あさのあつこ)を図書館より借り出し、ようやく読み終えた。

 

 児玉清による 巻末の解説は

「まずは、あさのあつこさんの初めての時代小説「弥勒の月」へようこそ。あなたはきっときっと深く深くそして熱く心を揺すられるに違いない。世の中に面白き時代小説は数々あるが、滅茶苦茶面白く、なお且つ読む者の肺腑を鋭い刃物で抉るかのごとく、人間とは、男とは、女とは、人生とは、そして生きるとは何たるかをズシンと胸に響く言葉で教えてくれる本は、そうざらには無い」

 との文章から始まる。

 

 なるほど、途中までは児玉氏のように、面白く読んだ。しかし、読了後一日で結末を忘れ再度読み直す。私には少し話に「無理」があると、小説の持つ宿命を強く感じた。

 なにより、私には児玉氏のように感じる力が無いのだ、私は理解力も感受性も衰えているのだろうな、との思いしか残らない。

 

 昔、「ジャン・クリストフ」を大学生のとき読んだが、その時の感想には「本には読むべき旬がある」だった。大学生の私には。主人公の恐ろしまでの純粋さは、成熟を拒否した軽薄さとしか思えなかった。

 

 しかし、この本は何時読めばよかったののだろうか?が判らない。

 老人は外出を控えろとの話を真に受けている訳ではないが、外出の頻度も出かける範囲も縮小気味となる。パソコンの前で過ごす時間が増える、時として可笑しなものを見る事になる。

 

 それは、元司会者だった人が、youtubeの番組で文字どうり声高に怒りを込めて話す。もう二度と見る気はないので私の記憶違いがあるかも知れないが、その主張は

 

①コロナ禍が始まって3年間が経過した。ところが弱毒化したと云われるコロナで現在起きている騒動はなんだ!この3年間政治家と専門家は何をしていたのだ!と怒りを込めて話す

 

②コロナは弱毒化しているので、この騒動から逃れるためには、コロナをⅡ類からⅤ類へ替えろ!とこれまた、声高に話す。ついこの前まで、私はこの指定替えには反対だったが、との言い訳も添えて・・

 

③朝日新聞の記事から、コロナ感染者数はワクチン接種者とワクチン未接種者との間に殆ど差はない、ここから真面目くさってワクチンの効果に疑問を呈し、ワクチン接種の利害損失を検討し直せと、馬鹿な事を云う。

 

 恐ろしいのは、この番組のコメント欄には、「良く言ってくれた」「社会的影響力のあるあなたのような方が云々」との賛辞しか見当たらない事にある。

 

 

 

①コロナは人類が初めて経験する感染症である、感染が始まった初期には全く人類にはなす術も無かった。ワクチンが開発され、ようやく戦う武器が手に入った。日本ではもう多くの人が接種済だろう。ワクチンは体に抗体を形成させ、発病や重症化を防ぐもので有る。感染を防ぐことは出来ない。

 ワクチン接種者ばかりの世の中で、コロナ感染者数がワクチン接種者とワクチン未接種者で差がなくなる。当たり前ではないか。むしろワクチン接種者の感染者数が増えても何もおかしくはない。大切なのは、重症化の患者数、死亡者数だろう。

 

②コロナ禍の初期と比較すると、死亡者数は激減している。この原因はワクチンの効果? コロナの弱毒化?についても、まともに議論が行われているとは思えない。

 

③私は専門家でもないが、基礎的な素養さえあれば、真剣に考えさえすれば、このような乱暴な議論を声高に話す人は少なくなるだろうとは思う。

 

 

 この元司会者の名は古館伊一郎と云う。報道ステーションで何年も司会を務めることで出来上がった資質なのか?この資質があったからあの番組の司会が務められたか?は知らない。

 先週図書館より2冊の本を借り出した。

 

 「ひたすら面白い小説がよ読みたくて」(児玉清)と「夏目さんちの黒い猫」(関川夏央)の2冊

 

 関川夏央の本はエッセイ集、関川夏央は同世代と云うこともあるが、「御もっとも」と思わせる考察が痛く気に入っいる。児玉清は本好きが全身に現れているのが好きだ。ようやく、「夏目さんちの黒い猫」を昨日読了した。

 

 「夏目さんちの黒い猫」は期待を裏切らない本だった。

 

「貧相・悪相・奇相」では「輿石東の貧相は人の心胆を寒からしめる。」から始め、「日教組」の日本だけでなく、北朝鮮、中国での浮世離れした振舞を揶揄する。「小沢一郎の悪相ぶりも進行した」から始まる文では「悪相の彼には政策が無くあるのは政局だけだ」と論じる。なるほど、小沢一郎に作り上げたい世の中は無いように思える。(国民の生活が一番なんて最も彼が考えてもいないことだろう)

 

 「史上最低の総理大臣として歴史に名を残すだろう鳩山由紀夫は見る人を不安にさせる奇相の持ち主である」との指摘も、その通りと痛く同意する。また「私は、鳩山由紀夫の銅像を国会前に建てるべきだと思う。宇宙出身者を首相にしてしまった偶然と、油断と、ブームの恐ろしさを肝に銘じるために。その時はじめて鳩山氏もひとのお役に立てるだろう。」との指摘も同意するし、マスコミ関係者は心すべきだろうと思う。

 

 

 先日、パソコンに向うと鳩山氏のツィートを偶然に目にした。第7派のコロナ禍において「ワクチン接種者の方が、コロナ感染者数が多いと」ワクチンの効果を否定している。多分最後に話した人がそう言っていたのだろう。鳩山由紀夫がこの時期、首相の座に居ない事を日本国民全体が喜ぶべきだと思う。

 

 

「南極に行きたかった梅棹忠夫」では、梅棹忠夫の半生を概観し、海外での体験を昇華した「文明の生態史観」を著した梅棹氏を「戦前」という時代の厚みと「戦後」という時代の若さを統合する仕事ぶりをしめした梅棹忠夫こそ。「知の巨人」の名にふさわしい存在であった。と結んでいる。

 

 そういえば、先日亡くなった立花隆も、その活動の範囲の広さから「知の巨人」と称された。

 

 私はこの二人の「知の巨人」については当然、著作を通してしか知らない。立花隆は「田中角栄研究」「宇宙からの帰還」「アメリカ性革命報告」「政治と情念」と多くの著作を読んだ、梅棹忠夫に至っては「文明の生態史観」の概要を知るだけだ。

 

 

 それでも梅棹忠夫こそ「知の巨人」と呼ぶに相応しいと思う。時空間スケールの大きな事象を解釈する視座を示す事こそ、「知の巨人」の役割だろうと思う。立花隆は時代に囚われてしまっていると思う。田中真紀子など、どうでもいいのだと・・・・

 

 

 先週の月曜日(7月11日)から、足の甲が腫れ痛みが酷く、ゆっくりと歩いても痛い、階段の上り下りに時間がかかる。痛みが酷いので、椎間板ヘルニアの再発と考えたが、前回私には有効だったカイロプラクテックの施術だけでは痛みが治まらないので、近所の病院にも行く。

 

 先生は「痛風」だと判断?、血液検査を受けるが、結果を見ると先生が期待したように尿酸値は高くない。尿酸値は平均値よりやや高い程度を示すが問題があるとされるレベルにはない。先生の診断も歯切れが悪い。

 痛み止めを処方して貰い、シップテープで対症療法を続けるうちに、痛みが治まってくる。1週間でほぼ日常生活に支障が無くなる。

 痛みを感じている期間は、考え事をするのも辛い。

 

 その最中、実に不愉快な「朝日新聞」の川柳に出会わす、この川柳は故人である安倍元首相を揶揄したもので、その中で私が最も悲しく、不愉快に感じたのは

 

 「還らない命、幸せ無限大」(福岡県、桑原正彦)

 

 この川柳は朝日新聞の言い訳では、「安倍元首相のことではなく、福島原発事故で元の経営者への判決を読んだものだ」そうだ。まあ、この言い訳をそのまま信じる人はいないだろう。この間、安倍元首相のことしか取り扱っていない。

 

 

 これが川柳なのか?、5,7,5の文字数も守られていない。川柳について調べると川柳には「うがち」と「かるみ」と「おかしみ」の3要素があり、「うがち」をベースに「かるみ」の技術を加え、「おかしみ」を生む構造を持つものだそうだ。

 

 ここには川柳を川柳たらしめている要素は全く無い。一人の人間の死を直接的に喜ぶ「人間としてどうなの」と思わせる「卑しさ」しか無い。

 

 このような川柳とも言えないものを選ぶ選者と、これを止める人のいない人達が新聞を作る新聞社は「卑しい新聞社だ」と私は思う。

 先週、今週といろいろな事が起きた。このようにブログに書き残しておかないと、昨日のことも速やかに忘却の彼方だ。と云うことで何があったかを簡単に書き残しておこうと思う。

 

 8日(金)参議院選挙を前に、安倍元首相がまともとは思えない人物にまともとは思えない理由で、手製の拳銃で襲われ、命を奪われた。齢を重ね保守化が著しい私も大きなショックを受けた。その後の姦しい議論にも腹立たしい思いが募る、この出来事に対する思いはもう少し私の内部で咀嚼した上でまとめておきたいと考えている。

 

 9日 図書館へ、先日地元の七夕講演会のテーマ、「南極から星間物質を探る」と「超巨大なブラックホールと銀河の不思議な関係」に関連する書籍を借り出す。

 図書館より借り出した3冊、宇宙関連2冊と沢木耕太郎のエッセイ

 

 

 10日(日)参議院選挙、即日開票。自民党の勝利を喜ぼうとは微塵も思わないが、小沢チルドレンの「森ゆうこ」と「有田某」「白某」の落選は喜びたい。ついでに、福山某も落選すれば良かったのにと、品性下劣な思いに囚われる。

 

 11日(月)、朝起きると右足の甲が少し腫れているし痛みが酷い、20数年前椎間板ヘルニアに1年半悩まされた経験から、ヘルニアは最初に足に痛みが生じたことから、ヘルニアの再発だと判断した、出社したものの痛みで仕事に集中できない。早々に早退させてもらう、また、12日に予定されていた落語を聞く会の皆さんとの昼食会食への出席を遠慮するとの残念な連絡も・・

 

 12日、カイロプラクティック 過去ヘルニアに悩まされた時、知人の勧めで梅田にあるカイロプラクティックで一年半の苦痛に満ちた生活から解放された。それは思い出しても有難い体験だった。過去の診察券を探し出し、予約をお願いして梅田まで出かける。雨の中、その所在地も正確に思い出せず、梅田を右往左往、びしょぬれになる。

 結果、私がヘルニアに悩まされたのは20年前だと云うことが判った、先生は20年前のレントゲンを残してくれていた。

 

 帰宅して、自宅でfacebookを見ていると、思いがけない人物から連絡がある。ブータンで活動中、プンツォリンという街に適当な下宿先が見つからなかったので、大学の近くのホテルを暫定的に下宿先とした。結果としてホテル暮らしは3年近くに及んだ。

 そのホテルの食堂のウエイターとして働いていたニーリャムさんから連絡があった。早速友人登録をして近況を連絡する。

 

 

 ホテル生活でお世話になったウエイター二人、右がニーリャムさん、左がインド人のパデップ君、パデップ君は私はインド人では無く、ベンガル人だと言うのが口癖だった。

 ニーリャムさんにはスマホは高価なものだろうに・・・(10年前、スマホは多分、1か月の給料全額を超えるものだった)

 

 13日、14日「見る将」王位戦、藤井⇔豊島九段戦、AIは藤井王位の優勢を示すが私には接戦としか思えない。藤井王位の勝利、これで王位戦は互角となる。

 

 足の甲のハレと痛みが全く治まらない、ヘルニアの再発ではないのでは?と考え、近所の病院へ行く。血液検査用の採血と痛み止め注射と痛み止め薬を処方して貰う。

 薬が効いて、痛みが引いて初めてブログを書こうと思う気が起きる。痛みは肉体だけでなく精神も痛めつけるものなのだ。

 

 

 

 痛みが「痛風」が原因だったら、それはそれで嫌だなと思うが、何より痛みのない生活を獲得したいと思う。