水行末

水行末

第3の人生の足跡の備忘録のためのブログです。

 文字どうり直ぐに忘れてしまうこと、元々、備忘録を作成する意味も・・・と思うことをメモで

 

10月13日(火)、これはもうブログにも書いた帰国ボランティアの地元自治体表敬訪問の件、記念写真がJICAから届いた、ブログに載せておかないと、忘れ去られるだろう写真を残しておこうと思う。

 帰国ボランティアと副知事と一緒に記念撮影。このような公式的な写真は考えてみれば、殆ど持っていないので・・・

 

 14日(水)、下半身の手術後、初めての検診に西宮まで出かける。術後、生活上の不都合が無くなった。術後の経過は順調との事、そのおり血液検査結果についても説明を受ける。思わず「70歳のお爺さんとして大きな問題は有りませんね?」と聞く。

 昼食は宝塚の駅近所で「とんかつ定食」をビールと一緒に頂く、隣の結構お年を召された女性二人が「だから、私はあの人との付き合いをやめたのよ」とか結構深刻な話を声高に話す。

 

 15日(木)、庭の簡単な掃除、芥川賞の「破局」の読破、終日自宅で自粛生活。

 

 16日(金)出社、お酒も殆ど残っていない素面なので、コスタリカに残した課題

 

 ①上水道中の汚染物質に関するファクトシートの作成、各化学物質に関する毒性に関する知見を整理したカードを作る。久しぶりに真剣に作業に取り組む、時間の経過は早くなるが、作業は意外に進まない。さらに、これをスペイン語にしなければならない。

 

 ②コスタリカに排水基準値のケース・スタディ、これはコスタリカで概成させているので、少々見直しを行う予定。

 

 の2つの課題に取り組む。夕食は三宮のおでん屋さんで頂く。

 

17日(土)、将棋、JT杯準決勝の2戦を見ること以外何もせず、だらだらと過ごす。持ち時間は短い棋戦なので集中してみることが出来る。

 

 今日、日曜日は、庭の掃除以外に特段の予定なし。

 

 ようやく今年の芥川賞の”破局”を読み終えた。昔々、石川達三の「青春の蹉跌」を読んだ時、小説家は大変だと思った。小説家は小説の中に悪人や善人を登場させるが、登場する悪人が余りに薄い、言葉を変えると軽いとの印象で、それは、私には小説家としての石川氏の人間としての深みを疑わせた。

 

 この破局に登場する主人公やその恋人も、私には彼らの内面が理解できないのだ、肉体を鍛えることとセックスをすることが大好きで、自らの行動規範は自らの内部にはなく、父の言葉だったり他人の言葉にある。私の学生時代、学生同士の議論において”軽い”との指摘は、殆どとどめの言葉だった。私にとって彼らは恐ろしく”軽い”存在と感じる。

 

 このような主人公の存在が現在という時代なのだ、と云う主張ならば、このような主人公を創り出す作家が高い評価を受けるのが現在という時代と云うべきだと思う。

 

 この小説では、最後に暴力をふるい、警察官に簡単に取り押さえられる破局を迎えるのだが、このような軽い主人公にとって本質的に”破局”にもならないのはないか?とも思う。

 

 しかし、学生時代に”あいつは軽い”との言葉がまるで人格を全面的に否定するほどの強力な言葉だったのは、何故だろう?

 

 10月7日(水)、地元の市役所の外郭団体で、”シニアの生きがい支援”をテーマとする機関の方から私の話が聞きたいとの連絡があり、出かける。地元のシニアボランティアのOBの方からの紹介があったとの事。ブータン、コスタリカの活動についてとりとめの無い話をする。

 シニアの生きがいと私の活動が直接関係するとも思えないし、地元社会と密接な関係がある訳ではない。今後、どのような形でお手伝いできるかは良く判らない。

 昼食は駅近くで「焼肉」を頂く。お昼なのにもう飲んでいる若い人もいる。

 

 昼食を頂いた焼肉屋さん。

 

 8日(木)、大阪の歯医者へ、コスタリカで時々歯茎が腫れた原因となった歯が2つに裂けているとの事。抜歯、あっという間に終わる。歯医者帰りに梅田の銀行へ、コスタリカへ持って行ったドルの内使うこと無く持って帰ったドルを日本円に換金。価値は一緒なのに少しお金持ちになったような気がする。

 

 9日(金)、この日、何をやったか思い出せない、竜王戦(豊島竜王⇔羽生九段)を時々アベマテレビでみる。11月の初めに元お世話になった会社で「コスタリカ報告」をやれとの事で精華町に出かけるので、京阪奈学園都市にあるホテルを予約する。

 

 10日(土)、芥川賞受賞作の「首里の馬」をようやく読み終える。私自身の感性の衰えを感じる。要は読後になにも感じないのだ。大江健三郎の芥川賞は「奇妙な仕事」と記憶しているが、もううろ覚えの記憶に過ぎないが・・大江健三郎を読んだ時に感じた、恐ろしいほどの才能を、「首里の馬」に感じる事は無かった。私が若ければとも思うが、文学も厳しい時代を迎えているのだと思う。

 竜王戦は、羽生さんが簡単に負ける、タイトル保持100期の達成は今回の挑戦では難しいと思わせる負け方と素人ながら思う。

 

 11日(日)、11月の精華町での「コスタリカ報告」のおり、「若手技術者に今後どう生きるかについて示唆を与えるようにしてくれ」との難しい課題をめちゃぶりをされたので、コスタリカ報告のPPTにまとめの一枚を追加する。これが難しいたらありゃしない。考えるヒント集を箇条書きして誤魔化す方針でメモを作る。

 

 12日(月)出社。午後、会社の若手技術者を対象とした「コスタリカ活動報告」、夕食は居酒屋で・・・

 

 13日(火)午後、兵庫県県庁へのボランティア活動報告、表敬訪問、久しぶりに背広を着る。帰国して体型が崩壊しているので、背広で正装するとお腹がきつい。

 

 コロナ禍の影響で広い会場で、間隔をあけて。参加されたボランティアの皆さんの活動報告を聞く。私は参加者が多いので、只ひたすら短く活動報告をさせてもらう。

 夜は近くの「金時食堂」で頂く、おでんが実に美味。この表敬訪問を契機としてコスタリカに残してきた作業課題について、改めて取り組もうと思う。

 9月28日(月)出社。下水管更生に関する各種指針書、管渠耐震設計指針書の勉強、夕食は何時もの居酒屋ではなく三ノ宮地下街の食堂で頂く。

 

 29日(火)、早朝より大阪へ出かける。大阪天満宮から歩いて(株)大林道路の会議室をお借りして、知人に皆さんに「コスタリカ活動報告」をやる。帰国して初めての報告会。メンバーは元大林道路社長を初めとするそうそうたる皆さま。講演後、近所のレストランで会食。

 元々、あらゆる事に造詣の深い皆さまなので理解が早く、深い。色々な質問を頂き、楽しいひと時を過ごす。食事も美味しいものを頂いた。カメラを持参したのだが撮影を忘れる。

 

 30日(水)、姫路のO山氏から届いた唐辛子を京都に住むブータン人の教え子、精華町に住む教え子に送る。ヤマト運輸で送付用段ボール箱を購入、唐辛子を2つに分ける段階で何も考えず作業をしてしまう。2種類の唐辛子があったのだが、間違えてそれぞれに1種類の唐辛子を送ってしまった。

 

 O山氏より送っていただいた唐辛子、上部の3袋は同じ唐辛子、下部は異なった種類。後日、彼らから、それぞれお礼のメールを頂く。一度、ブータン料理を皆で食べようとの連絡が来る。コロナ禍の影響もあるので泊まりがけでホテルを予約して出かける予定。

 

 10月1日(木)、明日からの下半身の病気手術入院の準備。パジャマなど入院セットを申し込むので準備と云っても、洗面セット、書類と少々のお金を準備するだけ、簡単なものだ。昼食は久しぶりに回転寿司、夕食は冷蔵庫の残り物の処理。

 

 2日(金)早朝より病院へ、手術準備、手術は12時ころ始まって20分程度(もっとかかったかな)。病室はとりあえず最も安価ではあるが個室をお願いする。この日はずっとベッドで過ごす。

 

 3日(土)、病室で過ごす。点滴、先生の回診ぐらいしかイベントは無い、退屈そのもの、体型が醜いことを改めて感じる。退院したら体を動かさないと・・・・

 

 4日(日)、午後退院、日曜日なので入院費用の精算は後日となる。帰宅途中で昼食、帰宅、僅か2泊3日間の不在にすぎないのに自宅のベッドが久しぶりと感じる。

 

 5日(月)、出社、午後会社の若手の技術者を対象とした「ブータン活動報告」、神戸シニアカレッジで講演に使ったパワーポイントを流用して2時間近く話す、なんせ、ブータンから帰国して10数回は講演しており、そのたびに内容を追記するので講演内容が膨大となっている。最初のころは1時間で終わったものが、段々と長くなり、今回はなんと2時間近くかかってしまった。若い人も聞くのが大変だったろうと思う。申し訳ない。

 来週も同様の講演会が予定されているが、次回は「コスタリカ活動報告」なので30分で終わるだろうと思う。

 

 コロナ禍の影響で参加者も限定され、10数名の参加者。チベット仏教国家の興亡など日常の設計業務と全く関係ない話は、彼らの興味を引くことができたのだろうか?まあ、ブータンと云う遠く離れた小さな国にも私達と変わらない生活を送っている人々がいる事を知ってもらえれば、それで十分だろうと思う・・・・

 

 幸いなことに今週もとりあえず、手帳の予定欄が黒い。

 

 ブログを書く気が中々起きないのだが、1週間に一度はメモを残しておこうと思う。

9月21日(月)、休み、図書館へ行く。新聞の読み比べ、もう新聞はダメだなとつくづく思う。散歩、自宅で将棋、叡王戦を見る。(豊島竜王と永瀬2冠)、豊島竜王は名人位を失ったものの、再度2冠に帰り咲く。

 

22日(火)、藤井棋聖と羽生九段の勝負は放映が無い。将棋観戦で時間を潰せないので、パソコンの前でだらだらと過ごす。A氏よりテレビ電話の呼びかけ、電話をするとブータンの教え子、インデラ君とマノジ君がA氏宅でバーべキューを楽しんでいる。インデラ君は日本語には苦戦しているよう、マノジ君はもう何不自由なく日本語を操る。彼らを自宅に招待する時がくるのだろうか? 

 京大でも近く対面授業が始まるだろう。O氏からブータン唐辛子を入手して京都まで届けようと考えているのだが、何時になるかな・・・・

 

 A氏は10月にダッカに再赴任するとの事、日本→ドバイ→ダッカ の経路で赴任するとの事、気になって調べると、エミレーツ航空だけは現在でも確り国際線運行を行っているのだ。

 

23日(水)、出社。下水管の耐震設計手順と、下水管の更新工法に関する設計基準書を勉強して一日を過ごす。現役の時にハード施設の設計を殆ど経験していないので、各種の数式の物理的意味を直観的に理解できない事が致命的だな、と思う。夕食は一人で居酒屋で・・

 

 

24日(木)、元の会社のOB会の集まり謳桜会が高槻で開催されたので出かける。漢詩のイロハを学んだが、直ぐに忘れる。昼間からお酒を飲み楽しいひと時を過ごす。皆さんの高齢化が進んでいるのだろう、重鎮の欠席が目立つ。 

 

25日(金)、大阪の歯医者へ出かける。コスタリカでは何とか持ってくれた歯も日本に帰ってきて、歯茎は腫れるし歯並びは乱れてくるし、もう誤魔化せない。次回は抜歯との事。

 夜は将棋観戦、斎藤8段と菅井8段のA級順位戦、面白くみるのだが、なんせ、一手を指すのに1時間を費やす事もあるので、同じ盤面を見続ける。斎藤8段が優位で進むも時としてAI判定で殆ど差が無くなる。それなりに面白く見させてもらう。斎藤8段の勝利。

 

 

 コスタリカから帰国して半年以上が過ぎたが、ここ1か月は①眼鏡の新調、②高血圧治療(要は血圧降下剤の服用の再開)、③体重の増加対策としての散歩の再開,④下半身の人に言えない病気については、何とかコスタリカ活動中はやり過ごせたのだが、帰国後の生活の乱れが・・・結果、3年前にお世話になった病院での再手術を10月にやる事となった・・・

 

 ここしばらくは、体のオーバーオールの時と割り切って過ごそうと思う。次は頭の老化の防止についても真剣に考えなくては・・・・・

 

26日(土)、ブータンの教え子に渡す唐辛子の発注手続き。無事、近日中に生の唐辛子の入手が可能となる。ブータンに一緒に行ったO

氏に感謝。来週も有難いことに手帳が黒い。予定があることは有難いことだと思う。