水行末

水行末

第3の人生の足跡の備忘録のためのブログです。

日記

 9月13日(日)

 沖縄知事選、デニー玉城氏が3期目当選ならず、私としては、まあ当然の結果と考えている。同志社高校の学生の死亡事故にたいする対応は酷かったと思うし、彼のあらゆる立ち居振る舞いが間違った社会を目指しているとしか思えない。

 夜は、YOUTUBEでアメフトのシーズンが始まったことを知る。当分の間、日本のプロ野球、アメフト観戦で時間を潰せそうで有難いことだと思う。

 

9月14日(月) 

 出社、雑用の処理。一緒に働く若い部員の退職を聞く,今月末で退職するとのこと。同僚に送別会には必ず声をかけて欲しいとお願いをする。付き合った期間は短いが、頑張って欲しいと思う、良い子だと思うので・・・後日24日に送別会開催の連絡が届く。

 夕食は回転しない回転寿司へ。

 

 15日(火)

 午後から神戸市民中央病院で先週のMRI検査結果を聞く。私が疑われている「水頭症」について、先生の判断では顕著な変化は認められて無い様で、先生から3か月ごとに実施していた検査の間隔を延ばそうと提案があり、一年後かなと考えていると、来年3月に検査を実施することとなる。少し気持ちも楽となる。夕食は自宅近くの「Bronco Billy」で珍しく大量の食事を摂る。

 

 16日(水)

 午後、大阪までで出かけ、定例の打ち合わせに出席、特段の問題もなく打ち合わせは終了する。鴫野駅でまた、イコカカードを紛失する、なんとこの1か月で2回イコカカードを紛失した、それも2回とも鴫野駅である。認知の進行は思っている以上に進行している?

 

 17日(木)

 午後から三宮で老人の昼のみ会、メンバーは老人でかつ個性的でかつ頑固なので、政治的な会話になるとあまりよろしくない。改めて気が付いたのだが、どうやら、このメンバーの内2名には「高市首相」の評判が芳しくない。私は相対的比較から自民党の圧勝を導いた指導者として評価されるべきと考えている。なにより世襲でもなく、東大卒でもない女性が首相の地位まで登りつめたことは高く評価されるべきだろうと思う。

 中道の小川代表など、時として自分が何を喋っているのか?自分で理解しているのか疑問に思う政治家と比較すると・・・・高市首相は超合格点と思う。

 頑固で個性的な老人たち

 

19日(土)

 京都でブータン科学技術大学のミニ同窓会に出席、私はJR宝塚線で事故のため車内で2時間を過ごし大きく遅れたが、現在タイに留学している「チォキ嬢」に会うため、大幅に遅れるもなんとか京都へ久しぶりに楽しい一時を過ごすことができた。「チォキ嬢」はすでに結婚しており、現在、タイの大学に留学しているそうで、奨学金の関係で帰国後4年間は現在の職場で勤務する義務があると聞く。日本の企業で働く「タシ嬢」は話のなかで「先生、チォキが痩せているのは、ストレスだ」と話す。

 

 「マノジ君」は京大修士過程を経て、清水建設に入社したが、現在、外資系の風力発電装置製造会社に勤務しているとのこと。信州大学の豊田先生も参加できていたらと思う。

 いづれにしても彼らと話していると、ブータンに行って良かった。彼らの前で教壇に立てたことが幸せだったと心から思う。

 

 右側にマノジ君、チォキ嬢。タシ嬢

 ブータン科学技術大学同窓会?のメンバー。私は老人と良く判る。

 

 タシ嬢(左) チョキ嬢(右) こんな可愛い子達を教えていたのだと感謝。

 

20日(日)

 市役所から後期高齢者高額医療費給付申請書が届く、要は私が支払った高額医療費にかんして補助をしますので申請書をだせ、とのこと。必要事項を記入して投函、この医療費にかんしては心当たりは小松市で高熱で市民病院へ救急搬送されたあと、1週間ばかり入院した時の医療費だろう。世の中が進んだなあ、とおもうのは、給付申請書に医療費の支払い額、領収書なでの添付が要請されていないことである。まあ当たり前ではあるが、

 

22日(火)

 次男の家族と地元で昼食をとる、久しぶりに「王将」で餃子、醤油焼きぞばを頂く。

 

 

24日(木)

 会社に手土産を持参しようと、パティシエ小山まで家人の運転で出かける。お店は定休日。仕方なく手ぶらで出社。夜は若手技術者の送別会へ

 若手技術者の送別会、同じ会社に勤めるのも1回の人生、転職も1回の人生、思っているより短い。頑張って欲しいと思う。

 

日記

9月4日(金)

 私は基本的にはお腹がやわらかい体質である。暴飲暴食をすると簡単に下痢状態となる。さらに便の出口部分は度重なる手術で弁としての機能にいささかの問題を抱えている。ところがこの日は、3回もトイレに行って、いきむもまったく排便できない。便秘で苦しんだことがないので、3回もトイレにいって排便できないと、恐怖を感じる状態となる。

 夕方になって、ようやく・・・・・・・・・、この種の苦しみはほとんど初めての経験で、便秘に苦しむ人の悩みが初めて理解できるような気がした。

 昼食は近所の焼肉屋で頂く、久しぶりにまともな昼食で、夕食時、食欲が皆無となる、近頃、小食となって胃が小さくなっているためだろう。

 

9月5日(土)

 ブータン教え子の一人であるマノジ君から電話があり、京都で開催するブータン科学技術大学ミニ同窓会を18日(金)から19日(土)に変更してほしい旨の連絡が入る。ばたばたと関係者に連絡、会場の予約変更も完了する。

 その他現在お世話になっている会社の営業部から電話:9日に私が担当している業務の検査日が決定したので出社せよとの連絡、自治会の防犯パトロール参加予定が19日となっていたので、防犯部リーダーに変更願いの連絡、この日は電話ばかりしていたなあ・・・・の感想。

 

9月6日(日)

 ブータンミニ同窓会開催を予定している19日、豊田先生から出席不可との電話がある。ミニ同窓会に教え子3人に加え豊田先生と一緒に、ブータンの思い出話を色々と話せるなと考えていたので、残念。

 久々に2階の自室の掃除機かけ、部屋がきれいになる。私が喫煙者のため私の部屋のカーテン(特にレースのカーテン)の汚れが目立つようになってきたが、洗濯は今後の課題として先送りする。

 

9月7日(月)

 出社、雑用処理、夕方は久しぶりに百々氏と神戸で飲む、世間の動向の最新情報を入手しりために彼に声をかけたのだが、少なくともウクライナ戦争の現況は私の方が良く知っていた。(まあ、私がyoutube の「真・防衛研究所」の番組をみているだけなのだが)しかし、毎日1500人のロシア軍が死傷しているのに戦争を止めれない指導者は・・・と思う。

 

 プーチンをはじめロシア人はナポレオン、ヒットラーにも、唯、闘い続けることによって勝利した体験を忘れていないのだと思う。味方の戦死者など問題ではない、人口は我が方が多い。地の利もある。闘い続けることが勝利を保証する。ところが、今回の戦いはある意味同族の戦いである。この戦争は恐ろしく意味のない、悲惨な戦争だと・・・

 

9月8日(火)

 神戸中央病院へ行き、頭部のMRI検査を受ける、もう3か月に一度の検査を受けるのも3回目になる。防音の耳当てを付けるもMRI検査の音の大きさの前には耳当ての効果など無いに等しい、検査時間も40分は拘束されていた気がするが、検査終了後、検査官の技師に聞くと20分程度の検査だと、時間は感じる人の主観だと改めて思い知る。

 

9日(水)

 出社、業務の検査は、ものの10分程度で終了。三宮駅前の「おらが蕎麦」でおろしそばを頂き、帰宅。

 久しぶりの「おろしそば」美味しくいただいた。

 

10日(木)

 おせち料理の代金をコンビニで支払い。近くの銀行で通帳。youtube で岸和田のだんじり祭りの様子を見る。岸和田も多分人口減少に悩まされていると思うが、22の町から山車がでるという、若者も普段は殆ど町にいないと思うのだが、この祭りのために地元に帰ってくるのだと思う。岸和田という街をこの祭りが支えている。もんだいは、それが一時的なものだということか?

 

 「春秋山伏記」(藤沢周平)を読み終える。藤沢周平の中では少し異色の話だと思う。昔、学生時代、大峰山に登山をしたことがある。当時、山の中で山伏を見かけることは珍しいことでは無かったと思う。大峰山系は山伏修行の中心地だったと記憶する。修行を終えた後、山の麓には温泉地があり遊郭が存在していたと記憶する。貧しくて大らかで、いい時代だったと思う。

 

日記

 8月26日(水)

 NTTへの支払い振り込みが遅れ、25日に利用停止するとの警告を含む請求書が届く、コンビニで支払いをすると、25日にはネットでのインターネット接続が不調だったが、26日夜に回復した。この間の支払遅れがネット接続不調の原因かどうかは今も良く判らない。

 この日はネットを利用せず紙ベースで「おせち料理」を発注する、早期の発注なので割引率が恐ろしく高い。

「おせち料理」は田舎の姉二人と自宅分の3つを発注する。大きな仕事をした気分にはなる。

 

 この日は図書館へ行き、新聞を読む、朝日新聞は相も変わらず、情緒的記事の羅列が続いている、いまや、電車の中で新聞を読む人を見ることは無い、新聞がこのままでも生き残れるとは誰も考えていないはずなのに・・・・朝日の論調には変化はない。元朝日新聞記者の今野氏によると朝日新聞にはヒラメ記者(上司の顔だけを見る)ばかりだと、新聞社内部だけに共有される価値観が紙面を支配するのは健全とは言えないだろう。

 

 図書館で個人の水彩画の展示を見る。絵の中の橋梁は土木学会から表彰された橋なのだが、個人的には利用者があまりに少ないと思う、土木施設は人々に利用されてなんぼだとは思うのだが・・。

 

 27日(木)

 友人と大阪駅前ビル地下で昼のみ、ネパール土石流の話、元の職場での人間関係の話、他者を格付けし自分より上もしくは自分より下に区分し、格上には卑屈な態度を保ち、格下には傍若無人な振舞をする嫌な人物がいたなと話す。ネパールの土石流については、地震が原因と友人と話すが、後日報道を確認すると雪崩に伴い地震が発生したとのことで、原因は雪崩ということのようである。

 

 ブータンでの自炊生活の思い出

 ブータンで3年間、自炊生活をした。作った料理の種類は多くは無い。カレー、てんぷら、おでん、などを作った。ブータンでは魚、肉が入手しにくいので料理も限られていた。今思い出しても心に残るのは、おでんには絶対に「辛し」が必要だ。「辛し」がないとすべての食材が同じ味となる。皆さんも一度「辛し」無しで、おでんを食べてみて欲しい、味が単調でつまらない料理と思われるはず。

 ブータンでは同僚の戸田さんから粉末辛しを頂き、地獄の「辛し」なし状態から脱却できた。戸田さんはブータン自炊生活の恩人だと今も思う。

 

29日(土)

 YOUTUBEでネパールの土石流映像を確認、土石流の原因が大規模な雪崩が出発点であることを知る。

 お風呂で島根県の旅行案内パンフを読む。思い出すのは百々くんと一緒に出雲を訪問した時の事である。稲佐の浜を見た時、私たちは「ちんけ」な浜だなと恐れ多い感想を漏らした。その後、初めて、10月に全国から八百万の神が稲佐の浜から出雲大社へ集まることを知った。日本人として恥ずかしい発言であった。八百万の神さまお許しを・・

 

30日(日)

 日本における風水害のスケールの変化が大きいと思う。洪水対策は計画降雨を想定し、洪水規模を予測し、計画洪水をダム貯留と河道拡幅で分担することが日本の河川計画の基本と考えている、さらに今後は流域対策も考慮する方向だと思うが、近年の雨の降り方は明らかに異常と思う。近年の台風も挙動不審としか思えない。今後の治水対策の在り方は今一度大きく見直す必要があると思う。

 

31日(月)

 出社、現場で工事完了検査の立会、初めての体験で事前には色々と考え準備をしたものの不安はぬぐえなかったが、案ずるより産むが易しで、大きな問題もなく検査は終了。しかし現場は実に暑い。

 

9月2日(水)

 大阪市内で定例の打ち合わせがあり。午前中より出かける。大阪市内は恐ろしく暑い、「暑さ寒さも彼岸まで」との先人の教えはどうなったのだ?帰りに昔時々食事に行っていた新梅田食堂街にある洋食屋で昼食、昔の味が少し変わっていると感じる。歳を食えば食の感覚も変わるのだろう。

 自宅に帰りパソコンに向かうがキーボードのあまりの汚さに、10分ばかりウェット・ティシュで汚れを取る。見違える美しさと言うよりキーボードが白くなる。

 若い時時々利用した洋食屋、味はなにか微妙と感じた

 

9月3日(木)

 ブータン科学技術大学ミニ同窓会

 久しぶりにメールを確認する、ブータンの教え子が学会参加で日本に来るらしい、この機会に日本にいるブータン科学技術大学の卒業生が集まって数人ではあるが、ミニ同窓会を開催して、私とも会いたいとのメールが届いている。本人に是非会いたいとメールを返信し、日本にいる教え子にも連絡する。同窓会の会場は京都の「がんこ」とし、私が予約を手配する。

 上手くいけば、女性2名男性1名の教え子と久しぶりに会えることとなる。久しぶりの嬉しい知らせである。

 

日記

7月18日(火)

 部分入れ歯が壊れたので近所の歯科医の予約を試みる。お世話になってきた大阪の歯科医へ行くと交通費が医療費を上回ることとなるため、ネットで地元歯科医を調べる。評点の高い歯科医へ電話、初診予約が可能なのは早くても10月だと言われる。あらためて、異なる歯科医に何度か電話をして近所の歯科医で今月25日に初診の予約を取ることが出来た。

 

 図書館より借り出した本の返却要請が来たので図書館へ返本に行く。柴門フミさんと筒井康隆両氏の本を返却。柴門フミさんの本は読むのは初めてのであり、漫画も殆ど読んでいない。本の中に何度も登場するご主人の弘兼氏の漫画、「人間交差点」「課長島耕作」のほうがよく読んだ記憶がある。

「人間交差点」は後輩に言わせると、「田舎者は都会で幸福にはなれない」と云うテーマだけとが、私はそうは思わない。

 筒井康隆はその露悪趣味から行けば、「大いなる助走」が特筆すべきだと思う。読後感の悪さは一級品だと思う。しかし、今の若い人には登場人物が、誰を揶揄しているか?もう簡単には判らない時代となっている?だろうなと思う。

 

 

7月19日(水)

 大阪まで仕事で出かける。イコカと神姫バスの交通カードを紛失していることを鴫野駅で気づく。お金を入れていない定期入れのため、もしやと思いJRの忘れ物センターに電話、丁寧な応答だったが定期入れは見つからず、ただただ、自分の間抜けさに落ち込む。2,3日は無駄な問い合わせを繰り返した。

 

20日(木)

 夏祭り、防犯部からの連絡がlineで来ていたのだが、携帯の誤操作だろうと思うが、私の携帯では集合時間、集合場所が確認できない。自治会の事務所へ行き、集合時間と集合場所を確認。ぼけ老人が夏祭りに何ほどの力となるか?疑問しかないが、御勤めは果たそうと思う。

 

22日(土)

 地元自治会の主催による「夏祭り」15時より地元の小学校のグランドへ行く、私の役割は防犯部員として、来訪者特に自転車で来訪する方の自転車駐輪場への案内、30分単位で交代するものの、すぐに日焼けするし、疲れる。疲労困憊で自宅に帰り、水シャワーを浴びるも疲労困憊状態は変わらず。

 読む本がないので、藤沢周平に回帰して、もう何回目か判らないが「たそがれ清兵衛」を読み始める。認知の進行もあり、ほとんど初めて読む感触にちかい。これは幸せな事なのか?

 夏祭り開始まえの様子、近くの自治会では熱中症を恐れて、夏祭りを実施せず、秋に祭を行う自治会が多いらしい。

 

7月24日(月)

 寝坊するも出社、雑用を処理。午前中施主と打ち合わせ。課題となっていた申請図書の作成について漸く、施主の意向が正確に理解できた。午後から女性部員の力を借りて申請図書を概成、施主にメールする。久しぶりに7時を超えて作業をする。

 

25日(火)

  午前中買い物、紛失したイコカカード用の定期入れの購入、午後から予約した歯科医へ、部分入れ歯が壊れたので、破損部分入れ歯を持参、破損入れ歯を簡易修理、今後の治療計画を相談して帰宅、9月の予定がだんだんと埋まってくる。ネット接続が不調、ルーターが悪いのか原因が不明、気分が最悪。 

 

 

日記

8月7日(金)

 地元の自治会の班長が輪番で今年も回ってきた。班長の役割には回覧板の回覧の手配の他、自治会員への資料配布がある。今月は自治会主催の夏祭りの案内と熊本地震カンパのお願いの2種の資料配布が必要だった。配布資料を持って班員の家庭を回る、住民も高齢化しているのだろう、自治会を退会されている人も多い。自治会開催の夏祭も今夏で35回目となるらしい。

 街が歳をとるのも当然だと思う。

 

8日(土)

 買い物、(ビール、口内洗浄剤、炭酸水、パン、庭散水用の散水装置)。1か月ぶりの散髪を終えるともう一仕事した気になる。散水装置をホースの先端に取り付け、庭への試験散水、蚊の攻撃は大変で殺虫剤で抗戦するも・・・全身至るところに蚊の攻撃跡、痒みが残る、次回からは完全装備が必要と痛感する。

 

9日(日)

 完全装備、長袖シャツ、長ズボン、靴、虫よけ・・・・で庭の散水、しかし、蚊は顔を攻めてくる。

 一つの木に複数のセミの脱皮から、見にくいが6匹以上も脱皮殻がある。セミはよく考えた上で産卵場所を選定しているなと思う。

 

 

10日(月)

 出社、部会出席

 

11日(火)

 

12日(水)

 昼からブータンで同時期に活動した豊田先生、竹田氏と三宮で昼のみ、ブータンで今年5月開催された国際会議の様子、科学技術大学のその後の様相、同僚の様子を豊田先生から聞く。ナムゲイ・オム女史も結婚、子供もいるとのこと。すべてが変わっていく。

 三宮でのミニブータン会、昼のみ会

 

14日

 近所のインド料理店で定食以外にも、サモサの単品があることを知り、この日はサモサとラッシーで簡単な昼食、

 インド料理店で見つけた「サモサ」とラッシー。

 

15日

 下の息子家族の帰省、市内の蕎麦屋でそばを頂く。この間、携帯電話で写真を撮るも携帯電話の契約通信容量を超過しているので、パソコンに伝送できない。息子の嫁から、家のwifiを利用できるよう設定してもらう。まあ、これで契約通信容量の増大は防げるし、写真の伝送ができる。

 

 孫はそばが美味しいと・・・

 そば粉100%のそば、美味しく頂いた。

 

16日(日)

 自動車保険費用、NTTの費用振込、老人となって慎ましく生活しても生活費用は減少する訳ではない、

 家人の足の膝の調子がオカシイ、老人には不可避のことと思う。私の場合は足取りがおぼつかなくなっている。

 

17日(月)