水行末

水行末

第3の人生の足跡の備忘録のためのブログです。

・血圧の測定

 6月に小松市まで兄の告別式に出かけ、体調崩し8日間小松市民病院に入院した。その折の血圧は180から190と極めて高かった。無事に退院して地元に帰り、かかり付けの医者を行き血圧測定をお願いすると126/66と正常値だった。

 その後、血圧測定器による不定期な測定を続けると、138~156/70~86の範囲にある。安定はしていないが、まあ良しとしよう。

 

24日(金)

 手帳にもメモ帳にも何も記述がない。何をしたのか当然記憶もない。

 

27日(月)

 定例会議で大阪まで出かける。大阪市内を日中に歩くと、陽射しと気温が体力を削る。街を歩くのは結構な苦行となる。第二寝屋川の水質(透明度)は私の学生時代を思えば、大きく改善されている。鴫野大橋から川面を眺めると1m近くと思われる鯉が複数悠然と泳いでいる。

 他にもフナなどが生息しているのだろうが、生物多様性は低いのだろうな。

 

29日

 図書館へ行く、本の返本と新たな本の借り出し。「老いては夫を従え」(柴門ふみ)と「笑犬婁の逆襲」(筒井康隆)の2冊。

 

 「老いては夫を従え」は楽しく、すぐに読んだが、内容を直ぐに忘れる、2度読みをしても前回を少しも覚えていない。

 筒井康隆の本はこれから読むのだが、題名の婁には木へんがつくのだが私のパソコンでは当該の漢字が出てこない。

 借り出した2冊の本、読んでも直ぐに内容を忘れる。

 

30日(木)

 神戸市での検査出席、若い担当者の頑張りで無事に検査終了。私は最初の挨拶だけなので楽なもの。

 

8月1日(土)

 友人と大阪駅前ビルで昼のみ、何時もは平日に昼のみをするのだが、この日は土曜日なので、昼から客が多いし、若い人、特に女性が多い。驚いたのは、少なからずの若い女性が刺青をしていることである。刺青も漫画に近いものからいろいろな絵柄があるようで、彼らは今は楽しんでいるが、この子達はいつか後悔するだろうなと思う。

 

 友人も私も老いたので、自身や連れ合いの老化、能力の低下が共通の頭痛の種。あまり楽しい話題はなかったが、会話の成立する友人は財産だと改めて思う。

 

8月2日(日)

 部分入れ歯が壊れる。前回はお世話になってきた大阪の歯科医まで出かけて補修をお願いしたが、今回の破損の程度は??大阪まで出かけることを考えると少し憂鬱となる。

 

8月3日(月)

 出社、部会への参加、この週のスケジュール確認と調整。

 この春から同僚となったM氏から、昔、私が投稿した原稿を記載した「環境衛生工学研究」(Vol,27,No.2)をいただく、この中で私は小論文を寄稿しているのだが、まったく記憶になく、自分自身が驚くこととなった。

「ブータン(幸福大国)で環境工学を教えています」というのが、13年前に私が投稿した駄文のタイトルである。13年前の出来事なので投稿自体を覚えていない。

 

 自分の記憶力は劣化しているが、赴任半年なので「嘘」を書かないよう配慮した跡は伺えるので、それで十分としよう。(当時、ブータンは幸福大国としてもてはやされていた、住んでみて「それは違う」とは強く思っていた)

 

8月5日(水)

 大阪定例会議へ出席。夜、風呂のシャワーが故障、水もお湯も出ない。ネットで修理屋を探す、機器の故障なら問題ない?が配管からの漏水ならば、放置すれば大変と思うも深夜に電話をすることに躊躇する。

 

6日(木)

 水回りの問題ならと謳うお店に電話、1時間後に技術者がくる。分岐水栓の故障と判り取り換え作業で簡単に修理が終わる。午後から神戸市の現場へでかける。移動とあらゆる動作に老いを感じる、現場視察だけで疲労困憊、久しぶりに「焼肉屋」で食事。

 20年で使用期間が過ぎるらしい分岐水栓を交換してもらった。心なしかシャワーの勢いがなくなった気がする。

7月10日(金)

 図書館へ行く、新聞を読み終え、図書館を回覧する。ただ、本の背表紙を見て回る。結果、「昭和的」( 関川夏央)と「あるいて行くとぶつかるんだ」(椎名誠)を借り出す。本の背表紙を見ると、私を読んでと本の背表紙が主張していると「読まずに死ねるか」で内藤陳氏が書いているが、私は到底そこまで至っておらず、「昭和的」(関川夏央)はこれまでの彼の著作にはずれがないという経験による、「あるいて行くとぶつかるんだ」(椎名誠)はただ何も考えずに読めること、時間が潰せることを期待してのこと、内容には期待していない。

 

7月11日(土)

 昼食は「松の屋」のカツカレーを頂く、昔のカレーの復刻版らしいが、美味しかったか?疑問。

 Youtube で養老孟の番組を見る。闘病中なのだろう、ガン治療の現況などを話しており、ガン治療法の確立はあと数年あれば確立するだろうこと、それにより生存期間が長くなる云々の話を聞く。

 私の母は、若いころ「生に執着する人」をあまりよくは言わなかった。ところが、本人が90の歳を超えると、生への執着が凄くなった。

 母の轍を踏まずに生きたいと真剣に考えているが、生の執着を振り切ることは養老氏でも簡単ではないのだ。私のような凡人には無理だろうな・・・・

 

12日(日)

 「古典まんだら(下)」(田辺聖子)をパラパラと読む。実に面白い、平安時代の男女の関係性は実におおらかというか、通常の感覚では色気違いと呼ばれてもおかしくはないと思う。

 昔の人々も上流階級はおおらかに生れたのだろうと思う、しかし、色恋沙汰にも階級差が色濃く反映されていたと思う。これは過去も現在もそうなのだろうと思う。

13日(月)

 出社、

 

16日(木)

 午後から老人が5人、三宮会と称して三宮で昼飲み。メンバーの一人はお風呂で転倒、1か月間の入院・退院の経緯を説明してくれる。老人は大変なのだ。

もう一人(私のこと)は兄の告別式で小松市まで出かけたおり、体調不良で救急搬送され8日間の入院経験の報告。全体的には暗い話が続く。

 

 「人生は与えられた時間」だと、改めて思う。

 

17日(金)

 歌人が娘と大阪のホテルで宿泊、お土産の「柿安」の弁当が実に美味い。

18日(土)

 孫2人、息子夫婦、娘と家人で昼食に出かける。中華料理、大変美味しくいただいた。この間美味しい食事にありつけている。

19日(日)

 自治会の会合にでかける。久しぶりに自治会活動。

20日(日)

 娘が帰京

22日(水)

 久しぶりの「ブータン会」が大阪で開催されたので出かける。メンバーはブータンで活動した経験を持つ人々、現在タジキスタンで活動する人やこの秋、ウガンダに出かける人、色々な人がいる。メンバーが個性的に過ぎると何時も思う。

 

 Youtube で見た番組で心に残るもの

 ・アンカレッジからファバンクスまでの電車旅の様子を面白く見る。このような旅の追体験ができることが素晴らしいと思う。

 ・田舎暮らしの紹介番組、田舎で廃鶏を引き受け、自然状態で育てることで。毛の抜けた見すぼらしい鶏が数週間で毛並みが回復し、産卵する番組も面白く見た。

 

7月2日(木)

 ゆっくり起床、図書館へ行き、新聞を読み館内の本の背表紙を見て歩く、読みたいなと思う本、作家が居なくなっていると思う。小説家にも不幸な時代になっていると思う、私が学生時代に本に使ったお金を今の学生が使っているとは思えない。

 私が学生時代、熱意を持って読んだ「高橋和巳」の本は図書館にもないし、もう、若い人に読まれているとも思えない。高橋和巳以外にも不幸な作家は沢山いるのだろうと思う。しかし、「邪宗門」などもう少し読まれても良いのにと思う。

 自宅に帰り私の部屋の掃除とゴミ出し

 

7月3日(金)

 先月16日に兄の葬式にでるため、訪問した小松市で夜体調を壊し、急遽、小松市民病院に救急車で運び込まれて8日間入院した、原因は腸の炎症だったらしい、退院時に処方された抗生物質がこの日無くなる。体調はほぼ回復したが基礎体力の低下はどうしようもない。

 

 Facebookを見ると、2012年初めてボランティアとして派遣されたブータン国の科学技術大学(略称CST)で学長の交代が行われたらしい。長期政権だったDr Cheki Dorj(土木工学科) からDr Thewang Lhendup (電気工学科)への交代が行われたらしい。それにしてもチェキさんは20年を超える長期政権だった。

 

 ここ数日、下痢が便秘に、何度もトイレに行くが殆ど便が出ない状態が数日続く。昼食は近所の「うおべい」で久しぶりに安いお寿司を頂く。

 久しぶりのお寿司

 

7月4日(土)

 お世話になった会社からOB会案内が届く、欠席の返答をする。東京まで出かけ、ホテルで2時間も立ち、酒を飲んで帰る自信がない。

 

 ネット視聴、中道代表小川氏の意味不明の発言を聞く、日本は危機だとおもう。この人が総理になる可能性が少しでもあると考えると恐ろしさを感じる。人の好さしか取り柄の無い人物がトランプやプーチンと互して行けるとは思えず、悲惨な情景しか思い浮かばない。

 昼食はイオンへ休日はさすがに人出が多い。フードコートも満杯。マックでテイクアウトとする。

 テイクアウトしたビックマック、期待したほど美味くは無い。

 

7月5日(日)

 先日血圧を病院で測定すると意外に低い値だったので、血圧測定器を取り出し、血圧測定を習慣化しようと考える、思ったより血圧は低く130に近い。

 

7月6日(月)

 出社、雑用処理、早々に帰宅する。

7日(火)

 住友銀行に久しぶりに出かける、すべて女性行員のご指示のままにする。

8日(水)

 午後打ち合わせに大阪まで出かける、電車を間違え少し遅刻をしそうになる、久しぶりに速足で長い間歩く、疲れる。

 

この間の日記を簡単に

 

6月29日(月)

 久しぶりに出社、社長、副社長、部長、同僚に小松での入院騒ぎで、迷惑をかけたことを謝罪。今年度末には身を引きたい旨の申し入れ、出社日数を減らして勤務を続けることも検討して欲しい旨の言葉を頂く、簡単な事務処理をして退社、帰路ジュンク堂で「地球儀」を購入発注、翌日配送をお願いする。

 今回ジュンク堂で購入した地球儀

 

 「地球儀」は昔、ブータンに派遣される前、空気で膨らます方式を購入、かの国まで持参した、帰国にあたって科学技術大学で講師となったクリトン君に譲る、その後、彼も後進に譲ったらしい。色々な人に役にたてば「地球儀」も嬉しいだろう。

 

 Facebookを見るとブータン、プンッオリンのアモ川が氾濫・浸水したらしい。写真から判断すると被害は相当と思われる。ブータンはその地形条件、降雨量から山岳部の斜面崩壊と下流部での河川氾濫は宿命だと思う。

 

6月30日(火)

 日本ブラジル戦を見て夜更かし、結果は残念ながら敗退、世界との壁は厚く高いと思い知らされる。「地球儀」が届く、地球は海だらけだと実感するし、もう世界の各地をこの目で見ることは出来ないので、地球儀で空想の中で世界を楽しもうと思う。

 

 血圧計で血圧測定をする。小松市民病院入院中は180近くあった血圧が2回目の測定では130を切るようになった。

 

 5月ブータンで開催された「国際学会」に参加されたT田先生にメールで連絡、すぐに返信があり、お盆にお会いしたい旨合意。

 自治会の回覧板回覧の手配、自治会メンバーも高齢化が進んで紙ベースの回覧版を希望する人はほんの数人となったことを知る。もう昔のような自治会活動を維持することは困難と思われる。

 

 友人二人に電話連絡、一人はお風呂で転倒、腰部の骨折で1か月入院、リハビリ中。三宮での昼のみを約すが、時間が掛かりそう。もう一人の友人は、私の都合で梅田での昼のみ再開には時間がかかりそう。しかし、この歳になると友人の存在は有難いものだと改めて思う。

 

7月1日(水)

 久しぶりに買い物に出かける。近所のインド・ネパール料理店で「チキンビリヤニ」を初めて頂く。美味しくいただいたがyoutube 番組では「印度カリー子」さんはビリヤニを食べるためにインドまで行かれているのだが、これを食べるためにインドまで行くことは私にはないと思う。

 初めての「チキン・ビリヤニ」美味しく頂いたが、これを求めてインドまで行こうとは思わない。感動する力ももうないのだろう。

 

 

6月8日(月)

 この日は出社を予定していたが、起きると痛風の再発で右足の親指部分が痛い、会社へは体調不良と連絡、出社を止める。痛風には大量の水飲みによって体外に尿酸を排出する事が重要と考え水飲みに務める。

 

9日(火)

 痛風大爆発、今までにない痛み。10日に予定していた友人との昼のみ中止のお願いの連絡、友人からは大量の水飲みを勧められる。この日は私の誕生日、子供からのお祝いを頂くも当初はどう使うか判らず。

 

 Facebokを経由してブータンの教え子2人とコスタリカで同僚だった女性から誕生日祝いが届く、しかし、この歳になると残された時間を思い知らされる意識が先立つ。

 

10日 

 痛風のあまりの痛さに病院へ、10時に出かけ診察、鎮痛剤の処方箋を頂き、鎮痛薬を入手したのが12:00過ぎ.鎮痛剤が徐々に効いてきて痛みが薄れるが、右足の腫れはそのままなのに痛みは殆ど無くなる。鎮痛剤の効果はすごいなと思う。ただ、痛みは抑えられるもののお腹の調子は悪くなり、軟便というより下痢に近い状態となる。

 

12日(金)

 1か月振りの散髪、すぐに散髪は終わる。本屋で「春秋山伏記」(藤沢周平)を購入、関川夏央氏が心が窮すれば藤沢周平の世界に逃げ込む習いにならっての事。

 

13日(金)

 Youtube を視聴。高市首相にかけられた「中傷動画」疑惑、ナフサ不足で日本は詰むという不安をあおるだけの記事。もう、オールドメディアはマスゴミではなく、犯罪者に近いと思う。

 

16日(火)

 兄が急にこの世を去ったので、告別式のため小松まで出かける。体調最悪であるがやっとに思いで告別式会場まで出かける。夜40度を超える発熱のため、救急車で小松市民病院へ、「上行結腸憩室炎」との診断結果で、23日まで8日間の入院を余儀なくされる。おしめ生活は心が削られるし、ただひたすら落ち込む入院生活ではあった。

 

23日退院、家人の付き添いを得て自宅まで帰還。おしめは取れたが排泄行為への恐怖感は何時も付きまとう。入院期間の出来事は手帳にメモを残したので別の機会に反省としてまとめようと思う。