水行末

水行末

第3の人生の足跡の備忘録のためのブログです。

前回ブログを書いてから2週間はすぎた。記憶力の衰えを自覚しているので、メモ帳を購入して、その日の出来事をメモするように心がけ手はいるのだが・・・・

4月下旬の出来事

 家人が実家へ、家人が不在で自覚するのは、食べ物に関する執着が無くなっていることである。何が食べたいとか、もっと食べたいとかはほとんど感じることはない。

 

 youtubeの番組で人類史が大きく変わってきたことを知る。要はDNA分析の精度向上、骨からDNA分析が可能となったことによって人類の変遷と移動が判って来たらしい。

 

 図書館へ行き日本におけるこの分野の第一人者である「篠田謙一」氏の関連する本を3冊借り出す。「僕には鳥の言葉がわかる」(鈴木俊貴)のように何度も読み返すことができるほど平易では無く 、現在時点(5月連休開け)で読了出来ていない。

 

 しかし、このような大きな時間スケールでの人類史を明らかとすることは

 ロシア発祥の地であるキエフを占領すれば、偉大なるロシア帝国の偉大なる大統領として名前を残せるとのプーチンの矮小は歴史観や、偉大なる中華民族の再興などという小さな時間スケールしか持たない習近平の思想の狭小さを、人類に教えてくれるだろうと期待するのだが・・・・歴史は自分の都合に合わせ解釈されるのだろうな。

 

 メモを読みなすと、息子夫婦と孫が帰省してきたので中華料理店を予約して昼食を頂く、安価で美味の中華料理を頂いた。また、5月の風に揺れる新緑の美しさなどを書いているし、久しぶりに一人で食べたトンカツ、エビフライのを食べた「松のや」の名前を失念したことなど、しょうもない出来事を書き連ねてある。

 

5月上旬の出来事

 おなじくメモ帖には、高市首相のオーストラリア訪問の報道に際して、石破が総理でなくて本当に良かったと記している。

 

 携帯電話から写真が転送できないので。今回は写真なしでブログを上げることとした。

 

 

日記

 この間、メモ帳に日々の出来事のメモも殆ど残していない。メモがないと昨日のことも思い出すことが難しい。仕事上の出来事は手帳で判るが仕事上の出来事以外を思い出せない。

 ただ、この間、これまでの人生を振り返り、最も印象に残った出来事に関して何度も考えたことは思い出せる。

 

 ブータンに派遣されている時に経験した「蛍の乱舞」、コスタリカにいた時の「セミの声」の2つの出来事は私の人生の中で印象に残った出来事だと思う。

 

 私がブータンの科学技術大学で教鞭を執る機会を得た時、2年目の夏にブータンに蛍がいることを知った。学生と話すと「どこにでもいる」と云う感動も何もない返事をもらった。また、その時、蛍は英語で「firefly(火のハエ)」と夢の無い名前で呼ばれることを知った

 

 その時から時を経ず、夕刻、日本人の同僚と科学技術大学の正門前にある食堂でビールを飲んでいる時(正面前にある食堂はゾンカ語で「ポクト(丘の意味)」)と呼ばれていた。

 最初、テーブルの周りに蛍が飛び回り始めた。段々とその数は増えていき、まるでインド平原から湧き出すように周りが蛍だらけとなった。

 

 その時、私は酷く感動していた。ブータン人に「見て見て、蛍がこんなに飛んでいるよ、綺麗だろう」と声を掛けたいと思ったことを思い出す。

 

 もう一度、あの風景を見ることが出来るなら、お金をいくらでも払ってもよいと今でも思うが、あのような風景は何時起こるのか?あの時に巡り合えた僥倖はあの時だけだったかも知れないとも思う。

 色々考えるが、兎に角、あの蛍の乱舞を見た感動は私の人生では大きな意味を持っていると思う。

 

  コスタリカでは英語を話せる同僚とスペイン語しか話せない同僚がいた。田舎の浄水場の現場へスペイン語しか話せない同僚2人で一日現場出張のおり、山の中で「セミ」の声を聞いた。

 思わず、日本語で「セミがいる」と叫んでしまった。今では「セミ」をスペイン語でなんというのかさえ忘れた。その後、英語のできる同僚と話すと、「セミ」はコスタリカの何処にでもいる、サンホセの中央公園でもよく鳴いているよ、と教えて貰った。ただ、森が深く「セミ」自体の姿を見た経験は無い。

 

 もう、あのように心を震わす経験に巡り合えることがあるのだろうか?

 

日記

 4月5日(日)

色々とやらなければと思うことをメモ帳に書き連ね、そとに出かけるものの、結局買い物をしただけで終わる。焼きそば、ラーメン、たばこの買い物で一日が終わる。

 

4月6日(月)

 出社、昨年度業務の仕上げの手伝い、これが結構大変で昔のような理解力はないし、設計物件なので私にはCADもできないし、耐震計算もやったことも無い、要は全く能力がないのだ。

 足でまといとなるしかない技術者程、哀しいものはないとこの歳で痛感させられるとは・・・

 

4月7日(火)

 この間の出来事をメモにするが、字が汚く、暫くすると私自身が読めない。友人から電話がある、友人は風呂で転倒し骨折、1か月近く入院したとの事。寝たきりの生活は厳しかったらしい、この歳になると、便りがない事は良い便りとはならない。

 風呂に入った折、タイルを綺麗にする、私自身も風呂で転倒する可能性を考えてのこと。

 

4月8日(水)

 定例の打ち合わせで大阪まで出かける、この時期には風邪の症状が顕在化し。咳はでるは、鼻水は垂れてくるは、熱もある、熱のため体もだるく感じる、

 

 私は自宅で多くの時間をoutube番組の視聴に費やす。最初はキャンプ番組、釣り番組などを視聴していた。老いて自分がもう行けないため、旅番組を見ることが増えている。旅番組でチャンネル登録をしている番組も増えた

①シゲ旅

 世界中を旅している、登録者数も多く成功した旅系youtuber?だろう。飛行機のマイルが溜まっているので、ファーストクラス利用でホテルも高級、

②無職旅

 これも世界中を旅する人、旅慣れているが「シゲ旅」ほど優雅な旅ではなく、ホテルも質素、旅を楽しんでいる様子は良く判るが・・・物事の感じ方に時として違和感がある。

③孤独な女の一人旅

 特徴のある国を選んだいるなとの感想を持つ美しい風景に感動する様子に痛く同意する。撮影された風景が綺麗。

④社畜やめて旅に行きます

 青年の旅と思う。金銭的にも厳しい旅を続けている。貧しい旅、若いからできる旅だと思う。登録視聴者も内容から見て少ない、少なすぎると思う。

⑤無敵のレオ

 斜に構えた青年の旅、頑張って下さいとは思う。

 

いづれにせよ、もう旅することも出来ない老人には世界を見る機会を頂くことは感謝しかない。

 

14日(火)

 高校の同期生と長岡天神前で「タケノコ」会席を頂く。美味ではあるが値段は?と思う。美味しいものを感じる力が長年の喫煙とお酒によって破壊されているのだろうと思う。

 

 

16日(木)

 友人と大阪駅前ビル地下で「昼飲み」、色々なことを話すが、「老い」が中心に座る話題ばかり、

17日(金)

 出社、来週の打合せのための下準備、今週は風邪、仕事全てにわたって大殺界だったと思う。

 

日記

 4月1日(水)

 私は毎日のようにyoutube番組で、ウクライナ戦争の戦況報告番組を見ている。その番組はもともと多くの情報をウクライナに依存しているため、その内容は明らかにウクライナ側に立った番組内容となっている。 

 ただ、番組を見ていると戦争の形態が大きく変化していると判る。戦場の主役は従来の大砲や戦車からドローンへと変化しているようだ、また、戦略を支える情報インフラとしてスターリンクの重要性も明らかとなった。戦場では戦力を削ぐとの目的からウクライナはロシア軍の人的資源の損耗に焦点を合わせているようで、戦場を俯瞰できる情報システムを持ちドローンで執拗に歩兵の命を狙っている。

 

 戦場では武士道なんてないのだ。

 

4月2日(木)

 アメリカのトランプ大統領がイラン戦争に関する演説をした。これも聞けたものでは無かった。長期的に権力を持つ者は必ず腐る、プーチン、習近平、金正恩達は糞だと思うが、トランプも同じ程度だ。なんの展望もなく戦争を始め、落としどころも何も考えていなかったことが明らかで、大統領として全く無能ではないか。

 プーチンももう戦争をやめたいのだが、戦争をやめることは自分が命を失うことだけは理解している。人の命は二足三文だが、自分の命だけは・・・

 

 プーチンは隣国にウクライナが存在することが許せなかったが、結果としてロシアを滅ぼしたいと考える真正の敵性国家を隣国に残すこととなった、愚かな人物として歴史に名を残せと思う。

 近所の桜を見に散歩する。あと何回桜を愛でる機会があるだろう・・・

 

4月3日(金)

 出社、午後より業務打ち合わせに同席、何とか乗り切ることが出来た。夕食はブロンコビリーで肉を頂く。もう肉を美味しく感じる力がなくなっていると思う。最後には食事に疲れた。

 夜は、阪神の勝利ゲームを視聴。村上投手の頑張りもあり勝利。

 

4日(土)

 雨が降る気分の優れない一日が始まる。病院へ行き薬の処方箋を受け取る。近所の薬局で薬を入手、血圧降下と睡眠補助の薬を入手できた。ついで、市役所より配布された高齢者交通費支援の交通費割引票をもってカードへの入金手続きに行くが、土曜日は事務所が閉鎖していたため、手続きは後日となる。

 会社の都合で建築士登録証が必要となった。建築士合格証を探しても見つからないので、再発行をお願いした、再発行証がこの日に届く、月曜日に会社へ持参する、しかし免許証に添付された私の写真は当然若い。

 

 

 

 

 

 

 

日記

3月24日(火)

 元の会社の有志同窓会「せいすい会」へ出席のため大阪へ、この会は最初は詩吟を楽しむことを目的としていたらしい、その後、さまざまな経緯を経て、いつの間にか暇な老人が昼食を一緒に摂り近況報告をする機会になった、さらには、各人が近況報告メモを作成するようになった。今回私も簡単なメモを作成したが、本筋だったチベット仏教の真言紹介のメモの作成を失念した。神戸市住吉村の歴史や音楽活動報告、闘病報告と色々な話を聞くことが出来た。

 

25日(水)

 終日在宅、ちょい漏れ防止パッドの購入、夜、兵庫県南部を震源とする地震が起きる。震源が近いためか揺れは一瞬の衝撃的な動きで終わる。尿漏れパッドの使い方がよくわからない。

 

26日(木)

 業務完了査を受けるため、出社。成果品の作成が完了していなかったため(私はこれを当日知る)施主がこの状態を問題視する。わが社の担当者の配慮不足と思うが、ガラスのハートの私は酷く落ち込む。会社に帰り後始末のための段取り準備、メモを作成して今後の対応を指示する。

 

27日(金)

 昨日指示した作業の進捗を会社の担当者に確認、少し不安となる。昼は「もつ鍋」を作るに必要な材料をスーパーで買い求める。昼はMLBのドジャーズ初戦の観戦、夜は阪神タイガース観戦、阪神は負ける。負けると楽しくは無いとの感覚は老人となると酷くなっていると思う。

 高校野球の監督に私と同じような年齢の監督がいることを知る。練習に参加することやノックをすることなど可能なのだろうか?また、若い彼らの夢に寄りそうことができるのだろうか?

 

28日(土)

 何故か朝早く目覚める。この日の行動に関してメモがない。恐ろしいことにこの日何があったか全く思い出せない。

 

31日(火)

 検査のため早朝から出かける。下痢症状で電車乗り換えの旅にトイレに行く。検査修了後自宅に帰る。

大阪市内で桜が7分咲きであることを確認、今年は花見をしない間に桜が終わるのだろうな

 

 近所の街路樹が伐採された。自治会に関わっていたころ色々な議論があったことを記憶しているが、ここまで徹底的に一部の区間とはいえ完全伐採するとは考えていなかった。

 プロ野球は始まったが、何時の間にか高校や野球が終わっている。

 一区間、街路樹が伐採された。街路樹の成長に伴う根上りによる歩道がデコボコとなる。老人には歩くのがきつい。また、樹種が外来種らしい、それでも伐採の是非は難しい問題だとは思う。