水行末

水行末

第3の人生の足跡の備忘録のためのブログです。

無為の6月?

 6月1日、このひと月が終わると今年も半分が終わるのだ、改めて、時間が早く進みすぎると思う。この日は出社、雑用をこなす。夕方から百々氏と会食、AIのGeminiの使い方を教えて貰う、実に便利なものだと実感する。少しお酒を飲んだだけなのに簡単に酔う。さらに翌日にもその酒が残る。

 

 6月3日(水)午前中の打ち合わせのため、早朝より大阪まで出かける。打ち合わせ後、梅田の喫茶店で軽食を摂る。帰宅後、その喫茶店の名前を思い出そうとするも全く思い出せない。コスタリカで類似の店に行った経験から、「サブウエイ」というのだったか?と考えるが、どうにも思い出せない。

(その店の名前「ドトール」を思い出すのにその後数日が掛かることになる。)

 

 4日、レースのカーテンの洗濯をする。私がタバコ吸いのため、カーテンの汚れが酷い。ついでに窓ガラスを拭く、これも久しぶりの清掃なので汚れが酷い。カーテンが綺麗になり、窓も透明感を増すと、全く新しい部屋での生活が始まる感覚となった。

 

 この時、窓の外にハチが巣を作っていることを知る。出入りするハチから判断してスズメバチと想像する、幾何学的な形状がスズメバチの巣と思わせないが、出入りするハチは大きく暫くするとテレビなどで見る球形となるのだろう。

 この幾何学的な形状がハチの巣とは当初思いもしなかった。

 

 翌日、殺虫剤を散布してハチの巣を除去、中を確認するとハチの幼虫が存在していた、残酷ではあるが庭の土に埋葬する。しかし、何故私の部屋の目の前に巣をつくるのだろうと思う。私の目につかない場所は我が家には沢山あるのにと思う。

 

 5日、パソコンでメールを確認しようとするとメールが開けない、酷く狼狽する。前回も酷く狼狽してろくなことがなかったので、心穏やかではないが直ちに対処はしない。しかし、友人に相談することでもなさそう、過去のパスワードを整理したメモを探し出し、パソコンと向き合って、8日に解決、メールを開けるようになった。

 

 8日(月)朝起きて出社の準備をするも、足が酷く痛い。原因を考える事30分、痛風に思い至る、毎日晩酌をする以外に思いつく原因がない。ネットで対処方法を確認、当面、大量の水を摂取することとする。

 

 しかし、6月はろくでもない月かもしれないと思う。私は何もしていないのに・・・・・

読書2点

 

「田辺聖子の古典まんだら」 上巻

 この本は寝る前に寝床に持ち込んで睡眠補助剤として,夜ごとに数ページを読んできた。田辺聖子氏の一節が心に残ったのでメモを残したい。古典として取り上げられている「古事記」の    章でヤマトタケルの歌として紹介されている歌

 

 「倭は国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし」

 

 田辺聖子氏は、「古事記」には、血なまぐさい争いもたくさん描かれていますが、このヤマトタケルノミコトのくだりだけでも充分に、私たちの大事な民族遺産ではないかと思います。」と述べている。

 

 緑の山々が連なっている日本は素晴らしい場所だ、と歌うこの歌が優れた歌だと感じる感受性が私には欠けているが、民族遺産であることには痛く同意する。

 

「猛獣はなぜ数が少ないか」

 

 私が若いころ,人には言いにくい病名で手術入院、結構長く入院した。その折、後輩が差し入れてくれた本「猛獣はなぜ数が少ないか」(ポール・コリンヴォー:早川書房)を暇に任せて読んだ。この本から私にとって、目からうろこの視点を与えてもらった。今回再度読み直した。

 

 彼が言うに「自然界の安定性について「多様性=安定性理論は複雑で多様であるから安定している・・・・複雑な自然はうまく営まれるという直観的な考えにに合致するため、ナチュラリストたちのいたく気に入るとところになってきた・・・・・・農地のようにごく単純な系は、うまく機能しないに決まっている・・・・・・・・だが、しかし西洋式の農業はむしろ次第に単純になりつつ、一万年にもわたって栄えてきた。これほど安定な系はないのではないか・・・・」

 

 この本を読んだ後生物多様性の重要性を論じる人々を、疑わしい目で眺めることができるようになった。有難いことだとこの本には感謝しかない。

 

 

 

日記

日記

 先日、携帯電話会社へ行き携帯電話の機種変更をおこなった。もともとの機種が古いので電池の消耗も早く、画面も鮮明ではなかった。これを期にNTTの固定電話の解約について相談するも、固定電話の単独解約ではわずか千円程度の減額とのこと、サブスク契約の恐ろしさを改めて思い知る。

 新しい携帯電話の画面は大きくなり鮮明な画面となった。惜しむらくは多様な機能を活用する力が私にはもうない事

 

 人類史に関係する本3冊を急いで読み終え、図書館へ返本する。人類史がDNA分析によって新たに見直されているとの、売り文句に魅かれて何とか読み終えたが、これまでの私が持っていた知識と大きくは変わらず、少し肩透かしを食らった感じが否定できない。

 読み終えた3冊

 

 5月20日、久しぶりに昼食にインド料理店に行く、youtube番組で「インドカリー子」さんの番組を集中的に視聴した影響だろう。キーマカレーとサラダ、タンドリーチキン、ラッシーの定食を美味しく頂く。

 

 おなじく、youtube番組、BappaShota氏の番組を見る。モンゴルとロシアに跨る山岳地帯のトナカイと放牧生活を送る民族の話、辺境に暮らす民族は小さな社会の中で交配を繰り返さざるを得ない問題もあるし、固有の言語を維持することも難しくなる。要は、少数民族の未来は暗い。

 

 番組の中で、BappaShota氏のつぶやき、このような体験と異文化体験が「自分が死ぬ時に人生良かったな、と思える」との言葉が印象に残る。

 

 最近、老化が著しく進行していると感じる、時として歩き方が老人のそれ、と強く感じるし、先日は部分入れ歯がないと、ベッドを動かし部屋中をくまなく探し見つけられない、記憶力の衰えに怯えるが、半日経って私が部分入れ歯を着用していたことに気づき、自分自身を呪うこととなった。

 

 

 

日記

 

 5月8日(金)

 この日、自動車税支払い請求書・振り込み用紙が届く、また不動産税の振り込み済連絡が届く、自動車税は直ちに近所のコンビニで振り込む。年金生活者は年金だけでは生活が成り立たないことを改めて思い知らされる。これでは少ない蓄えを徐々に吐き出すだけの老後生活になるのではとないかと・・大いに不安となる。後日友人と昼のみ時に話すと友人も同様の不安に付きまとわれるとのこと。

 鈴木俊貴先生の「僕には鳥の言葉がわかる」から、路線を変更し、人類の誕生と大移動の話に移行しようと、図書館より3冊を借り出す。2冊はほぼ読了したが・・・・

 

 5月11日(月)

 午後から自治会の防犯部会へ参加、警察から「青色パトロール」の講習を受ける。近頃の特殊詐欺の形態:警官を騙る詐欺、固定電話にかかる詐欺、パソコンのサポートを装った詐欺などの対応法の講習を受ける。これまで、私の家にもいろいろな詐欺電話が掛かってきた。これらをすべて無事に乗り切ったのも僥倖と思う。

 

5月12日(火)

 携帯電話の調子がオカシイ。メールも上手く発信できないし、LINEの連絡も読めない。近所のAUショップに行ってアプリの除去をお願いする。反応速度が遅くなっているので時間はかかったが、無事携帯電話がまともに動くようになった。私が変な連絡に対応して、変なアプリをダウンロードしたためと指摘される。しかし、携帯で電話の機能低下を招くアプリを売り込んで何の益があるのだろう・・判らない。

 無事に機能が回復したので、ブログに使う写真を自宅のパソコンへ送れるようになった。嬉しい。

 

「文芸春秋」でエマニュエル・トッド氏と伊藤寛氏の対談を読む

 言っていることが判らない、トッド氏は「プーチンくらい冷静で我慢強いリーダーはいない。・・・とか、「過去300年のロシアの政治史と外交史の追いて最も優秀な人物はプーチンではないか」と感じている」らしい。どうもこのような人物に日本の核武装を勧められてもな、と思う。

 

 5月14日(木)

 友人と大阪駅前ビル地下の居酒屋で昼のみ、久しぶりに日本語を話し、私の言葉を等身大で理解してもらえる人と話したとの感想。

 

 

 中国でトランプ大統領と習近平主席との会談が行われたらしい。映像を見ると彼らはほぼ同身長に見える。実身長は習近平氏が10cmほど低いらしい、同身長に見える秘密は文字道理シークレットシューズにあるらしい。アホ臭さと思う。

 プーチンは命が惜しいので基本所在は不明で地下室で執務を行っているらしい。ウクライナ戦争は敗色が濃いので、ドンバス地域のロシア割譲が平和交渉の前提だと、子供のようなことを言う。これも阿保くさと思う。

 

5月15日(金) 

 携帯の機種変更とアプリの新機種への移動、携帯会社のお姉さんにお世話になり、無事終了、明日から新しい携帯となる。老人になってリテラシーの低下を実感する毎日ではある。

 近所の街路樹のニセアカシアの一部が撤去され、菩提樹に植え替えられている。ニセアカシアは外来種と聞く、菩提樹は外来種ではないのだろうか?

 しかし、この木が大きくなって、私が「木の下で悟りを開いて「仏陀」になることは無い。木が大きくなる時には私はこの世にはいないことは確実。

前回ブログを書いてから2週間はすぎた。記憶力の衰えを自覚しているので、メモ帳を購入して、その日の出来事をメモするように心がけ手はいるのだが・・・・

4月下旬の出来事

 家人が実家へ、家人が不在で自覚するのは、食べ物に関する執着が無くなっていることである。何が食べたいとか、もっと食べたいとかはほとんど感じることはない。

 

 youtubeの番組で人類史が大きく変わってきたことを知る。要はDNA分析の精度向上、骨からDNA分析が可能となったことによって人類の変遷と移動が判って来たらしい。

 

 図書館へ行き日本におけるこの分野の第一人者である「篠田謙一」氏の関連する本を3冊借り出す。「僕には鳥の言葉がわかる」(鈴木俊貴)のように何度も読み返すことができるほど平易では無く 、現在時点(5月連休開け)で読了出来ていない。

 

 しかし、このような大きな時間スケールでの人類史を明らかとすることは

 ロシア発祥の地であるキエフを占領すれば、偉大なるロシア帝国の偉大なる大統領として名前を残せるとのプーチンの矮小は歴史観や、偉大なる中華民族の再興などという小さな時間スケールしか持たない習近平の思想の狭小さを、人類に教えてくれるだろうと期待するのだが・・・・歴史は自分の都合に合わせ解釈されるのだろうな。

 

 メモを読みなすと、息子夫婦と孫が帰省してきたので中華料理店を予約して昼食を頂く、安価で美味の中華料理を頂いた。また、5月の風に揺れる新緑の美しさなどを書いているし、久しぶりに一人で食べたトンカツ、エビフライのを食べた「松のや」の名前を失念したことなど、しょうもない出来事を書き連ねてある。

 

5月上旬の出来事

 おなじくメモ帖には、高市首相のオーストラリア訪問の報道に際して、石破が総理でなくて本当に良かったと記している。

 

 携帯電話から写真が転送できないので。今回は写真なしでブログを上げることとした。