水行末

水行末

第3の人生の足跡の備忘録のためのブログです。

兎に角、とりあえず日記を書いておこうと思う。

 

2月6日(金)

 午前中仕事の打ち合わせのため、大阪まで出かける。JR宝塚線の途中で人身接触事故が発生したとの車内放送がある、電車は全く動かなくなる。社内放送では接触事故と説明される。全く何も判らないし、することがない、電車は全く動かない。

 車内放送では何が起きたか全くわからない、英語放送も行われる、詳細は聞き逃したが「Death」だけは聞き取れる。要は人身事故で死者もでたのだろう。日本語の放送は接触事故としか聞き取れない。外人には人身事故が起こり、人が死んだとの情報は伝えられる。日本人には接触事故とだけ、フーンと思う。

 

 打ち合わせの時間は既に過ぎてしまった。会社に連絡して打ち合わせへの出席が無理と伝え、施主への連絡を依頼する。折り返し、施主も了解したとの連絡が来る。いずれにせよ今日の行動は全く無意味となった。結局、尼崎まで時間をかけて往復をした一日となった。

 

2月8日(日)

 総選挙結果を夜遅くまで見る。高市自民党の大勝。色々と考えることは沢山ある。日本で最初の女性首相が誕生したことに歴史的意義があるのだと思う。一方、フェミニストの女性が高市首相の誕生を喜ばないのが判らない。上野千鶴子さんも十分に役割を果たした?それでも初の女性首相の歴史的意義には比べるべくもないだろう。

 

2月10日(火)

 友人の出版記念のお祝い飲み会に大阪まで出かける。友人はこれまで廃棄物処理、し尿処理に関する本をこれまで3,4冊の本を書き上げている。彼は立派に役人生活と技術者生活を生きたと思う。彼の間違いは政治的選択が代々木だったことと思う。一方、政治的意見は異なるが、彼に友人として認められていることを私は喜んではいる。楽しい一時を過ごした。彼も老いてこのような飲み会を心底喜んでいるに違いないとの確信が嬉しい。

 

 友人の最新刊、4.5冊目だとのこと。是非お買い求めを

 

2月12日(水)

 打ち合わせに堺市まで出かける。特段の問題もなく打ち合わせは簡単に終了。久しぶりに大阪の南部へ行ったが中国人観光客が少ない、落ち着いた車内は有難いとしか思えない。

 

13日(金)

 Youtubeで時間を潰す。クレジットカードの不正使用について。友人と相談する。友人の紹介を考慮して、消費者センターと相談しようと思う。

 しかし、総選挙で敗北した中道改革連合が、新たな指導者として小川某を選んだらしい、彼の主張を聞くとこれまでの最低の首相だった鳩山某の生まれ変わりかと思う。かの党には未来はないだろうな・・

 

1月28日(水)

 大阪で友人と昼のみ。友人の連れ合いの老人化に伴う日常の生活が大変な様子を聞く。明日は我が身と思う。

 

 体調絶不調

 友人との飲み会の次の日から、下痢が始まる。29日から昨日(2月2日)まで水便が続く、昔、ブータンで食あたりを経験した時には、ベットとトイレを数分おきに行き来した。もう体内には固形物があるはずも無く、水分もないと思われるのに水のような性状の便が続く酷い体験だった。1週間近く苦しめられたが、この時は看護師として派遣されていた青年海外ボランティアの女性(恩人の名前が思い出せない)が持っていたインド製の薬で救われた。今回は便の性状はよく似ているものの、数分おきに便意をもよおすことはない。

ただ、水便状態は続き、急な便意を催した時、時として下着を汚した。その時の屈辱感は老いの哀しさを・・・・これからもこの哀しみは繰り返すのだと・・

 

 友人の出版記念会

 友人が彼のライフワークとも云える研究成果を本にまとめ、出版したとの報告が届く。彼は地方公務員を無事勤め上げた上、もう数冊の著作を世に出している。それも、彼の著作の中の引用文献は2次資料では無く、あらゆる資料は1次資料に基づいている。彼の最新で多分最後の著作は「公衆トイレと糞尿処理の歴史」(山崎達雄著)である。

 

 私も50年間の技術者生活で、3冊の本の出版に関与することができた。しかし、彼のようにすべての文献は1次資料にあたるというような志の高さは無かった。

 友人が集まり、彼の出版を祝う会が近く開催されるので大阪まで出かけようと考えている。

 

 

 この間私の知る3名の著名人が鬼籍へと

 長谷川和彦:多分同郷人だと思うが映画監督である彼の映画を見た記憶もないが、何故か気になる人物だった。

 落合信彦:彼の著作は小説なのか?ノン・フィクションなのか?それともただのホラなのか?彼の小説を信じる後輩が存在する

 ことには少し驚いた。何より、ボディガードを雇っているとの話には苦笑する以外にはなかった。

 モーリーロバートソン:賢い人だと思う、早く逝きすぎだと思う。

 何れにれにせよ、全くの他人ではあるが。冥福を祈りたい。

 

 2月4日(水)

 図書館へ行き、返本。ついでに衆議院の期日前投票へ行く。事前の新聞予測では自民党の圧勝らしい。私の選挙区にはこれはと思う人はいない。しかし、自民党の圧勝を支えようと思っている。しかしだ、オールドメディアと呼ばれる界隈のコメンテーターのこれまでの発言を誰か整理しておいて欲しなと思う。私がこの間、その振る舞いを問われるべきと思うのは

橋本徹:ウクライナに関する意見は酷かったし、中国擁護は目に余る。

田崎史郎:見識自体があまりにひどい。共同通信出身の後藤某、青木某は壊れていると思うし。反省なしはある意味凄い。大越 

 某も悲惨であるがその認識も無いのが凄い。

 期日前投票へ行ってきました。

 

 

 今日は久しぶりに散髪へ

 

1月20日(火)

 家人が出かけてから、家の清掃開始、短時間で1階の掃除機かけが終わる。車で図書館へ行く、藤沢周平の完全読破は一時中止。3冊の本を借り出す。

 借り出した本は1,「戦前は真っ暗の嘘」(山本夏彦)2,「日本人へ 危機からの脱出編」3,「日本人へ国家と歴史編」、2,3とも塩野七生先生の著作。時間はあるのに読書の速度は恐ろしく遅い。読み終えるのに時間がかかりそう。

 ちなみに、27日現在、1冊も読了していない。

 

1月21日(水)

 午後から大阪で行われる業務打ち合わせに出かける。寒い、冬の雲が小さな塊で数多く浮いている。これはこれで綺麗だなと思うが、写真では美しさは判らないと思い写真は撮らない。

 打ち合わせ後、早々に帰宅。寒波の来襲で暖房エアコンを点けても部屋が温まらないので、寝る前には自室の雨戸シャッターを下ろすが、風が強くシャッター音が酷く、眠りの障害となる。

 

1月22日(木)

 午後から神戸で老人が集い昼のみをする、安い店で数時間色々話す。今回、私は専ら聞き役に・・回る、慣れないことをすると疲れる。

 

23日(金)

 ゆっくり起きる。日常生活に必要なものを書き出し、買い物へ、歩く時もう老人だと思う。水頭症の症状(足元がふらつく、歩き出すと止まりにくい)かもと思うが、3月の神戸中央病院の診察まで様子見。

 

24日(土)

 一日、1万歩は無理としても何とか数千歩はと考え近所の散歩に出かける、2千歩を超えると歩みが遅くなるとともに、老人のように覚束ない歩き方となる、家につく頃には疲労困憊、数段の階段さえ登るのに辛さを感じる、ここ半年で老化が進んだなあと実感する。杖を必要とする時が迫っている。

 

25(日)

 午後、久しぶりの「見る将」王将戦お第2局を観戦する。藤井王将と永瀬九段戦、私はこの戦いの終盤戦を観戦した。終盤は藤井王将が強く藤井曲線でそのまま勝ち切る。

 

26日(月)

 出社、部会への参加、諸々の雑用の処理に午前中を費やす。午後は百々氏と久しぶりの飲み会、仕事上の打合せ、いろいろと話す。帰宅時、少し足を伸ばし、神戸ルミナリエの準備状況を確認、

 

 

正月の出来事

 正月に「流星ひとつ」(沢木耕太郎)読んだのだが、読み進めるのに苦労し読了までに相当の時間を要した。この本は藤圭子が引退を決めた時に、沢木耕太郎と対談した対談録で30年間お蔵入りしていた本だと云う、藤圭子が62歳で自死した後、出版された。

 

 読むのに時間が掛かったのは、兎に角、話が暗い。理不尽に暴力を振う父、貧しい生活の中で次第に視力を失う母、読み続けるのに疲れ、終わって少なからずホットした。

  藤圭子の歌を「演歌」ではなく、「怨歌」と云ったのは、軽い五木寛之だったと記憶する。そういえば私が学生の頃、「軽い奴」と云うのは最大の侮辱言葉だったなあと思う。

 

 「軽い」のが侮辱の言葉から変質していったのは、あかしあサンマが活躍したころからか?

 

 この重い本を読み終えた後、「シベリア鉄道9400キロ」(宮脇俊三)を手に取る。この本を読むのは、もう何回目かも記憶がないが、寝る時にベッドに持って入る。普通の文章が安心を与えてくれし、幸いなことに多くのことは記憶にのこっておらず、意外に新鮮な気持ちで読むことができる。

 

 この間、正月における出来事をメモで

 ・アメリカンフットボールのワイルドカードを見る。どれもダイジェスト版なので数分で結果を知ることがとができる。これか 

  らスーパーボウルまで楽しみが続くことを喜ぼう。

 ・不定期ではあるが、仕事関係では、施主との打合せが続く、多くは新年の挨拶を兼ねた打合せとなる。

 

 ・17日(土)、JICAシニアボランティア兵庫県OV会が開催されたので神戸まで出かける。調理もお酒も美味しいお店だったが

  量が多い。面白い人々と楽しい時を過ごすことができた。

 

 JICAシニアボランティアOV会新年会、実に個性的な魅力的な人が多い。

 

 しかし、これで今年2回目のブログとなる。目の前の出来事から何かを感じる力が落ちているのではないか?と思う。

 

  なんやかやと云いつつ、この歳まで生きてこられた。もう、私の父の存命時間を超えて生きて来られた。世の中では健康問題を抱える人々も多いだろう。老化が進んだとは云え、健康と云える状態にある幸運を喜ぼうと思う。

 

 

 阪神大震災の慰霊が行われた東公園、一日遅れで何も残っていないが、一人で手を合わせる。

 今年初めてのブログです。

 

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

ここ数年、正月の賀状作成も諦めている、普通の生活は諦め、周りの皆さんには失礼を決め込んでいる。関係各位、ご無礼のほどお許しください。

 

 昨年の12月20日から、ブログ更新も休止している、仕事も12月24日の大阪での打ち合わせが仕事納めとなった、以来、今年7日の大阪での仕事はじめ(打ち合わせ)まで、兎に角、怠惰な年末年始の生活をダラダラと過ごした。

 子供達の帰省で我が家の人口密度が飛躍的に増大した。

 

 このままだと何をして過ごしたのか忘れることは間違いないので、最低限の備忘録メモを残そうと思う。

12月27日、子供たちの帰省が始まる、この日より3人の子供達が交互。順番に帰ってくる。孫達の成長は嬉しい限りだが・・・・

 年末用の「カニ」が届く、長男の発注した「ぶり」も届く。

 

 30日、夫婦の「喜寿」の祝いを子供達が「がんこ」で開催してくれる。正月、初詣は近所の御霊神社へ、意外に人出が多い。

 

 1月6日(火)、ブータンでボランティア活動を経験した。安藤氏、竹田氏と新年会、梅田の虎連坊で食事の量・質とも結構なものでした。

 安藤氏はブータン、バングラ、ホンジュラスを経て現在、ブータンで橋梁建設現場で監理業務に従事中、悲しいことに私にはもう体力、気力とも・・・5月にブータンで開催される国際会議へのお誘いを受けるが、諸般の事情、特に体力への自信の無さから、今回は参加を見送りとする。

 

 1月10日(土)

 大学の研究室の新年会へ参加のため、京都まで出かける。

 研究室の新年会、私と同じく老化が進んでいる。

 

 11日(日)、正月が終わったので、カーテンの洗濯、部屋の掃除、パソコンキーボードの拭き掃除、買い物、この休みで正月の疲れを取ろうと思う。