シンとチェギョンはあれから気まずい思いをしたまま、2人ともどう話しかけたらいいのか、どう謝ったらいいのか分からないでいた。
何かきっかけがあれば良かったのかもしれないが、それもないまま時間だけが過ぎていき結局はろくに話もできずにシンはタイへと向かったのだった。
「お姉さん…。シン君は今頃空の上かなぁ…?」
「そうですね、あともう少しでタイに到着されるかと思いますが」
「そっか…。ねぇ、メールくらいしても…いいかなぁ?邪魔にならないよね?」
いつになく弱気なチェギョンにチェ尚宮は何とかして仲直りさせたいと思う。
「そうですね、電話だと都合があるかもしれませんのでメールだとよろしいかと」
「う、うん…そうだよね!うん!メール送ってみる!」
自分自身に気合を入れるかのように立ち上がる。
そして自室に入ると早速携帯を取り出した。
何て打とうか悩みに悩んで格闘する事30分。漸くチェギョンはメールを送信した。
【シン君…。この間はごめんなさい。私が悪かったのにシン君に八つ当たりしちゃった…。
タイでの公務頑張ってね!私も頑張るから!!またメールするね!】
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― 先に謝ってきたか…―
タイに着いたシンは移動の車の中でチェギョンからのメールを見ていた。
前にチェギョンにお粥をかけてしまった時とは状況が違う。
あの時は全面的にシンの落ち度だったから謝る事ができた。
だが今回は多少言い過ぎだったとは思うが、チェギョンさえきちんとしていれば問題なかった事だとシンは思っている。いや、でも自分も言い過ぎた。
そんな考えが頭の中をグルグルと駆け回っている。
ほんの一言、
「僕も悪かった」
そうメールするだけでもチェギョンの心は軽くなるに違いないが、普段「謝る」という事をした事がないシンにとってそんな事は思いつかない。
電話をかけて謝るというのも何だか違う気がしてしまう。
「殿下。到着しました」
前の座席からコン内官が声をかける。
結局謝る方法が思いつかないまま時間切れとなってしまい、シンは携帯を内ポケットに入れた。
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チェギョンはというと、先程から携帯電話を握りしめて固まっている。
もうそろそろウィリアム皇太子殿下が到着する頃だ。
チェ尚宮も、移動する旨を伝えたいのだがチェギョンがあの状態では難しいだろう。
チェギョン1人での公務は初めてだ。
1人きりではないが、いつも隣にいるシンがいないだけでこんなに不安になるなんて思いもしなかった。
先程送ったメールの画面を見ている。
未読のマークは消えている。という事はシンは読んだのであろう。だが返信がないのだ。
それをチェギョンは待っている。
画面を落とし、もう一度カカオトークのアイコンをタップしてみる。
けれどもシンからの返信はない。更新してみるが変わらぬ画面。
緊張と不安で埋め尽くされているチェギョンにとってシンからの言葉は何よりも大切なのだ。
例え返信の内容が説教だとしても。それでも良いから何か一言でも良いから返信して欲しい。
そんなチェギョンの願いも虚しく時間がきてしまった。
「チェギョン?どう?準備はできた?」
「えっ!?先輩!?」
そこへ予期せぬ人物・ユルがやって来た。
「聞いてなかった?僕も今日一日おもてなしに参加するんだよ。ウィリアムに会うのは久々だからすごく嬉しいよ!」
「えっ?えぇっ!?」
「え!何その反応!本当に何も聞いてなかったの?」
チラリと横目でチェ尚宮を見ると困ったような表情をしていた。
「ふっ。どうやら伝達漏れがあったようだね」
ユルはそう言うと、皇太子殿下とはイギリスにいた時からの友達でその事を知った皇太后が今回の公務の補佐役を依頼してきた事を簡単に話した。
「へぇー!そうなんだ!先輩がいると知って安心しました!ピンチの時は助けてくださいね!」
「うーん。どうしようかなー?」
イタズラっぽく笑うユル。
そんなユルとの会話でチェギョンの緊張も少し解れたようだ。
「シン君からのメールの返事もないようだし…。さ!行きますか!」
「え?メール?返事が来る予定なの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…」
“もしかしたらヒョリンさんと会ってるから返事送る暇もないのかな…”
「えっ?何?」
「ううん!何でもない!さぁ先輩!チェ尚宮お姉さん!行きましょう!」
そう言うと気持ちを切り替えて妃宮の顔をしたチェギョンが歩き出した。
その後ろをユルとチェ尚宮が続く。
無言の時間が続く中、ユルとチェ尚宮は必死で考えていた。
口には出さないが2人ともそれぞれが同じ事を頭に思い描いている。
先程のチェギョンの発言。チェギョンは小声で言ったつもりなのだろうが、
2人にはしっかりと聞こえていた。
シンがヒョリンと会っている?
そんなはずはない。シンは公務なのだ。遊びに行っている訳ではない。
それなのになぜヒョリンの名前が出るのだろうか。チェギョンは何を知っているというのだろうか…。
2人は何とも言い表せない気持ちを胸に、聞き間違いであって欲しいと願いながら長い廊下を静かに歩を進めて行った―。