朝から上機嫌のチェギョン。
それはシンからお土産で貰ったネックレスを付けているから。
朝の挨拶で目敏くそれを見つけたのはヘミョンだった。
「あら!どうしたの?素敵なネックレスね、チェギョン」
「ありがとうございます!シン君から頂いたんです!」
一気に視線がシンに集中する。
「どういう事?え?お土産?私達には?え?ないの?嘘でしょ?
出しなさいよ!ホラ!!」
ヘミョンの尋問は恐ろしいもので、親であっても中々止めに入る事が
できなかった。
お土産だと言ってしまったチェギョンも、言わない方が良かったのかとオロオロしている。
「ホント、シンは愛妻家ね!」
そんなはずはない事はこの場にいる皇太后以外分かっている。
シンには恋人がいるのだから。
だがそれでもこうしてチェギョンを気遣う姿が分かり両陛下とヘミョンは安心した。
「良いではないか。夫が妻を大事にするという事は素晴らしいことじゃ」
「もう!お婆様ったらシンに甘いんだから!ホラ、時間よ!遅れちゃうわよ!」
まだ時間はあるのだが、出て行くよう促すヘミョン。
2人は言われるがまま部屋を出て行った。
そして大学に向かう車の中でもチェギョンは上機嫌だ。
胸にはペンダント。
「お前…大学にも付けていくのか?」
「え?ダメ?」
「いや、ダメという訳じゃないが…落とすなよ!」
「落とさないもん!」
自分があげた物を身につけているのを見ると何だか恥ずかしく思える。
だがチェギョンは嬉しい気持ちでいっぱいなのだろう。そんなシンの気持ちなど分かるはずもない。
そして大学でもすぐに気づいたのはもちろんガンヒョン。
ピアスや時計は付けているがネックレスをしているのを初めて見た。
聞くとシンからのお土産だと言う。とても幸せそうに。
「落とさないようにね」
「もう!ガンヒョンまでシン君と同じ事言うんだから!」
チェギョンは口を尖らしながら拗ねるように言う。
だがその言葉にガンヒョンは少し安心した。ちゃんと会話があるのだと。
実際チェギョンとシンは結婚したが、本当に恋愛結婚なのか疑っていた。
シンデレラストーリーのように2人の結婚に至るまでをTVで何度も観たし、本人からも聞いたがイマイチ信じられなかった。
チェギョンは素直で良い子だ。隠し事なんて出来るはずがない。
皇太子と付き合ってるという事は確かに誰にも言えなかっただろう。
親友のガンヒョンにも。
でもチェギョンは彼氏がいるという雰囲気は感じられなかったのだ。
だからこの結婚には何か裏があるんじゃないかと疑っていたのだが…。
きっと思い過ごしなんだろう。そう思う事にした。
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いつもそうだ。
いつも自分1人の時に限って現れる。そして周りには他の学生はいない。
誰かの陰謀なのだろうかと疑うくらいだ。
「あら、妃宮様。こんにちは」
「こんにちは…」
チェギョンの前に現れたのはヒョリン。そしてイン、ギョン、ファンというお馴染みのメンバー。
近づいていく距離。そこでヒョリンの目に入った物…。シンが買っていたネックレスだった。
てっきりヘミョンにあげる物だと思っていたのだがそれをチェギョンが付けているという事は…
思わずチェギョンの腕を引き、傍の空き教室に押し込んだ。
急な出来事でチェギョンもだが、イン達も何が起きたのか分からなかったが後に続いて教室に入った。
「そのネックレス…。何て言われてシンに貰ったか知らないけど、それ、私が選んであげたのよ」
「えっ?」
「私言ったわよね?タイに呼ばれてるって。態々あなたを韓国に残して私と会う時間を作ってくれたの」
チェギョンは何も言えずに明らかに顔色が悪くなった。それをいい事にヒョリンは言いたい放題だ。
「公務の最終日にシンに電話したでしょ?あの時シンと一緒だったのよ。
電話の相手を見てシンったら不機嫌になっちゃって。そりゃそうよね、折角の私との時間を邪魔されたんですもの。
それでね、私言ったのよ。「彼女も頑張ってるんだから、お土産でも買って行ったら?」って。
面倒だって言うから私が選んだの。そしたらビックリよね!彼女が選んだネックレスを妻が付けて来てるんですもの!滑稽だわ!!」
「まさか…、お前それ本当にシンからのお土産だと思ったのか?シンがお前にそんな事するとでも?
ヒョリンは優しいよなぁ!お前の事を考えてやってるんだから!」
事の成り行きを知ったインが加勢する。
「おいおい、あんまりいじめんなよ。泣きそうだぜ?」
面白がって言うギョン。
「本当に優しいならその事実を黙っておく事だよ。言って何になるのさ」
ずっと黙って見ていたファンが口を開いた。
「もう行こう」
そう言ってファンは皆を促して教室から出した。
最後に自分も出ようとした時、振り返りチェギョンを窺うが、固まったまま微動だにしないでいる。
「大丈夫?誰か呼ぼうか?」
「い、いえ、大丈夫です」
ファンの言葉に驚いたのかビクっと肩を震わせながら答えた。
大丈夫じゃない事は見て分かるが、自分がここにいても仕方がないと、その場を後にした。
「ねぇ、ヒョリン。さっき、シンに呼ばれてタイに行ったって言ってたけど…。
その割にはシンの日程とか泊まるホテルとかギョン達に聞いてたよね?何で?」
ファンは先程のヒョリンの発言で、ふと疑問に思った事を聞いてみた。
「お!そうだよ!俺も思ってたんだ!呼ばれたのって嘘だったのかよ!」
「え…、何よそんな事どうでもいいじゃない!確かに呼ばれてないわよ。だってサプライズですもの!
実際行ったら喜んでくれたわ!お土産の話しだって嘘じゃないわ!
露店で私が選んだの!」
「そっか!サプライズだと本人に聞けないよな!正に愛だなぁ」
うんうん、と納得しながらギョンが言う。
が、気づいてないのだろうか。いくら友人とは言え公務の情報を流すという事は罪なんだと。
ファンは呆れて何も言えなかった。
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行きとは違い、静まり返った車内。明らかにチェギョンのテンションが違う。
流石のシンも何かあったのではないかと心配になる。
「おい、どうかしたのか?おい…おい!」
シンの呼びかけにも無反応でいたチェギョン。シンは、チェギョンの肩をグイっと引っ張り身体ごと自分の方に向かせた。
そこで気が付いた。
「お前、ネックレスはどうした?落としたのか?」
朝にはあったネックレスが消えている。だから落ち込んでいるのかと思った。
「え?違うよ。ちゃんとあるよ、ホラ…」
カバンの中から取り出したネックレス。
シンは何故外したのか不思議そうな顔をしている。それが分かったチェギョンは続けた。
「やっぱり、落としちゃうと思って。そうなったら悲しいから落とす前に外したの。
部屋で保管しておいて、大事な時に付けるんだ」
ふーん。と、シンは納得したようだ。
まさか…、まさかこのお土産をヒョリンが選んでいたなんて…。
確かにタイで会うと言っていたが、自分の事で精一杯でそんな事すっかり忘れていた。
何を浮かれていたのだろうか。自分は仮の皇太子妃ではないか。
何も望んではいけないのだ。
時折優しいシンにすっかり勘違いしてしまっていた。
―― 忘れてはいけない。自分はただの代用品なのだ ――
ネックレスを握りしめる手が震える。
それに胃もキリリと痛む。いつからだろうか。ヒョリン達に会うとこうして痛むのだ。
震えと痛み。シンに分からないように必死で隠した。
早く東宮殿に着くよう祈りながら―。