高度経済成長の秘密(その19): 経済政策の意義 | 気力・体力・原子力 そして 政治経済

気力・体力・原子力 そして 政治経済

原子力と経済についてはうるさいですよ!
 (旧有閑爺いのブログ)

第3部 経済政策
 
 経済は共同体がもつシステムとルールの中で安定的に成長させるべきものです。明日は今日より良い日になる、と言う環境が健全な家庭を営むために必須のことで、それは安定的成長の中でしか実現できないと考えるべきでしょう。
 それを実現することが経済政策の目標です。政府には徴税と通貨発行という二つの権限があり、この権限を駆使すれば「総需要」の制御が行えます。つまり安定的成長を実現させることは可能であるということになります。
 
第1章 経済政策の意義
 
 本書の冒頭の第1部第1章第1節に、経済について次のように記しました。
 『 経済とは人が労働をして無から有を生み出し、それを使うことです。無から有を生むということ自体に発展の素地があります。ですから経済は拡大して当然であり、それが出来ないのは何か阻害要因があるということです。』
 つまり、「成長」は経済にあらかじめ内在されたものであり、その内在されたものを解き放つは誰かということが問題になるのです。
 
 経済は人の活動であり、それは共同体の中でしか実現しえないのであり、それは「自由」ではなく、共同体のもつシステムとルールの枠の中にあります。従って、経済に内在された成長を全うすることは、共同体のシステムとルールを運用する政治すなわち具体的には政府に託された役割であるのです。ここに経済政策の意義が存在するのです。
 
 今、経済を一括りに評価する場合、GDPと言う指標を用い、経済「成長」は、このGDPが前年より拡大することと定義されています。
 GDPは直接的には「総生産」を意味するのですが「総需要」と「総所得」と等価でありますので、この場合は「総需要」と解すべきです。なぜなら需要を満たすため生産がなされその結果所得が生まれるという順序の起点に「総需要」があるからです。
 つまり起点である「総需要」を拡大すれば経済そのものが拡大するのであり、経済政策はそのことが要点になります。「金融緩和」「規制緩和」「構造改革」「財政健全化」などは「総需要」に直接リンクするものではありませんので、要点足り得ません。
 
 では、「総需要」を直接的に拡大するには何をすればよいかです。
 ここで経済でいうところの需要とは何かです。需要とは普通一般は要求なのですが、経済では対価を準備しそれが全うされ支払いがなされたもののみを言いますので、支払いと同じものです。すなわち「総需要」とは「総支払」です。
 ですから、付加価値購入の支払いを拡大すればGDPは拡大できるのです。従って政府の役割、すなわち政府の採るべき経済政策は、国全体の支払額を見積り、その見積額が不足である場合に採るべき策すなわち政府支出額を決定することです。もしくは民間支出額が過大になる場合はその抑制を行うことです。
 支出の拡大は、多かれ少なかれインフレーションの要因になります。つまりインフレーションが支出拡大の限界を決定するのであり、それが容認できる範囲なら経済政策として可といえるものでしょう。
 
 高度経済成長期の経済政策は、民間の負債拡大による支出拡大が非常に大きく、これにより貿易赤字の拡大とインフレーションの昂進がありましたので、金融政策による日銀の貸し出し抑制が主たるものでした。つまり「金融引き締め」の量の制御により、民間の負債拡大量を制御することが経済政策でした。
 
 一方、現在の日本では名目GDPの拡大はほとんどなく、明らかに「支払い」不足です。原因は企業の再投資不足、家計部門の貯蓄、年金医療等基金積み立てなどであり、資金のストックへの引き上げが多額に上っているためです。政府財政は赤字ですが、その赤字分がトータルとしての支出拡大にはまだ不足であるのです。
 
 従って、現在の日本で必要な経済政策は「政府負債拡大による政府支出拡大」であり、そのことさえやれば、「改革」や「財政健全化」あるいは「金融や規制の緩和」は一切必要ありません。
 問題は、民間が支出拡大に向かいインフレーションが昂進する場合に、莫大な金融資産がある現状では「金融引き締め」を行えないので、あまり適切な制御手段がないということです。おそらく増税と政府支出削減しか打つ手はないと考えられますので、景気拡大期の方策は研究課題でしょう。