Aloha. ヒロせきねです。

以前、病院での臨床業務に区切りをつけるとお伝えしていましたが、結局状況が変わり、病院でのお手伝いは結局9月末まで続けることになりました。とはいえ、もう9月末で終わり。

現在は、その業務と並行しながら、個人のプライベートセラピストとしての活動を行っています。スケジュールに多少の変更はありましたが、日々のやるべき仕事や向き合うべき課題は変わりません。

もし体の不具合があるかた、トレーニングについて聞きたいことがあるかた、介護について、など、お気軽にご連絡ください。

多少の空きがあります。

kalaokumukahi@gmail.com

 

最近、高校生の指導にあたっています。 若い世代と向き合っている中で、ふとこんなことを考えました。

皆さんは、ご自身の「伸びしろ」についてどう考えているでしょうか。

 

フラでも音楽でも、あるいは他の技術でも同じですが、 「練習さえすれば上手くなる」のでしょうか。 それとも、「時間がたてば自然と上手くなる」のでしょうか。

 

ただ無目的に時間を費やしたり、やみくもに体を動かしたりするだけでは、本質的な成長には繋がりにくいものです。

理学療法士としての視点から見ても、身体の理にかなった動かし方や、楽曲の構造を深く理解し、そこにどれだけ意識を向けて練習できるかが鍵になります。

 

時間が経過するのを待つのではなく、

思考停止で回数をこなすだけでもなく、

正しい方向へ向かって自分を磨き続けること。

 

それが「伸びしろ」を確かな実力へと変えていく唯一の道だと考えています。

 

引き続き、Hālau Ka Lā o Kumukahiの生徒たちへの指導においても、Hiliuの音楽制作においても、この地に足のついた実践を淡々と続けていきます。
 

写真は、今作っているイプヘケ。

メルカリや、SNSで売っている、出所不明のイプヘケを買った人から、「買わなきゃよかった」の連絡が多く来ます。

メルカリやヤフオクでは、要らないから、売っているんですよ。

私のイプヘケは、メルカリで売られていることはないです。たまに、イプ(イプヘケオレ)は売られているようですね。

心を込めて作っているもの。その気持ちが音になって、皆さんの心に響きますように。

 

ハーラウでは生徒を募集中です。ぜひご連絡ください。無理強いはしません。

 

 

ヒロです。

 

今日は少し重たいです。ルール、ポリティカル、真実について。


スポーツには、ルールがある。
反則をすればカードが出され、レッドカードを受けた選手は退場する。その選手が有名であろうと無名であろうと、本来は平等であるはずだ。だからこそ、人々は競技を信じることができる。

 

ところが先日のワールドカップ。

レッドカードを受けた某国スター選手の出場停止処分をめぐり、大国のトップが国際サッカー連盟に働きかけたと報じられた。結果、処分が覆る可能性が生まれたという。

判定の間違いは正されるべきだ。しかし、ここで考えるべきは別の問題である。 

「小さな国の無名の選手であっても、同じようにトップが電話をかけ、それが通るだろうか?」

ルールで決まるはずのことが、権力によって動く。その瞬間、競技は純粋な競争ではなくなる。

そこに残るのは、「誰が正しかったか」ではない。

「誰が、より大きな力を持っていたか」である。

世論は自然に生まれるとは限らない

私たちは「世論」を、多くの人々が自由に考えた末に生まれるものだと思いがちだ。しかし、本当にそうだろうか。

世論は、意外なほど簡単に曲げられる。

 

大きな声で繰り返し語られたこと。

有名な人物が支持したこと。

メディアで何度も取り上げられたこと。

 

そうしたものを目にするうちに、私たちはそれを「社会全体の意見」だと思い始める。

しかし、それは最初から多くの人がそう考えていたわけではないかもしれない。

一部の者が持つ力は、ときに銃のように強い。実際に撃たなくても、その存在だけで反対意見を持つ人を黙らせることができる。 

「反対すれば、仕事を失うかもしれない。仲間から外されるかもしれない」 

そう思わせるだけで人は自分の意見を飲み込み、その沈黙を見て、さらに多くの人が「みんなが賛成している」と思い込む。

 

日本を見ていても同じだ。政策の中身よりも「誰が発言したか」「どの組織に属しているか」が重視され、現場で困っている小さな声はかき消されていく。 だが、政治力によって決まったことと、真実は同じではない。多数に見えることと、正しいことも同じではない。

 

それが「政治力」「ポリティカル」というものなのだから。

 

芸術、フラ、音楽の世界にある「ポリティカル(政治力)」

人が集まり、組織がつくられ、利益が動く場所には、必ず政治が生まれる。 会社、学校、そして芸術やスポーツ、フラの世界にも、音楽の世界にも、それは確実に存在する。

 

表向きには実力だけが評価されているように見えても、実際には人間関係、師弟関係、団体同士のつながり、金銭、知名度、組織の都合など、多くのものが複雑に絡み合っている。その構造を無視して「これが正しい評価だ」言い切ることはできない。

 

近年、日本でフラのコンペティションが増えている。 舞台が増え、挑戦の目標ができることは素晴らしい。

しかしその一方で、参加者が集まらずに淘汰されていく大会も出てきている。

審査への信頼を失い、参加者が離れているから。

 

フラの世界は広いようで狭い。審査員と出場者、あるいはその指導者が、何らかの師弟関係や仕事上のつながりを持っているケースは珍しくない。 自分の教え子が出場していれば、応援したくなるのが人間の自然な感情だが、そこには明らかな「利益相反」の可能性がある。

教え子が受賞すれば指導者の権威が上がり、ビジネスも回っていくからだ。

 

問題なのは、審査員個人が不正をしているかどうかではない。不公平が起こり得る構造がありながら、それを「個人の良心」だけに任せている制度そのものの脆弱さにある。だからこそ、利害関係の開示や採点の開示といった透明性が不可欠なのだ。

賞が、芸術の真実を決めるわけではない

そして同じ構造は、音楽の世界にも全く同じように存在する。 私は全米グラミー賞の会員の一人として、由緒ある音楽賞のあり方を見ていて、強い疑問を抱かざるを得ない出来事がしょっちゅうある。

 

音楽賞とは、優れた作品を称え、文化を次世代へ繋ぐ華やかな舞台であるはずだ。しかし、人間が評価する非公開の審査には、必ず人間関係や組織票、知名度や業界のつながりといった「政治力」が入り込む。

長くその世界にいる人、

多くの仲間を持つ人、

組織の中心に近い人の作品が、自然と有利になる。

 

いつの間にか「優れた作品」と「業界内で選ばれやすい作品」が混同されていく。そして、その輪の外にいる者の作品は、そもそも十分に聴かれることさえなく弾かれる。

しかし、賞に選ばれなかった作品に価値がないわけでは決してない。審査結果が示すのは、その年、その制度、その人間関係の中で「その作品が選ばれた」という政治的な事実に過ぎず、音楽そのものの絶対的な価値ではないのだ。

本物は、結果の外側に残る

フラのコンペティションで決められるのは、「その大会の、その日の順位」だけだ。 

音楽賞で決められるのは、「その制度の中で選ばれた」という事実だけだ。

 

本当にメレ(歌)を深く理解し、文化に誠実に向き合っていたか。 ハワイ語の母音や子音を丁寧に発音し、言葉の意味を理解したうえで歌っているか。 編曲や演奏、録音のすべてに時間と心を注ぎ、その音楽が生まれた土地と歴史に深い敬意を払っているか。

それは、点数表やノミネートの有無では決して測れない。名前を隠し、先入観を捨てて、音だけを聴き、踊りを見れば自ずと分かることだ。文化をただの装飾として利用しているのか、それとも魂を込めて表現しているのかは、音の中にはっきりと残る。

 

政治力は、結果を変えることができる。レッドカードを消し、審査結果を動かし、特定の誰かに賞を与えることはできる。しかし、本物ではないものを、本物に変えることは絶対にできない。

 

本当に良いフラは、点数表の外側でも伝わる。 

本当に良い音楽は、賞やノミネートがなくても人の心に深く残る。 

 

私が紡ぐ音楽も、フラも、時間がたっても決して価値を失わないと確信している。

 

最後に残るのは、誰が勝ったかではない。誰に賞が与えられたかでもない。 その舞台に、どれだけ真実があったか。

その努力の中に、どれだけ誠実さがあったか。 

 

そして、何が「本物」だったかである。

 

所詮、ポリティカルを掌握できない「負け犬の遠吠え」だとしても、

いずれ、ほころびが、風評のごとく、分かる日が来るから。

 

今日はお墓参りの日。

少し気持ちを落ち着けて。。。

墓地とお墓参りのための赤い車

 

 

 

​みなさん、こんにちは。ヒロです。


これまで身体の使い方を専門的に学び、また、フラという文化の背景にある言葉や歴史、土地の記憶を追い求め続けてきましたが、少し思うことを書かせていただきます。


​フラの裾野が広がり、多くの人が舞台に立つ喜びを知るようになったことは、本当に素晴らしいことです。


けれどその一方で、大切な部分を置き去りにしてはいないだろうか、と考えることがあります。



フラの美しさが「動きが揃っているか、メイクが綺麗か、可愛いか、衣装が素敵か」という基準で語られる場面をよく目にします。


もちろん、仲間と呼吸を合わせ、稽古を重ねた末に生まれる一体感はフラの大きな魅力のひとつです。


​ですが、順序が逆になってはいないでしょうか。


​「みんなと同じように動くこと」


「きれいに見せること」


​これらが目的になってしまうと、どれほど形が整った舞台であっても、そこにあるべき「文化としての息づかい」が伝わりにくくなってしまう気がするのです。



​私にとって、揃うことは目的ではなく、結果です。


​曲の意味を知り、歌われている場所を知り、そこに生きた人々の想いに耳を澄ます。


言葉の一つひとつを自分の身体でどう表現するのかを深く考え、仲間と共に踊り込んだ先で、自然と動きが揃っていく――。本来、フラとはそうした積み重ねの中にあるものではないでしょうか。



​フラには歌があり、言葉があり、土地があり、歴史があります。


「素敵だな」「かっこいいな」という憧れからフラを始めるのは、とても自然なことです。しかし、その先の「問い」を持ち続けられるかどうかが、踊りを単なる動作から、文化への敬意へと変えていくのだと私は信じています。


​流行は移ろいますが、文化は流行のためにあるのではありません。


フラとは、己を目立たせるものではなく、歴史と文化に自分の身体を差し出すこと。


​「何を学び、誰から受け取り、それを次の世代へどう手渡すのか」


​私はこれからも、華やかな表層だけに満足せず、言葉と向き合い、土地の記憶に耳を澄ます人々と共に歩んでいきたいと思っています。


​……少し硬いお話になってしまいましたね。


プーイリ作り。フラ文化の継承。

黙々とプーイリ作りを頑張っています。地味でしんどい作業ですが、これもまた大切な学びの時間です。


​ヒロ



​#フラ #フラダンス #フラ文化 #Hula #身体の使い方 #身体表現 #文化継承 #ハワイ文化 #プーイリ


 

 

アロハ。ヒロです。

最近、よく考えることがあります。

「カヒコをやりたい」という人は、昔より少なくなっているのだろうか。

現場にいる感覚としては、
“減った”というより、

最初から
「カヒコを学びたいです」
という人が少なくなった、

という感じかもしれません。

今、多くの人がフラに出会う入口は、

SNS
YouTube
ショッピングモールのイベント
観光ステージ

です。

そこで見かけるフラのほとんどは、アウアナ。

柔らかい音楽、華やかな衣装、笑顔。
多くの人がイメージする「フラ」は、やはりアウアナなのだと思います。

「フラをやってみたい」
と思う人は多い。

でも、
「カヒコをやりたい」
という人は、最初からはそれほど多くありません。

でも、それは悪いことではないと思っています。

アウアナには、アウアナの魅力があります。
音楽としての心地よさ。
見やすさ。
華やかさ。
入口としての親しみやすさ。

実際、ハワイでも日本でも、
アウアナを多く踊るハーラウは人気があります。

イベントでも、観客が盛り上がるのはアウアナだったりします。

メリーモナークでも、
グループアウアナを楽しみにしている観客は多いそうです。

一方、カヒコは少し違います。

土地。
神話。
Oli。
プロトコル。
リズム。
声。

この趣きがアウアナより少し強いですね。

背景を知れば知るほど深くなる世界です。

だから、短い動画では伝わりにくい。

なので、カヒコはSNS時代には、少し不利なのかもしれません。

カヒコは、すぐに「楽しい!」と感じるものではない場合もあります。

特に、カウアイ島やニイハウ島の古いスタイルは、
文化的には非常に重要ですが、
一般の観客から見ると、地味に感じることもあるでしょう。

一方で、オアフ島やハワイ島の比較的新しいスタイルは、
舞台として華やかで、見ていて楽しい。

どちらが正しい、という話ではありません。

文化としてのフラと、
舞台芸術としてのフラ。

そのバランスは、本当に難しい。

知識があれば良いわけでもない。
深く知っていても、それが舞台で伝わるとは限らない。

逆に、華やかで魅力的なアウアナにも、しっかりした基礎や理解が必要です。

でも最近、少し感じることがあります。

本当にカヒコを学びたい人は、
むしろ“ちゃんとしたもの”を探している。

動画だけでは分からない。
見よう見まねでは届かない。

カヒコは派手ではありません。

でも、長く続けるほど、
じわじわ身体の中に残っていく。

そして不思議なことに、
カヒコを深く学んだ人のアウアナは、やっぱり違って見える。

私は、アウアナかカヒコか、
どちらかだけを選ぶ必要はないと思っています。

大切なのは、

「何を踊るか」より、
「なぜ踊るのか」。

フラは、生きている文化だからです。

 

先日の愛知県田原市のプライベートライブの写真です。

 

フラダンサーたちの集合写真

 

 

それから、6月26日金曜日、広尾プラザで行われる「広尾ハワイアンデイズ。10周年」に参加します。Hiliuでは15時45分ごろから16時30分ごろまで2Fメインステージ(OTOYA-ステージ)で、Hiliuほぼ全員集合します。バレエは植野瑚子さんも参加します。観覧無料。ですので是非!

広尾ハワイアンデイズ

 

5月29日から始まった ALOHA TOKYO 2026 も、いよいよ明日が最終日となりました。

今回も、「パウスカートショップ&ヒロせきね」ブースで、多くの皆さまとお会いすることができました。

ブースに立っていると、本当にたくさんの方から

「いつもSNSを見ています」
「フラを習ってみたいと思っていました」
「ウリウリを作ってみたかったんです」
「新しいドレス、楽しみにしていました」

「ヒリウ応援しています」

「ワークショップやってください」

「一緒に写真を」

などなど、
そんな温かい言葉をかけていただきました。
改めて、人と人とのご縁によって支えられていることを実感しています。

と、そこに、朝一でクム・マークホオマルの奥様のマイレさんからメッセージがあり

「今日恵比寿に行くけど、いる?息子のチャールズ踊るよ」

ってメッセージが来たので、

「ブースで、ウリウリ作ってるよーって」っ話をして、

ホオマル一家でブースに登場。

 

で、作ってあげて1本プレゼント。

ALOHA TOKYO 2026:フラ関係者の集合写真

息子のチャールズ、もはや背が高くなりすぎ!!!

今回は、ウリウリのワークショップがメイン。

ALOHA TOKYO 2026パウスカートショップにてウリウリを持つ人々

持ってきたものは、ウルベヒヤーン、ʻUluwehi Hawaiiの新作アイテムなどをお持ちしていますが、

フラスケッチコレクションのTシャツは完売。

他の物販も欠品だらけとなってしまいました。

明日も開催していますが、是非お越しいただきたいです。

「こんなドレスが欲しかった」
「サイズ展開が嬉しい」
「フラのレッスンにも普段着にも使えそう」

と、多くのご意見をいただき、とても励みになっています。

会場を歩いていると、ステージから流れてくる音楽、フラを楽しむ人たちの笑顔、久しぶりに再会する仲間たちの姿。
まさに東京の真ん中に現れた小さなハワイです。

私自身、ハワイに暮らしていた頃を思い出しながら、この空気を楽しんでいます。

そして何より、こうしてイベントに参加できることを当たり前と思わず、一つひとつの機会を大切にしていきたいと改めて感じています。
もしまだお越しになっていない方がいらっしゃいましたら、ぜひ明日、恵比寿ガーデンプレイスへお立ち寄りください。
ブース No.48 にてお待ちしております。

フラをされている方も、ハワイが好きな方も、これから始めてみたい方も大歓迎です。

明日は、ラウハラ編みワークショップ行います

皆さまとお会いできることを楽しみにしています。

ALOHA TOKYO 2026 最終日。

たくさんのアロハに包まれた一日になりますように。

Mahalo nui loa.

Hiro Sekine
Kalāokumukahi / Hiliu / ʻUluwehi Hawaii / パウスカートショップ
 

少しずつ暖かくなり、ハワイイベントの季節が近づいてきました。


ハワイイベント出店者とイプヘケ


フラ楽器イプ・イプヘケと参加者

先日の茅ヶ崎アロハマーケットもたくさんの皆さんがご参加くださいました。
ありがとうございます。

ご無沙汰していた皆さんとも、10年以上ぶりに、お会いできて、とてもうれしかったです。

 

昔、ビックアイランド観光局のお仕事で、ご一緒した、安田さん。

BSの「ハワイに恋して」のお仕事で、ご一緒した、大田ディレクターさん。
本当に感動の再開で。うれしかったです!


ハワイイベント出店者、楽器と文化に触れる


ハワイイベントで笑顔の二人

今年の5月後半も、イベント参加やワークショップを予定しています。

まずは、
JST名古屋ハワイフェスティバル
出店日は、5月23日(土)・24日(日)名古屋・エディオン久屋広場です。
今回、私としては初出店になります。

イプ・イプヘケ関連を中心に、楽器やハワイ文化に関する内容を持っていく予定です。

フラを踊るだけではなく、楽器を知る
自分で触れる
音を感じる
作りを理解する

とても大切だと感じています。

イプやイプヘケは、単なる“道具”ではなく、ハワイの文化や精神性とも深く繋がっているもの。
実際に見たり、触れたりしながら、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。


そして、
アロハトーキョー
5月29日(金)〜31日(日)
東京・恵比寿ガーデンプレイスにて開催されます。
こちらでは、The Garden Room ブースナンバー「48」
で参加予定です。


東京では、ウリウリのワークショップを予定しています。


“作ることで見えてくること” が本当に多いということ。
完成品を使うだけでは分からない、

バランス、素材感、音の違い。


そういう細かな部分に触れることで、
踊りや表現も少しずつ変わっていく気がしています。


フラは踊りだけではなく、
楽器、
オリ、
レイ、
ハワイ語、
自然観など、
すべてが繋がっている文化。

そういう部分も含めて、少しずつ伝えていけたらと思っています。
会場で見かけましたら、ぜひお気軽に声をかけてください🌺


ワークショップ参加のお申し込みは、パウスカートショップまで。


Mahalo

ヒロせきね

 

5月末日をもちまして、半年間携わった病院勤務という形での医療提供に一区切りをつける決断をし、病院側へお伝えいたしました。引き止められることはありませんでしたが、それもまた、互いの進むべき方向が異なるという一つの答えであったと受け止めています。当初より半年間やってみて変わらなければ辞めると伝えていたので、結果、満了ということです。

週に一度という限られた関わりではありましたが、この半年間、現場の意識や在り方について、自分なりに向き合い、取り組んできました。しかし、現在の体制や環境の中では、私がこれ以上関わることのできる余地には限りがあると感じるようになりました。

今回の決断については、病院側にとっても私にとっても、それぞれにとってより適した形であったと受け止めています。
求められる役割やリハビリテーションの在り方について、方向性の違いがあったことも一つの理由です。

私自身は、知識や経験を積み重ねながら、一人ひとりの患者さんに深く向き合う医療を大切にしたいと考えています。
限られた時間の中で、本気で向き合うべき対象は、あくまで「患者さんの病気や障害」そのものです。

これまでの経験を通して、改めて確信していることがあります。
技術や向き合う姿勢は、一朝一夕で身につくものではなく、日々の積み重ねの中で磨かれていくものだということです。

私自身はこれまで、理学療法士としての臨床に加え、ケアマネージャーとしての経験、介護現場での実践、家族との別れ、そしてハワイ島でのロミロミの学びと実践、セラピスト育成、専門学校での指導、筑波大学での修士・博士課程での研究など、さまざまな経験を積み重ねてきました。
また、訪問リハビリでの現場経験や、難治性リハビリ、口腔リハビリ、ボイストレーニング指導、知的障害者スポーツの指導、さらにはエアロビクスやスキー、フラの指導、パワーリフティングでの競技経験など、領域を横断しながら、また自らも手術経験、「「身体」と「生」に向き合ってきました。

こうした経験の一つひとつが、現在の自分の引き出しとなり、多角的なチャンネルを患者さんに合わせることにより、それが、しっかりと向き合うための基盤となっています。

6月からは、再び個人契約のセラピストとした中心とした活動に戻ります。
保険診療という枠組みでは対応が難しい部分にも向き合いながら、「本当に良くなりたい」と願う方々のために、自分の持てる技術と時間を尽くしていきたいと思っています。

ありがたいことに、すでにご予約もいただいており、必要としてくださる方がいる限り、その信頼にしっかりと応えていきたいと考えています。今までのクライアントの皆さんも待っていてくれており、ありがたいことです。

 

 

理学療法士、マスク着用、病院勤務
もし、現在の治療の中でお悩みの方がいらっしゃいましたら、ご紹介を通じてお気軽にご相談ください。

なお、これまでと同様に、基本的にはご紹介の方のみの対応とさせていただいております。何卒ご理解いただけますと幸いです。

これからも、自分にできることを一つひとつ大切にしながら、歩んでまいります。
今後ともよろしくお願いいたします。

南千住・荒川区周辺で子どもの習い事を探している方へ。

本格的に学べるフラ教室の体験レッスンを開催いたします。

 

はじめてのお子さまでも安心してご参加いただけます。

今回のレッスンでは、ただ踊るだけでなく

・ハワイの文化や言葉
・音楽の意味
・身体の使い方

・レイメイキング

・ハワイ語の発声

を大切にしながら、丁寧に指導します。
音楽要素、ボイストレーニングも取り入れた特別なレッスンです。
 

 

【体験レッスン】
5月1日・5月8日・5月15日(金)
18:45スタート

対象:小学校1年生〜中学3年生
場所:南千住駅前ふれあい館

体験:無料
月謝:4,000円(月4回)
 

【大人クラス】
20:00〜21:30(高校生以上)
 

【指導】ヒロせきね
・全日本フラ選手権 4年連続出場
・Ku Mai Ka Hula Japan 2025 優勝
・ハワイの音楽祭 Nā Hōkū Hanohano Awards 4度ノミネート
・Recording Academy(全米グラミー賞)メンバー

・Estill Voice Training レベル1修了
 

本物を学ぶ経験は、皆さんにとって一生の財産になります。

 

▼体験のお申込みはこちら
「体験希望」とご記入のうえ
kalaokumukahi@gmail.com へご連絡ください。

 

南千住・荒川区で本格的にフラを学びたい方のご参加を
お待ちしております。

 

アロハ、ヒロせきねです。

第63回メリーモナーク・フェスティバルが、すべての日程を終えました。

今年もヒロの街は、この1週間だけ特別な空気に包まれていました。 朝から人が動き、夜までフラの話が尽きない。 この街にいるだけで、「フラの中心にいる」という感覚になります。

その熱気の中で、すべての競技を現地で見てきました。 今回は、結果を考察する前に、まずは「ジャッジ(審査員)との繋がり」について考えてみたいと思います。

 
写真は、いつもお世話になっているKaulikeと、バックステージで。
メリーモナーク祭 backstageにて
 

■ 今年のジャッジと、その系譜

(敬称は省略します)

 

1. Maelia Loebenstein Carter 

祖母 Mae Ulalia Long Loebenstein。マウイ島・ロベンスタイン系。 祖母から母、そして本人へと受け継がれた家族の伝統を持っています。

 

3. Vicky Holt Takamine

Maiki Aiu Lakeの愛弟子。まさにマイキー系のど真ん中と言える存在です。

 

4. Noenoelani Zuttermeister Lewis 

家系継承の系譜。 中心にあるのは母 Emily Kauʻi Zuttermeister(カウイ・ズッターマイスター)。カウイは、アメリカの伝統継承者としてアンクル・ジョージよりも早く表彰されている、強烈な影響力を持つクムフラです。また、Samuel Pua Haʻaheo の hula pahu tradition(フラパフの伝統)の継承者とされています。
Hōkū Zuttermeisterの叔母にあたる。

 

5. Nani Lim Yap 

最初のクムは母 Mary Ann Neula Lim。その後、本格的に長く学んだのは Margaret Kaleolani Moku です。 さらに、ハワイ島のクムフラ達(ʻIolani Luahine、George Nā‘ope、Edith Kanakaʻole)や、Kahaʻi Topolinski、Darrell Lupenui、John Kaʻimikaua のスタイルにも触れています。

今回、ナニ・リムのクムでもあるカハイ・トポリンスキーがメリーモナークに戻ってきました。90歳近い自分のクム、カハイさんに対し、審査員としてご自身のクムを審査しなければならないのは、クム、ナニ・リムにとって少し辛いことだったのではないかと推察しました。 私自身も期待して拝見していましたが、率直に言うと、現在のメリーモナークの入賞レベルには達していなかったように感じました。

 

5. Etua Lopes

最初の入り口は Lokelani Anderson。 1971年以降は George Nā‘ope のもとで学び続けており、主たるクムはアンクルジョージです。 他にも、Henry Pā、Lokalia Montgomery、ʻIolani Luahine、Edith Kanakaʻole、Eleanor Hiram Hoke からも学んでいます。

カイルア・コナの、フリヘエパレスで長年レッスンをやっています。

 

6. Wallis Punua 

母 Kuʻulei Punua の系譜、カウアイ島のスタイルです。私の知識不足で申し訳ないのですが、お母様までは分かるものの、その先までは深く把握できていません。

 

7. ʻIwalani Kalima

George Nā‘opeから長年フラを教わり、ヒロで活動しています。(個人的には、足の外反母趾が少し心配になりました)

 

■ ジャッジの系統まとめ

これらの系譜を大きく分けると、以下のようになります。

・家族継承(オハナ系) マエリア、ノエノエラニ、ナニ・リム、ウォリス。 親や祖父母から直接「家伝」としてフラを受け継ぐスタイルです。

・マイキ・アイウ・レイク系 1970年代のハワイアン・ルネッサンスを牽引したマイキ・アイウ・レイクの教え。

・ジョージ・ナオペ系 メリーモナーク創設者の系統で、ハワイ島の力強さと古来の儀式的なフラを大切にするスタイル。

これらジャッジの背景を知った上で、出場ハーラウ(および出場者)との間にある「師弟関係」や「同じ系譜(リネージ)」という深い関わりについて考えてみます。

 

■ 今年の入賞結果と「繋がり」

今年の主要な結果は以下の通りです。

・総合優勝: Hālau Hiʻiakaināmakalehua(クム:Robert Keʻano Kaʻupu IV) ・ミス・アロハ・フラ 2026: Faith Kealohapauʻole Paredes(Hālau Kekuaokalāʻauʻalaʻiliahi) ・ワヒネ総合優勝: Hālau Mōhala ʻIlima(クム:Māpuana de Silva)

ここで見えてくる「繋がり」があります。

総合優勝を果たした Hālau Hiʻiakaināmakalehua のクム、ロバート・ケアノ・カウプの師匠の一人は、Ray Fonseca(レイ・フォンセカ)です。レイ・フォンセカと、ジャッジのエトア、イワラニはとても仲良しのフラシスター&フラブラザーでした。どうしても、点数に良い影響があったのではと想像してしまいます。

マイキ・アイウ・レイク系を見ると、ジャッジの Vicky Holt Takamine と、ワヒネ総合優勝の Hālau Mōhala ʻIlima(クム:Māpuana de Silva)は同じマイキ・アイウに属し、ウニキも同時期の伝説のレフアクラス出身。伝統的な「アロハ・スタイル」を深く共有しています。

ミス・アロハ・フラの Faith は、Haunani & ʻIliahi Paredes の娘です。ジャッジの Maelia Loebenstein Carter とはマウイ繋がりがあり、演奏はケアリイ・レイシェルでした。

カウアイ島繋がりでは、ジャッジの Wallis Punua と、Hālau Ka Lei Mokihana o Leināʻala(クム:Leināʻala Pavao Jardin & Breeze Pavao)が同じカウアイ島拠点です。(クム・レイナアラは逝去されましたが、その後もクムの名前として記載されています)

 

■ 今年の大会を振り返って

【 圧倒的な結果 】 今年の団体部門は、Hālau Hiʻiakaināmakalehua がカネ・ワヒネともに圧倒的な強さで総合優勝を果たしました。完成度の高さは間違いなく素晴らしいものでした。

ただ、実際に現地で見て、自分なりに採点していた感覚からすると、「ここまで点差が開くのか?」「今年はカネ(男性フラ)部門が50周年という節目の『カネ祭り』だったからなのか?」という感想を持ったのも正直なところです。

 

【 「繋がり」と「流れ」 】 よく言われる「繋がり」。 誰から学んできたのか、どの系譜にいるのか、どう継承しているのか。その背景があり、今回はカネ50周年という事実も、確実に評価の一部になっていたと感じます。

さらに、その年ごとの「流れ」や「空気」。これに乗っているハーラウと、そうでないハーラウの差も見えました。(今年はHula Pahuが非常に多かったですね)

 

メリーモナーク・フェスティバルのフラパフォーマンス

表彰式前の一コマ。

 

 

■ コンペティションという現実

メリーモナークはコンペティション(競技会)です。 だからこそ、大会前からある程度「流れ」が存在し、本番はその確認作業のようになる。これは善悪の問題ではなく、一つの構造として現実に存在していることなのだと感じます。

また、審査員を務める7人のジャッジ自身も、かつては出場者としてこの舞台に立ったクムもいます。その中には優勝経験のあるクムもいれば、入賞が叶わなかったクムもいます。「実績」という物差しが多様な中で、彼らが現在の出場者に審判を下すという形には、善し悪しではなく、何となくのモヤモヤ感があります。

 
■他、印象に残ったこと
AHAのワヒネアウアナ。全力で、伝統に沿ったフラにチャレンジしたのかな?
今まで通り?ではなく新たなチャレンジかと。でも入賞できず。
クアナトーレスも演奏、クム・マーク・ホオマルには期待をしていましたが、残念。
それから、Ka kai o ka hikiは、カヒコ、アウアナ、両方で入賞。オブライアンエセル時代以来の2部門入賞。カヒコは素晴らしかった。
 

■ 指導者として考えること

この結果をどう受け止めるべきか。 フラを指導する立場としては、「評価されるためのフラ」と「本質としてのフラ」、この二つを明確に分けて考える必要があると痛感しています。

順位はあくまで一つの結果に過ぎず、それがフラのすべてではありません。しかし、「その結果がどのような力学で作られているのか」を冷静に理解しておくことは、極めて重要なことだと思っています。

 

■ 最後に

今年のメリーモナークは、その美しさと同時に、コンペティションとしての「リアルな側面」を見た大会でした。

ハワイであれ日本であれ、先人との繋がりや系譜、積み重ねてきた努力は、一体どのように花開くのか。あるいは、それらは無駄になってしまうのか。 

今のフラ界に目を向ければ、ハワイのクムたちが「黒船」のように来日し、強い影響力を持ち続ける状況があります。

これもまた、良い悪いではなく、その土壌を作ってきたのは日本人であり、知っているか、知らないか、正しいか、正しくないか、の取捨選択の前に、ハワイ人だから、ということで歓迎してしまうクセが、良くない方向に誘導させているような気がします。

 

今回の経験は、今後どのようにフラと向き合うべきかを考えるヒントになりました。 

このヒロの空気と肌で感じた感覚を日本に持ち帰り、日々のレッスンの中で生徒たちに伝えていきたいと思います。

 

メリーモナーク・フェスティバル会場前で佇む日本人男性
 
 

Mahalo

ヒロせきね

 

 

 

 

 

メリーモナーク、カヒコが終わりました。

今年で63回目を迎えるメリーモナーク。
そして、今年の大きなテーマのひとつが、カーネ(男性)が参加して50年という節目でした。

この背景もあってか、今年のカヒコは、これまで以上に“原点”を感じさせる内容だったように思います。

 

印象的だったのは、パフ(pahu)の楽曲が非常に多かったこと。

イプヘケ主体というよりも、
より重厚で、祈りの要素が強い構成。

今年のステージ全体に静かで張り詰めたような、空気が流れていました。

メリーモナーク カヒコ 男性50年 カーネ パフ

 

Kaʻi(カイ)やHoʻi(ホイ)についても、これまであまり耳にしたことのないものが多かったのが印象的でした。ファミリーチャントもあり、よく知られたチャントではなく、それぞれのハーラウが持つ、より内側のレパートリー。

「知っているかどうか」ではなく、どの系譜にあり、何を受け継いでいるのか。

そんな部分が強く問われているように感じました。

 

今年のテーマである
「カーネ50年」という節目。

もともとフラは、男性の祈りや儀礼から始まったもの。

その原点に立ち返るように、
より力強く、より神聖な表現へと
全体が寄っていったのではないかとも感じます。

 

見る側にとっては、
決して分かりやすい内容ではないかもしれません。

けれど、

フラが単なるパフォーマンスではなく、
文化であり、継承であるということ。それを改めて強く示したカヒコだったように思います。

 

この流れが一時的なものなのか、
それともこれからの方向性なのか。

メリーモナークが映し出すフラの在り方を、引き続き見ていきたいと思います。