«「来てくれや!」≫
「来てくれや!」
え???
私は義母の声に振り向いた。
草取りをしていた義母の姿が見えない???
いや?
溝の中に義母がはまっている?
我が家の畑の畔には足首程度の深さの溝がある。
この溝は畑に水を掛けるために瀬下から引き、使うときだけ水を流している。
今日は水を通していないのでカラカラに乾いている。
私は慌てて義母の姿らしいものが見える畔の溝に向かって駆け出した。
「どうしたの?」
私はそう言いながら、義母のそばに駆け寄る。
義母は完全に溝にはまっていた。
よく見ると仰向けに倒れた状態なので、後頭部が溝のどこかにあたっているかもしれない。
私は義母の頭の方に行き、聞く。
「どっかぶつけた?」
「頭をぶつけただ」
義母は泣かんばかりだ。
頭???
私は今度は義母の正面に行き義母の両手を持って上半身を溝から起き上がらせる。
義母は溝の中で座った状態となった。
「足が動かねえだ」
義母は更に泣いて訴える。
え???
私は溝から出ていた義母の右足をつかんで溝に入れ、両足をそろえる。
「足に力は入る?」
「入らねえだ」
え???
私は義母の腰を持ち上げどうにか溝から義母の体を出す。
「頭はどこをぶったの?」
「頭の後ろだ」
義母は泣く。
私は義母の後ろに回り後頭部を触る。
おお・・・
大きなたんこぶが左後頭部にできている。
「そこが痛てえだ!」
私がたんこぶを触ると義母は悲鳴を上げる。
髪をかき分けてみると紫色になったゴルフボールほどの大きさのたんこぶが出来ている。
それよりも足に力が入らない方が問題???
「おばあちゃん立てる?」
「立てねえだ」
義母は泣き声を上げる。
私が義母のお尻を持ち上げると義母は立つ。
なんだ立てるんだ。
「歩ける?」
「歩けねえだ」
義母は泣き声で答えるが、ヨタヨタと歩き出す。
なんだ歩けるんだ。
たんこぶだけかな???
「他に痛いところは?」
「頭が痛てえだ」
義母は顔をしかめながら泣く。
義母の手を引き、ゆっくりと家に入りキッチンの椅子に座らせる。
タオルを持って来て水で濡らし、義母のたんこぶを冷やす。
「おばあちゃん、この濡れたタオルを頭に抑えていて」
私はそう言いながら義母に濡れタオルを渡す。
「なんでだ」
義母はキョトンとした顔で私を見る。
「頭が痛いんでしょ」
私は義母の頭の状態を訴える。
「そうだ」
義母は納得する。
「たんこぶが出来ているから、冷やすと楽になるから、タオル持って」
私は再度義母にたんこぶを冷やすように促す。
「そうか」
義母はやっと納得し、おとなしく濡れタオルでたんこぶを冷やす。
夫は畑に植える苗を買いに出ている。
そこで私は夫の携帯を鳴らす。
「なんだ」
夫が出る。
「おばあちゃんが転んでたんこぶで来てるから」
私が説明する。
「いまもう着くから」
夫の慌てている様子はあったが携帯れ切れる。
義母は89歳、流石に頭を打っているので病院で診てもらった方がいいよな~
今日は日曜日。
そこで私は、夫が帰ってくるまでに緊急医を調べ電話をして、行く手配をした。
夫が帰って来た。
「救急医に電話したから、おばあちゃんを連れて行くよ」
私は夫に指示をする。
「分かった」
夫は返事をすると直ぐに義母を車に乗せた。
緊急医でCTをとってもらったが、脳には異状はなく表面的なたんこぶだけだった。
しかし先生から「高齢なので、時間が経ってから異常が出るかもしれません、急に記憶が飛んだり、おかしな行動が起きるようなことがあったら、すぐに来てください」と言われた。
記憶が飛ぶ???
何時も記憶は飛んでいて一貫性が無いのが認知症の今の義母なのだが???
異常が分かるかな???
おかしな行動???
おかしな行動ばかりで、どれが正常か分からないのが今の義母の行動なんだけどな~
異常が分かるかな???
結局、義母は病院から帰って来てお茶を飲みながらお菓子をしっかり食べた。
「頭が痛い」と言いながらも夕飯をしっかり食べた。
朝まで何も言わずに寝てくれた。
次の日、頭ではなく「腰が痛い」と訴えた。
溝で変な風に転んだのかな???
たんこぶは冷やしたおかげで小さくなっていた。
あれから2週間以上経つが、相変わらず記憶に一貫性はなく、訳の分からない行動を繰り返し、「美味しい、美味しい」と言ってお茶菓子、ご飯をしっかり食べている。
特に変わっ様子はないので、きっと問題ないんだよな~
良し、良し。