トイレの立てこもり | kuminsi-doのブログ:笑って介護

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「おかえりなさい」 

義両親は今日も、無事にデイサービスから帰って来た。 

義父は施設の介護士さんから両手を引かれながら、よたよたとキッチンの勝手口に置かれた椅子に誘導され、座る。 

 

義父はデイサービスに出て行く時は必ずこの椅子に座り靴を履かせてもらい、両手を引かれ出て行き帰りはこの椅子に座らせてもらい、少し休んでから。キチンに入いる。 

 

義父の後から、足腰が丈夫な義母はタッタッタとバスから降り義父に意見する。 

「何やってるだ、とうちゃんは」 

そう言われても義父はもたもたマイペースである。 

 

 

「早く入りましょや。そうしないと入れねえじゃないか」 

義母はデイサービスの送迎車を門の先まで見送り満足して入って来た。 

「おお、いいだ。俺はここで」 

義父は唸るように答える。 

「何やってるだ。入りましょや」 

義母は義父の返答にはお構いなし。 

「俺はちょっとばか具合が悪いでいいだ」 

義父は更に唸る。 

「家に入れねえで、足をどけてくれや」 

義母は義父の足をどけキッチンに入り、キッチンの入り口を閉める。 

「何かやることはないかね? 野菜を採って来るかね」 

そう言いながらも体はお菓子の入っている戸棚に向かいガラス戸を開け、菓子鉢の中を覗く。 

「何もねえだな」 

義母は不服そうである。 

 

キッチンの戸が閉められ義父は完全に私たちの視界から消えてしまった。 

お菓子に夢中の義母は義父の記憶も消えてしまった。 

 

「おばあちゃん、ご飯の用意が出来ているけれど、もう夕食にする?」 

私は菓子鉢を覗き込んで不平を述べている義母に声を掛ける。 

「とうちゃん、食べるかい」 

義母はあたりを見渡す。 

義父の姿が無いと気づき、義母はキッチンを出て自分たちの部屋に行く。 

更に今度は家のトイレを見に行き、キッチンに戻る。 

 

 

「とうちゃんが居ないが、どこだや」 

義母は騒ぐ。 

「おじいちゃんは、あの戸の向こう側だよ」 

私が義父が座っている方向を指さす。 

 

「とうちゃん、早く上がりましょ。ご飯だで」 

義母はキッチンの勝手口の戸を開け、そこに座っている義父に声を掛ける。 

「いいだ、俺は」 

義父は得意の涙声を出す。 

 

「何言ってるだ、早く入りましょ」 

「いいっていうだ」 

「良くない、早く入りましょ」 

「いいだ、ここで暫く座っているで」 

「寒いじゃねえか」 

「俺は、いいだ」 

「入りましょ、何やってるだ!」 

義母は次第にイライラした口調になり声は大きくなっていく。 

義父は次第に得意の涙声が小さくなっていく。 

 

「じゃ、寒いで戸を閉めるでね」 

義母はとうとう義父をキッチンに呼び込むことを諦め、戸を閉めた。 

義父は視界から消え、義母の記憶からも消えてしまった。 

 

「じゃあ、おじいちゃんが入ってきたらご飯にしようね。お茶を飲んでいて」 

私が義母に声を掛け湯呑じゃわんを渡すと義母はポットからお湯を注ぎ飲む。 

「喉が渇いたで旨いな」 

義母は少し落ち着いた??? 

 

「とうちゃんが居ねえな。どこ行った」 

義母はまたまた家じゅうを歩き回る。 

 

「居ねえが、何処行っただな」 

義母はまた私の前で呆然とする。 

 

「そこの戸を開けて、居るから」 

私が指さす。 

 

義母は戸を開ける。 

「なんだね、そこにいるなら早く入ってきましょ」 

「いいだ、俺は」 

「寒いじゃねえか、早く入りましょ」 

「ちょっとばか具合が悪いでいいだ」 

「具合が悪いなら、そんなとこに居なんで入ってきましょ」 

「いいってことせ」 

「何やってるだ、入ってくりゃいいじゃねえか」 

「いいってこと」 

「寒いで、閉めるよ」 

義母は再度戸を閉める。 

義父は視界から消え、義母の記憶からも消えた。 

 

まもなく、ごとごとと音が聞こえる。 

義父の座って居る戸の方からである。 

 

私はそおっと戸を開ける。 

おや???? 

義父が居ない??? 

 

しっかり歩けずフラフラして付き添ってあげないと歩けないと騒ぐ義父の姿はそこには無い。 

辺りを見ると、ふらふらしながら外のトイレに入って行く義父が見えた。 

 

自分で歩きたいときにはひとりで歩けるのか???? 

 

私は義父がトイレに入ったのを見届け戸を閉める。 

 

「とうちゃんは何処に行っただ」 

「外のトイレ」 

「外のトイレか?」 

義母はそう言うとさっさと靴を履き外のトイレに義父を見に行く。 

 

まもなく義母は帰って来る。 

 

「ご飯はまだだから、炬燵にあたっていて待っていて」 

私が義母に声を掛ける。 

 

「そうか、そうするわ」 

義母は自分の部屋に入る。 

 

「とうちゃんがおらんが何処に行った」 

またまた義母がキッチンに入って来る 

 

「外のトイレ」 

私が繰り返す。 

 

「外のトイレ?」 

義母はまたまた外に出て行く。 

 

私は2人を放っておいて、デイサービスからもって帰って来た洗濯物を分け、洗濯を始める。 

 

再度キッチンに行くとカブが流し台に置いてある。 

 

??? 

 

外を見ると義母が泥だらけの靴でうろうろしているが見える。 

どうも外のトイレに義父を見に行って出たつもりが忘れて、畑を1周してカブを見つけ取って来たらしい。 

 

私はまだ時間がありそうなので2階に上がり、明日のデイサービスの用意をする。 

 

時計を見ると5時である。デイサービスから4時前に帰って来て義父がトイレに入ってから1時間流石に義父はトイレから出たか???? 

 

2階の階段を降りると、義母が私の前を通り過ぎて行く。 

「おばあちゃん、どうしたの?」 

私は玄関横の洋間に入って行く義母の後ろ姿に声を掛ける。 

 

「今、包丁を探してるだ。どこにもないだ。知らんかえ」 

そう言いながら義母は洋間の奥に突き進んでいく。 

 

包丁が洋間に??? 

何がしたい??? 

何を探している??? 

 

私は分からないまま、キッチンに入って行く。 

キッチンの流し台の上には長ネギがきれいに剥かれ3本まな板の上に無造作に置かれている。 

 

何??? 

これを切りたい??? 

 

「とうちゃんは何処に行っただな?」 

私の背後から義母が入って来る。 

 

包丁の次はとうちゃんか??? 

忙しいな。 

 

私は義両親の部屋を開ける。 

 

義父は居ない! 

まだ外のトイレか??? 

 

慌てて外のトイレに行くと義父はズボンを履いたまま便器の蓋の上に丸くなり座っている。 

 

「おじいちゃん、家に入らない?」 

私は聞く。 

「おらいいだ、もう暫くここに居てえだ」 

「そう、いいよ」 

「おお」 

「ご飯、食べるけれどいい?」 

「俺のことはいいで、先にやってくれや」 

義父は声を絞り出すように答える。 

 

1時間もトイレで立てこもりか??? 

 

私は仕方なく家に入る。 

 

「とうちゃんが居ねえだ」 

またまた義母の叫びである。 

「とうちゃんは外のトイレ」 

私は再度答える。 

「そうか」 

義母は納得したのか、身体を返し、廊下に出ると左に曲がり、家の中のトイレに行く。 

 

「とうちゃんは居ねわね!」 

義母はイライラして言う。 

 

「外のトイレ」 

「部屋にもいないでね!」 

「外のトイレ」 

「トイレはいなんだで!」 

義母はイライラしているのは分かるが、私の言っていることをしっかり聞いていないのか、理解していないのか、??? 

 

「外! 外! 外! のトイレ!」 

私は外を強調して叫んだ。 

 

「外か」 

義母は外のトイレに行く。 

二人で何かしゃべっているようである。 

 

しかし義母だけが帰って来る。 

 

「とうちゃんが居ねえだ」 

義母はキッチンに入って来ると叫んだ。 

 

ええ??? 

 

今、外のトイレで話して来たでしょ。 

 

「とうちゃんは何処に言っただな」 

義母はそう言いながら、また自分たちの部屋に入って行く。 

 

この時だ外のトイレが開く音がした。 

義父がどうもトイレから出て来たらしい。 

 

そっとキッチンの勝手口を戸をあけると、いつもの椅子に義父は座り靴を脱いでいる。 

 

時計を見ると5時半。 

やっと義父はトイレの立てこもりから帰って来た。 

 

その後、義父は義母の愛情いっぱいのお小言を聞きながら夕飯を食べた。 

 

この1時間半の義父のトイレの立てこもりは何だったのだろか??? 

 

義母から逃げていたのかな???