
















(写真1. 早朝のキャパリカ海岸 漁から戻った船にカモメが群がる 遙か対岸にロカ岬らしきものが
見える)
(写真2. リスボン市内へ向かう)
(写真3. 4月25日橋の上からリスボン市内が見えてきた)
(写真4. エッちゃんと待ち合わせたコメルシオ広場)
(写真5. エッちゃんを待つ)
(写真6. テージョ川を挟んだ対岸ではキリスト像がリスボン市内を見おろす 開催中のリスボン海洋
博のバナーが翻る)
(写真7. かわいい路面電車が市内を縦横無尽に走り回る)
(写真8. 斜面に形成されたアルファマ地区が見える)
(写真9. たぶんあれがロカ岬)
(写真10. 夕陽が沈む前に着かなくては)
(写真11. 涙なみだの大ゴール!?)
(写真12. 涙なみだの大ゴール その2)
(写真13. 陸尽き海はじまる)
(写真14. 針の穴を突くようなかすかな夕陽 この旅最後の夕陽)
(写真15. 悲しいかな、到達証明書を買ってしまった)
見える)
(写真2. リスボン市内へ向かう)
(写真3. 4月25日橋の上からリスボン市内が見えてきた)
(写真4. エッちゃんと待ち合わせたコメルシオ広場)
(写真5. エッちゃんを待つ)
(写真6. テージョ川を挟んだ対岸ではキリスト像がリスボン市内を見おろす 開催中のリスボン海洋
博のバナーが翻る)
(写真7. かわいい路面電車が市内を縦横無尽に走り回る)
(写真8. 斜面に形成されたアルファマ地区が見える)
(写真9. たぶんあれがロカ岬)
(写真10. 夕陽が沈む前に着かなくては)
(写真11. 涙なみだの大ゴール!?)
(写真12. 涙なみだの大ゴール その2)
(写真13. 陸尽き海はじまる)
(写真14. 針の穴を突くようなかすかな夕陽 この旅最後の夕陽)
(写真15. 悲しいかな、到達証明書を買ってしまった)
7時40分ころ目が覚める。ようやく陽が昇ってきて、対岸のリスボンからロカ岬あたりが朝日に照らし出され、浮かび上がってくる。
浜では小さな漁船がいくつか漁から帰ってきて、トラクターがそれを浜に引き上げている。その上を何百羽というカモメが飛び回る。
捕ってきた魚はその場で売っているようだ。とっつぁんは「良い魚があったら買ってくる」と浜に出ていった。
浜では小さな漁船がいくつか漁から帰ってきて、トラクターがそれを浜に引き上げている。その上を何百羽というカモメが飛び回る。
捕ってきた魚はその場で売っているようだ。とっつぁんは「良い魚があったら買ってくる」と浜に出ていった。
アパート1階の商店街の中のカフェでハム&チーズトーストとミルクコーヒー=カフェコンラッテとオレンジジュースの朝食。オレンジジュースはインディオ系の顔立ちをした細身ではあるが尻のデカいお姉さんの手搾り。オレンジを2つに切り分け、搾り器に押しつけ搾る。結構な力仕事なはず。7杯のジュースを寡黙に絞り出してくれた。彼女の兄貴と思しき兄ちゃんは顔にあばたがあり、背の高いナンちゃんといった風情。ナンちゃんがトーストとカフェコンラッテを運んでくれる。
警察署へBAJAを取りに行く。アパートまでの道は車輌通行禁止なので、BAJAを押しながら坂を上がっていく。博士死にそう。
13時にコメルシオ広場でエッちゃんと落ち合う約束なので、11時すぎにアパートを出る。CAPARICAとリスボン市内は、テージョ川という大きな川で隔てられていて、ゴールデンゲートブリッジのような大きな橋『4月25日橋』で結ばれている。CAPARICA側の橋のたもとの丘の上では巨大なキリスト像が両腕を広げ、対岸のリスボン市街を見下ろしている。
出発して30分程で市内に入る。4月25日橋を渡り切ったときにデリカの距離計が
77,777kmに達した。
13時にコメルシオ広場でエッちゃんと落ち合う約束なので、11時すぎにアパートを出る。CAPARICAとリスボン市内は、テージョ川という大きな川で隔てられていて、ゴールデンゲートブリッジのような大きな橋『4月25日橋』で結ばれている。CAPARICA側の橋のたもとの丘の上では巨大なキリスト像が両腕を広げ、対岸のリスボン市街を見下ろしている。
出発して30分程で市内に入る。4月25日橋を渡り切ったときにデリカの距離計が
77,777kmに達した。
コメルシオ広場前まで来たが、広場に入るための左折をしそこなったため、止むなく直進。広場からどんどん離れていく。地図を頼りになんとか広場に戻ろうとするが旧市街は急坂が多く、一方通行も多く道は狭い。鉄道模型のようにかわいらしい1両編成の路面電車がその道を縦横無尽に走り回る。
迷路のような細い道の右折左折をくり返し、ようやくコメルシオ広場に出る。
迷路のような細い道の右折左折をくり返し、ようやくコメルシオ広場に出る。
エッちゃんを待つため、停車出来るところを探すが、広場の周りの駐車場は黒塗りの乗用車で一杯。仕方なくそこに二重駐車していると、すぐに警備員のおじさんに「ここでの二重駐車はダメ。反対側のバス停のほうに行きなさい。」と言われ移動。対面のバス停横に何とか場所を見つけ駐車。エッちゃんを待つ。
12時40分、広場の外れからサングラスをかけたエッちゃんが『ナゾの東洋人』といった感じで徒歩で現れる。1カ月と10日ぶりの再会。肩のギプスはとっくに取れたという。
ややあってからEXPO '98日本館の日本人男女が現れ、明日9月24日の万博会場での歓迎セレモニーの打合せをする。すでに席順まで記された進行表が出来ている。けっこう大きなことになるようだ。2人はわれわれ全員のパスポートをコピーするため回収し、万博会場へと戻っていった。
12時40分、広場の外れからサングラスをかけたエッちゃんが『ナゾの東洋人』といった感じで徒歩で現れる。1カ月と10日ぶりの再会。肩のギプスはとっくに取れたという。
ややあってからEXPO '98日本館の日本人男女が現れ、明日9月24日の万博会場での歓迎セレモニーの打合せをする。すでに席順まで記された進行表が出来ている。けっこう大きなことになるようだ。2人はわれわれ全員のパスポートをコピーするため回収し、万博会場へと戻っていった。
彼らがパスポートを持って再びここへ戻ってくる間、16時までみやげ物購入などの自由時間となる。
ぼくはアズレージョを探す。アズレージョはポルトガル特産の装飾タイル。ここに来るまでも教会の外壁など、色々なところで見かけた。しかしイザみやげに買うとなると、探すのはなかなか難しい。いかにも〈みやげ物屋です〉といった感じの店で、アズレージョもどきのコーヒーカップや灰皿を購入。
ぼくはアズレージョを探す。アズレージョはポルトガル特産の装飾タイル。ここに来るまでも教会の外壁など、色々なところで見かけた。しかしイザみやげに買うとなると、探すのはなかなか難しい。いかにも〈みやげ物屋です〉といった感じの店で、アズレージョもどきのコーヒーカップや灰皿を購入。
16時集合までもう時間がないので急ぎ集合場所まで戻る。途中路上に立つエレファントマンのおじさんに出会った。はじめはふざけてゴムの面をかぶっているのかと思ったが、その奥で光る眼差しと一瞬視線が合ったとき、それがウソでないことがわかった。
集合の16時にはぼくが一番遅れる。と言っても5分くらい。でも遅れは遅れ。十分に反省をする。と、その間もなく出発。いよいよゴールのロカ岬を目指す。
空には暗雲が垂れ込め、小雨さえ降り始める。ライダー隊は4月25日橋の下でまたもやカッパを着用する。
集合の16時にはぼくが一番遅れる。と言っても5分くらい。でも遅れは遅れ。十分に反省をする。と、その間もなく出発。いよいよゴールのロカ岬を目指す。
空には暗雲が垂れ込め、小雨さえ降り始める。ライダー隊は4月25日橋の下でまたもやカッパを着用する。
思えばこの冒険旅行の一つの目的は、大西洋に沈み行く夕陽を眺めながら一杯のよく冷えたポルトワインを飲むことであった。この天候では夕陽を望むことはもはや絶望的ではあるが、「もしや」ということもあるので行ってみることにする。〈午後5時のバカッ晴れ〉ってものを何度か経験したことのあるぼくにとって、それはあながち有り得ないことでもない。
何度も言うが、この冒険旅行の一つの目的は、大西洋に沈み行く夕陽を眺めながら一杯のよく冷えたポルトワインを飲むことであった。ところが、ゴールのロカ岬で飲むポルトワインがいまだ用意されていないことが発覚。
隊長いわく「冷えた白が無かったから、リスボン市内で買わなかった。」ポルトワインは赤だっちゅーの、隊長。ポルトワインは甘い。隊長の考えも甘い。
途中の街で、ポルトワインとワイングラスを隊長ととっつぁんが調達してきてくれる。
ゴールのロカ岬まではここから8kmくらい。この期に及んでこんなドタバタをやってていいんだろうか?いや、これが素人集団のいいかげんなところ。
何度も言うが、この冒険旅行の一つの目的は、大西洋に沈み行く夕陽を眺めながら一杯のよく冷えたポルトワインを飲むことであった。ところが、ゴールのロカ岬で飲むポルトワインがいまだ用意されていないことが発覚。
隊長いわく「冷えた白が無かったから、リスボン市内で買わなかった。」ポルトワインは赤だっちゅーの、隊長。ポルトワインは甘い。隊長の考えも甘い。
途中の街で、ポルトワインとワイングラスを隊長ととっつぁんが調達してきてくれる。
ゴールのロカ岬まではここから8kmくらい。この期に及んでこんなドタバタをやってていいんだろうか?いや、これが素人集団のいいかげんなところ。
水平線と雲の間に隙間ができて、うっすらオレンジ色に。雲の切れ目からビームが射して海の一部分が金色に輝いている。
「時間的にヤバそう」ととっつぁんがデリカを飛ばす。BAJAはそれについてくる。道は山道のワインディング。その山を抜けると左前方に忽然とロカ岬らしきものが現れる。
とっつぁん「あれがそうか?」とぼくに聞く。とっつぁんもぼくも来たことが無いが、ぼくは妙に自信を持って「そうです」と答えてしまう。まず間違いない、急ぐ。
帰ってくる観光バス3~4台とすれ違う。日没には間に合うのか?
「着いたね」「来たね」「おめでとう」。筆舌に尽くし難い感動が隊員皆を襲う、かと思ったが意外に皆淡々としている。
1998年9月23日18時10分(local time)、ユーラシア大陸最西端ロカ岬に到着。
特にゴールゲートがあるわけでもなく、迎えてくれる人が居るわけでもない。もちろんカメラの放列があるわけもない。
ここへ到達するまでに積み上げてきた約2カ月の日々が走馬灯のように思い出されることも無く、極めて予定調和的に到着してしまった。それは誰かが言っていた「ジグソーパズルの最後の1ピースのよう」に全くあっけない幕切れだった。
「時間的にヤバそう」ととっつぁんがデリカを飛ばす。BAJAはそれについてくる。道は山道のワインディング。その山を抜けると左前方に忽然とロカ岬らしきものが現れる。
とっつぁん「あれがそうか?」とぼくに聞く。とっつぁんもぼくも来たことが無いが、ぼくは妙に自信を持って「そうです」と答えてしまう。まず間違いない、急ぐ。
帰ってくる観光バス3~4台とすれ違う。日没には間に合うのか?
「着いたね」「来たね」「おめでとう」。筆舌に尽くし難い感動が隊員皆を襲う、かと思ったが意外に皆淡々としている。
1998年9月23日18時10分(local time)、ユーラシア大陸最西端ロカ岬に到着。
特にゴールゲートがあるわけでもなく、迎えてくれる人が居るわけでもない。もちろんカメラの放列があるわけもない。
ここへ到達するまでに積み上げてきた約2カ月の日々が走馬灯のように思い出されることも無く、極めて予定調和的に到着してしまった。それは誰かが言っていた「ジグソーパズルの最後の1ピースのよう」に全くあっけない幕切れだった。
本当にここへ来るために、2カ月間ひたすら西へ向かって走り続けてきたのだろうか?なんともやりきれない思いが胸中を去来する。
ロカ岬はそれほど何もなく、強い西風がただ海から吹いてくるだけの荒涼とした所だった。
ロカ岬はそれほど何もなく、強い西風がただ海から吹いてくるだけの荒涼とした所だった。
ヨーロッパからの旅行者だろうか、老夫婦のダンナが「東京から来たの?」と聞く。事情を話すと「コングラチュレーション」と握手でわれわれの到着を祝ってくれた。これが唯一の、そして最大の祝福。うれしい。
ロカ岬には大航海時代にここから幾艘もの船が旅立ったことを記念する碑が立っている。
ロカ岬には大航海時代にここから幾艘もの船が旅立ったことを記念する碑が立っている。
「ここに陸尽き、海はじまる。」
今日まで毎日、夕陽を追いかけて西へ、西へと走って来たけれども、ここから先、西へ行きたくてももう陸がない。
毎日追いかけて来た夕陽も、この旅最後の夕陽となって今まさに大西洋に沈もうとしている。もうこれ以上追いかけることはできない。
雲と水平線の間にかろうじてわずかに顔を出した夕陽を見ながら、ロカ岬の最も西側でポルトワインで乾杯。ここまで共にがんばってきた車輌にもワインを・・。
ほんの一瞬の日没だった。
全員やや逆上的に写真やビデオを撮りまくる。
Informationセンターで到達証明書を書いてもらう。自身もXR400を駆るというパトリシアは、唯一知っている日本語で「大きいの800、小さいの500。」と言い放つ。観光みやげになっている到達証明書の値段を言っているのである。ここに来さえすればだれだって手に入れることができる到達証明書にはなんの価値も無いことがわかっていても、悲しいかな「800」なんて答えてしまう。おまけにタムラさん、アイさん、リエの分まで買ってしまう。
パトリシアは、もう何千人にもそうしたであろう手つきで何のよどみも無く、カリグラフで証明書に名前を書く。
到達したことを知らせるため、ここからリエに電話をしたいがクレジットカードが使えないし、テレフォンカードも売っていないのであきらめる。
大ちゃんが〈到達記念ウイリー〉を試みるもバランスを崩し、沿道の岩に激突しそうになり失敗。危ない。それを見ていた隊長は「もう1回!」などと言っている。
毎日追いかけて来た夕陽も、この旅最後の夕陽となって今まさに大西洋に沈もうとしている。もうこれ以上追いかけることはできない。
雲と水平線の間にかろうじてわずかに顔を出した夕陽を見ながら、ロカ岬の最も西側でポルトワインで乾杯。ここまで共にがんばってきた車輌にもワインを・・。
ほんの一瞬の日没だった。
全員やや逆上的に写真やビデオを撮りまくる。
Informationセンターで到達証明書を書いてもらう。自身もXR400を駆るというパトリシアは、唯一知っている日本語で「大きいの800、小さいの500。」と言い放つ。観光みやげになっている到達証明書の値段を言っているのである。ここに来さえすればだれだって手に入れることができる到達証明書にはなんの価値も無いことがわかっていても、悲しいかな「800」なんて答えてしまう。おまけにタムラさん、アイさん、リエの分まで買ってしまう。
パトリシアは、もう何千人にもそうしたであろう手つきで何のよどみも無く、カリグラフで証明書に名前を書く。
到達したことを知らせるため、ここからリエに電話をしたいがクレジットカードが使えないし、テレフォンカードも売っていないのであきらめる。
大ちゃんが〈到達記念ウイリー〉を試みるもバランスを崩し、沿道の岩に激突しそうになり失敗。危ない。それを見ていた隊長は「もう1回!」などと言っている。
しっかりした夕陽を見られないまま、陽は暮れた。
出発も雨。ロシアも雨。ヨーロッパでもだいたい1日に一度は雨。この旅にはふさわしい最終日の天気。
去り難いが、この場を去る。
出発間際に隊長が「KUMAちゃん、ありがとね。」と、まだ包帯の取れない右手でぼくと握手。おれ、こーゆーの弱いんだ。隊長知っててわざとやったでしょ。
出発も雨。ロシアも雨。ヨーロッパでもだいたい1日に一度は雨。この旅にはふさわしい最終日の天気。
去り難いが、この場を去る。
出発間際に隊長が「KUMAちゃん、ありがとね。」と、まだ包帯の取れない右手でぼくと握手。おれ、こーゆーの弱いんだ。隊長知っててわざとやったでしょ。
“大人が命を賭けた遊び”はこれでおしまい。
この旅初めての戻る道を行く。
この旅初めての戻る道を行く。
本日走行 72km ウラジオストークから15,510km
(デリカ総走行距離 八王子~ロカ岬 16,766km
ウラジオストーク~ロカ岬 16,285km)
(デリカ総走行距離 八王子~ロカ岬 16,766km
ウラジオストーク~ロカ岬 16,285km)