中島敦さんの『山月記』です。
今回の ① は、本文を分かりやすく書き直していきたいと思います。簡単にしているので、抜けているところもあると思いますし、ニュアンスの違いやちょっとした意味の違いも出てくるかと思います。
今回と次回に分けるので、今回は途中までです。
本文→http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html
①
隴西(ろうせい)出身の李徴(りちょう)は、とても頭がよく、天宝の最後の年に官吏登用試験の科挙に合格し、その掲示板に名前を連ね、また、江南(こうなん)地方の兵事や獄をつかさどる地方官吏に任命された。
しかし、李徴は頑固でプライドが高く、地方官吏という下っ端では満足しなかった。
少しして仕事を辞めた後、ふるさとであるカク略に帰り、人との交わりを断って詩作に没頭した。下っ端となって誰かの命令を聞くよりは、詩家として名前を死後数百年残したいと思ったのだ。
けれど、簡単には名前は売れず、日が経つにつれて生活は苦しくなってきた。
李徴はようやく焦ってきた。
このころから、顔は険しく、肉が落ち、目だけが鋭くなり、昔、試験に合格したころの美少年の面影は全くなくなった。
数年たち、貧しい生活にこらえられなくなった李徴は、妻や子供の衣食のために、ついに詩家の道を諦め、再度東に行って地方官吏の職に就くことになった。
これは詩家としての自分に、絶望したためでもあった。
かつての同期は高い地位にいて、李徴が昔、馬鹿だと思って気にも留めなかった彼らの命令を聞かなければいけないことが、頭の良い李徴のプライドをどれだけ傷つけたのかは、簡単に想像できるだろう。彼はそれが不満で、ついに、わがままな性格を抑えきることが出来なくなった。
一年後、仕事で旅に出て、宿に泊まった時、とうとう発狂した。
ある夜中、急に顔色を変えて布団から飛び起きると、何かわけのわからないことを叫びながら、そのまま下に飛び降りて、闇の中へと走っていった。
彼が戻ってくることはなかった。近くの山等を探しても、全く見つけることはできなかった。
その後、李徴がどうなったかを知る人はいなかった。
②
次の年、監察御史(かんさつぎょし)をしている、陳郡(ちんぐん)出身の袁さんという人が、命令を受けて嶺南(れいなん)に行く途中、商於(しょうお)の宿に泊まった。
次の日の朝、まだ暗いうちに出発しようとしたところ、宿の役人が「これから先の道には人食い虎がでるので、旅人は昼間じゃないと通れません。なので、ちょっとだけ待ってからの方がいいでしょう」と言った。しかし袁さんは、周りに護衛の味方が大勢いるから大丈夫だろう、と、役人の言葉を無視して出発した。
残月の光を頼りにして林の中の草地を歩いていると、いきなり一匹の猛虎が草むらの中から飛び出してきた。虎は袁さんに襲いかかろうとしたが、すぐに身を翻し、もとの草むらの中にかくれた。草むらの中からは、人間の声で「危ないところだった」と繰り返しつぶやく声が聞こえた。
袁さんはその声に聞きおぼえがあった。驚いてはいたが、咄嗟に思い当たった人物の名を叫んだ。「その声は、私の友達、李徴氏ではないか?」袁さんは李徴と一緒な時期に進士となり、友達の少ない李徴にとっては親友の一人だった。
おとなしい袁さんの性格が、きつい性格の李徴とぶつからなかったからだろう。
草むらの中からはしばらく返事が無かった。忍び泣きのような微かな声がたまに聞こえるくらいだ。
少しして、低い声が答えた。「たしかに、自分は隴西の李徴だ」と。
袁さんは恐怖を忘れて馬から降りて草むらに近づくと、懐かしげに挨拶した。それから、何故草むらから出てこないのか、と、質問した。
李徴の声が答える。
自分は今、けだものの身となっている。どうして恥ずかしげもなく、故人(とも)の前に、見苦しく卑しい姿をさらすことができようか。それに、自分が姿を見せれば、君に必ず嫌な気持ちをを起こさせるに決まっている。しかし、今、思いもかけず故人にあうことができて、恥を忘れるほどに懐かしい。どうか、ほんのしばらくでもいいから、私の醜い見た目を気にせずに、かつて君の友達、李徴だったこの自分と話してくれないだろうか。
後から考えれば不思議だが、その時、袁さんはこの不思議な出来事をとても素直に受け入れ、少しも怪しむことはしなかった。
彼は部下に行列の進行を止めるように命令し、自分は草むらの傍に立って、見えない声と話し合った。
都の噂、昔の友達の行方、袁さんの現在の地位と、それに対する李徴の祝いの言葉。
青年時代に仲の良かった者同士の、あの気さくな調子でそれらが語られた後、袁さんは、李徴が何故今の身になったのか、と聞いた。草むらの中の声は次のように言った。
③
今から一年くらい前、自分が旅に出て、汝水(じょすい)の近くに泊まった夜、一度寝てから、ふと目を覚ますと、外で誰かが自分の名前を呼んでいる。声に答えて外に出ると、声は暗闇の中からずっと自分の名前を呼んでいる。思わず、自分は声のする方へ走った。
無我夢中で走っているうちに、いつの間にか道は山林にはいって、しかも、知らないうちに両手で地をつかんで走っていた。なにか、体中に力が満ち溢れたような感じで、軽々と岩をとびこえていった。
気がつくと、手の先や肘のあたりに毛が生えているようだ。少し明るくなってから、河に姿を映してみると、既に虎になっていた。
自分は初め、自分の目を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だとしっている夢を今までに見てきたことがあるからだ。
これは夢ではないのだと、信じなければならなかったとき、自分はあっけにとられ、何も考えられなくなった。それから深くおそれた。まったく、どんなことでも起こることがあるのだと思って、深くおそれた。
しかし、何故こんなことになったのだろう。分からない。全く何事も私たちには分からない。理由も分からずに押し付けられたものをおとなしく受け取り、理由も分からずに生きていくのが、私たち生き物の運命だ。
自分はすぐに死のうと思った。しかしその時、目の前を一匹のウサギが通りすぎるのを見たとたん、自分の中の人間は一瞬のうちに姿を消した。
再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の口はウサギの血にまみれ、周囲にはウサギの毛が散らばっていた。
これが虎としての最初の経験だった。
それ以来、今までのどのような行為を行ってきたのか。それはとても語れるものではない。
ただ、一日のうちに数時間は必ず、人間の心が戻ってくる。そういうときには、昔と同じように、人の言葉も話せるし、複雑な思考をすることもできるし、書物の文章を暗唱することもできる。その人間の心で、自分の残虐な行いの後を見て、自分の運命を振り返ると気が、もっとも情けなく、恐ろしく、腹立たしい。
しかし、その人間に還る数時間も、日が経つにつれて短くなっていく。今まではどうして虎になったのか、と考えていたのに、この間、俺はどうして昔人間だったのだろう、と考えていた。これは恐ろしいことだ。
もう少し経てば、俺の中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋もれて消えてしまうだろう。ちょうど、古い宮殿の土台が徐々に土に埋もれるていくように。そうすれば、しまいに俺は自分の過去を忘れ去り、一匹の虎として狂い周り、今日のように道で君と出会っても、故人と認めることはなく、君を裂き食らっても少しの悔いも感じないだろう。
一体、獣でも人間でも、もとは他の何かだったのだろう。初めはそれを覚えているが、しだいに忘れ、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。俺の中の人間の心がすっかり消えてしまえば、おそらく、そのほうが、俺は幸せになれるだろう。
なのに、俺の中の人間はそのことを、とても恐ろしく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐ろしく、哀しく、せつなく思っているだろう。俺が人間だったころの記憶がなくなることを。
この気持ちはだれにもわからない。誰にもわからない。俺と同じ身になったものでなければ。
ところで、そうだ。俺がすっかり人間で無くなってしまう前に、一つ頼んでおきたいことがある。
袁さんをはじめ一行は、息をのんで、草むらの中の声が話す不思議を聞き入っていた。声はつづけて言う。
頼みというのはほかでもない。自分は元々詩人として名前を残すつもりでいた。しかし、そうなる前に、こういう運命になってしまった。昔作った詩数百編、当然、まだ世に出回ってはいない。原稿の行方も、もう分からなくなっているだろう。その中で、今でもまだ暗唱できるものが数十編ある。これを私のために記録し、伝えてもらいたいのだ。
なにも、これによって一人前の詩人面をしたいわけではない。作の上手い下手は関係なく、とにかく、財産をなくし、心を狂わせてまでも自分が生涯それに執着したものを、少しでも後の世代に伝えないのでは、死んでも死にきれないのだ。
④
袁さんは部下に命令し、筆をとって、草むらの中の声に従ってそれを書き取らせた。李徴の声は草むらの中から美しく響いた。
長いものから短いものまで約三十編。気品があり、内容が際立って優れている。少し聞いただけで作者の才能が優れていると思わせるものばかりだった。
しかし、袁さんは、感心しながらもなんとなく、次のように感じていた。
なるほど、作者の素質が第一流であることに間違いはない。しかし、このままでは、第一流の作品となるにはどこか、非常に微妙な点で、欠けることがあるのではないか、と。
昔作った詩を暗唱し終えた李徴の声は、突然声の調子を変え、自身を嘲るようにいった。
恥ずかしいことだが、今でも、こんな醜い姿になった今でも、俺は、俺の詩集が、長安(ちょうあん)の詩や文章を愛する人々の机の上に置かれている様子を、夢に見ることがあるのだ。洞窟の中で横たわって見る夢に、だ。笑ってくれ。詩人になりそこなって虎になった哀れな男を。
袁さんは昔の青年李徴の、自らを嘲り馬鹿にする癖を思い出しながら、哀しく聞いていた。
そうだ。お笑い草ついでに、今の思いを即席の詩に述べてみようか。この虎の中に、まだ、かつての李徴が生きている証拠に。
袁さんはまた部下に命令し、これを書き取らせた。
いきなり気が狂い、獣の身となった。
災いや病が重なって、逃げることはできない。
今、牙や爪が生えている私を、誰があえて敵(相手)にするだろうか(いや、誰もしない)
当時(昔)はどちらも、名跡や実績が高かった。
(しかし、)私は獣となって雑草の下にいて
君はエウ(車)にのって権勢もすばらしい。
この夕べ、谷や山、月に対して
(私は)詩を吟じることもできず、ただ吠えたてるばかりだ。