自分の考えを言葉で人に伝えるって難しいですよね。
今も議論と言っても良いのか分からない程の議論をしているわけですけど。
相手がこちらの話を理解してくれないというかね。
相手が言うのは
『聞く対象が変われば同じ問題でも答えが変わる』ということらしいですね。
じゃあ、ここで考えるべきなのは
『聞く対象が変われば同じ問題でも答えが変わる』『という問題』なんですね。
これの是非の話です。
さて、『聞く対象が変わった場合』それは『同じ問題』と言えるのだろうか……?
それを考えるためにはまず、“1という条件付けをされた問題A”と、“2という条件付けをされた問題A”は“=”で結ばれない。
ということを理解しておく必要がある。
少し考えれば理解できると思うので説明はなしで。
相手が言うには
「3歳・11歳・15歳の人にそれぞれ 一番小さい数字は?と聞くと答えが変わる」
ということらしい。
一見その通りには見えるけれど、これには条件付けが行われている。
そもそも3歳・11歳・15歳の知識はどの程度なのか。普通に考えれば『学校で習った範囲内』ですよね。
だからまずこの『条件付け』が必要になるけれど、これを『条件付け』とするのには無理がある。
「リンゴって赤いよね」って言った時に、
「何言ってんだリンゴスターは人間だろ」とはならないからね。
それに何より条件にしては抽象的すぎる。
じゃあ、僕の言う条件付けとは何なのか。
『~を知っているものとする』ということ。
条件付けにはならなかった『学校で習った範囲内』とは似て非なるものであることはいわずもがな。
そしてその『学校で習った範囲内』という、付けるまでもない根本的な条件が『~を知っているものとする』という条件を隠してしまう。
3歳に聞けばただ単に知っている数字を言うだけかもしれない。
11歳に聞けば分数や少数も含んで3歳とはまた違った答え方を磨るかも知れない。、まぁ、0でしょうけど。
15歳に聞けば負の数を答えるでしょう。
そもそもの『知識の差』が条件付けで有るということです。
これを踏まえたうえで
『1という条件を付けたAという問題≠2という条件を付けたAという問題』
ということを考えれば『同じ問題ではない』です。
ということは
『聞く対象が変われば同じ問題でも答えが変わる』『という問題』は間違いであると言えるはずです。
と、何度も言っているんですけど理解しないようですね。
まだ反論してくるなら自分の論を見返す必要があると思いますけど、『違う』っていうだけで反論は行わないんですよね。
それどころか理論と論理の区別もついていないようですしトンデモ理論は出してきますし。
ちなみに相手は『お勉強』は出来るんですよ。
某国大統領の事例といい、今回の事例といい、『頭がいい』と『勉強ができる』の違いを改めて感じました。