今というのは現在ではなく過去である。


この言葉は誰から聞いたのだろう。


聞いた当初は意味が分からなかったこの言葉も、今は少し理解できるような気がした。


永遠の過去からの継続的な流れの中に、今がある。言わば、絶えず流れ続ける水流の中に“今”が存在するのだ。


その水は今まで流れた水があってこそ、“今”、この場を流れているのである。


例えば、5分間に流れる程度の水がもし過去になかったとしたら、“今”の水は“5分前の水”であったはずだ。


“今”といのはそういった継続的な過去の流れであると言うことなのだろう。つまり、“今”を切り取ることは不可能なのだ。俺が生まれるもっと前、地球が生まれるもっと前、宇宙の創世記からの途切れることのない永遠の流れによって、“今”は作られているのだから。


その絶対的な運命に対して俺が唯一できる抗いは、未来を足していき、いつかくる“今”を先延ばしにすることだけである。


前から気づいていれば過去となった“今”も先延ばしにできたのかもしれない。


だが、いくら考えたところでもう後の祭りだ。


一つ目の未来として、俺は彼女の遺体をトランクに詰め込んだ。


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前回とつながってないですよ。

一応。







雨というのは不思議なものだ。


いつもは忌むべき現象なのだが、もやもやする時は少し雨に打たれたい気分になる。


別に雨に打たれたからと言って、もやもやが無くなるわけでも、踏ん切りがつくわけでもないのだが。



男はそんなことを思いながら、人通りも街灯もない路地裏で雨に打たれていた。


何時間こうしているだろう。斜めに傾いた首が少し痛みだす。


男の手にはコンビニの袋が下げられており、中には赤く染まった服が入れられている。


彼女の家からとって来た灰色のスウェットは雨を吸収し、薄い黒色になっていた。


人を一人殺したというのに、雨のことばかり考えている自分が少し不思議だ。


殺人を犯した後と言うのは案外そういうものなのかもしれない。


数分後、声にならない声を出した男は力ない足取りでゆっくりと裏の家の中へと入っていった。






何でか知らないけど昨日の人数203人wwwww

どういうことwwwww


まぁ、いいや。


なんか、暇だな。

また、小説でも始めようかな。

夏休み終わるころに。

でも書く暇あるかな。

無い気がするなぁ。



韓国が1500年前に尖閣は韓国のものだった証拠見つけた~。とか言ってましたね。確か。

え~。1500年前と言うと……。512年。古墳時代ですね。


で、それでもし日本の領土じゃなくなるとしても、それは新羅(シルラ)のものであって、韓国のものじゃないですし、そもそも512年に韓国はないので韓国の領土なくして新羅(シルラ)と百済(ペクチェ)と高句麗(コグリョ)と、あとひとつあったんでしたっけ?

まぁ、韓国はそれに分割して尖閣は新羅のものだってことですね。


つーか、そんなこと言うんなら大日本帝国時代の日本の領土は今も日本の領土だってことになるじゃん。

朝鮮日本の領土ですね^^