今というのは現在ではなく過去である。
この言葉は誰から聞いたのだろう。
聞いた当初は意味が分からなかったこの言葉も、今は少し理解できるような気がした。
永遠の過去からの継続的な流れの中に、今がある。言わば、絶えず流れ続ける水流の中に“今”が存在するのだ。
その水は今まで流れた水があってこそ、“今”、この場を流れているのである。
例えば、5分間に流れる程度の水がもし過去になかったとしたら、“今”の水は“5分前の水”であったはずだ。
“今”といのはそういった継続的な過去の流れであると言うことなのだろう。つまり、“今”を切り取ることは不可能なのだ。俺が生まれるもっと前、地球が生まれるもっと前、宇宙の創世記からの途切れることのない永遠の流れによって、“今”は作られているのだから。
その絶対的な運命に対して俺が唯一できる抗いは、未来を足していき、いつかくる“今”を先延ばしにすることだけである。
前から気づいていれば過去となった“今”も先延ばしにできたのかもしれない。
だが、いくら考えたところでもう後の祭りだ。
一つ目の未来として、俺は彼女の遺体をトランクに詰め込んだ。
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前回とつながってないですよ。
一応。