★日韓で解決したはずの戦後補償問題を蒸した真の◎国奴は誰だ! | きゅうじのブログ アメブロ版

きゅうじのブログ アメブロ版

日本にとって、共通の価値観を共有ができない国々の事を、初心者でもわかるように伝えるのが目標です。上級者には物足りないと思いますが、よろしくお付き合いください。<m(__)m>
きゅうじとは【救治】【急事】【灸治】 【旧辞】【旧時】【旧事】から名付けました。

韓国の植民地支配の謝罪した菅直人話10年

韓日関係『隔世の感』・・・徴用問題の歪曲は日常・日本政府は報復を示唆

安倍首相、敗戦日の追悼式で加害の歴史を8年目に言及せず

2010年8月10日、菅直人(菅直人)当時の首相が日本の首相官邸で記者会見をしている。菅直人内閣はこの日、韓国の植民地支配を謝罪する、いわゆる菅直人談話を閣議決定した。[教徒=連合ニュース資料写真]

(東京=連合ニュース)イセウォン特派員= 

「植民地支配がもたらした多くの損害と苦痛に対して、これに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明しています」。

2010年8月10日、菅直人(菅直人)当時の首相が韓国国権侵奪(韓日併合条約)100周年を控えて発表した談話の一部だ。

この談話は、特に注目されたのは、韓国を特定して出した謝罪のメッセージだったからだ。

1995年8月15日村山富市(村山富市)当時首相が、いわゆる村山談話を発表し、植民地支配と侵略に対する謝罪と反省の意を表明した後、歴代首相がこれを継承した談話を出したが、日本帝国主義ポリシーに被害を受けた多くの国を対象としたものだった。

1995年8月15日村山富市(村山富市)当時の日本総理が戦後50年を契機に、日本の首相官邸で談話(村山談話)を発表している。[教徒=連合ニュース資料写真]

菅直人談話は、植民地支配が韓国人の意思に反するものであったという点を明示しており、民族の誇りに大きな傷を出したことであるという点を認めた。

もちろん、韓日併合条約の不法性や源泉無効を認めていなかった点が限界との指摘を受けはした。

しかし、韓国のための別途の談話を発表して植民地支配を謝罪し、歴史的事実を直視すると約束することで、韓日間の歴史問題を解いてみるという積極的な意志を表明したという点が目立った。

菅直人談話の約束に基づいて朝鮮王室儀軌は翌年韓国に返すこともするなど、韓国と日本が新たな関係を形成するために努力していた時期だった。

過去の歴史を接する最近、日本の態度や日韓関係を調べてみると、隔世の感(隔世之感、見違えるように変わって別の世界になったような感じ)を避けることができない。

最近東京にオープンした産業遺産情報センターには、韓国人徴用被害者に対する差別がなかったと主張し、この堂々と展示されており、インターネットに徴用が高級稼ぎだった式の歴史を歪曲する技術が飛び交っている。

東京素材産業遺産情報センターに羽島(端島、別名「軍艦島」)炭鉱で働いた労働者や家族などの写真がかかっている。センターの展示物は、明治時代の日本が自分たちの力で産業化を成し遂げたという自負心を露出に集中しており、徴用被害者が経験した差別と人権弾圧を正しく照明していない。【産業遺産情報センター提供再販とDB禁止]

 

日本企業は徴用被害者に賠償を求める韓国最高裁の判決の履行を拒否しており、これに対抗し、進行中の韓国内の資産売却の手続きについて、日本政府は、

「すべての選択肢を視野に入れて、対応する」として報復の可能性まで示唆している。

日本が政府公式談話で植民地支配への反省と謝罪を表明したという事実が顔負け時代になったものである。

韓国を誹謗してけなす嫌韓(嫌韓)雑誌などが販売部数上位に上がることは日常になった。

右翼士官を追従する安倍晋三(安倍晋三)政権が7年以上続いたことがこのような状況と無関係ではないようだ。

2019年8月2日に発行された出版社小学館(小學館)の週刊誌「週刊ポスト」に「韓国なんて必要ない」は、タイトルの特集記事が載っている。[教徒=連合ニュース資料写真]

安倍首相は、2013年から今年までの8年連続敗戦日(8月15日)戦没者追悼式メッセージで日本の加害行為、アジアの多くの国があった損害と苦痛、これに対する反省を述べなかった。

彼は1次執権期であった2007年の戦没者追悼式では、他国の加害の歴史に言及して反省の意を表明したが、2012年12月に再執権後には態度を変えた。

自分を含めて先に歴代首相10人歩んできた道をひっくり返したのだ。

2013年12月26日、安倍晋三(安倍晋三、左第二)日本の首相がA級戦犯が合祀された日本の東京(東京都)千代田(千代田)素材靖国神社で参拝を終えて神社境内で移動している。[教徒=連合ニュース資料写真] [2020.08.11送稿]

安倍首相は、今年の追悼式では、「今日、私たちが享受している平和と繁栄は戦没者の皆さんの尊い犠牲の上に築かれたことを、従来の75年を迎えた今も、私たちは決して忘れない」とし「敬意と感謝の気持ちを捧げる」と述べた。

日本が行った加害の歴史に言及せずに侵略戦争を行って命を失った自国戦没者への感謝の言葉だけだ。

安倍首相は、日中戦争や太平洋戦争などが侵略戦争だったことを認めたのにもだ。

東京の嫌韓デモシーン

[教徒=連合ニュース資料写真]

村山談話は「植民地支配と侵略に多くの国、特にアジア諸国の人々に多くの損害と苦痛を与えた」とし「痛切な反省の意を表して心からのお詫びの気持ちを表明している」という内容を盛り込んでている。

安倍首相も村山談話を含めて歴史認識と関連した歴代内閣の立場を全体的に継承すると明らかにしたことはあります。

しかし、彼は、日本が「植民地支配と侵略戦争」を行ったという事実とこれに対する謝罪を直接言及することを好まなかった。

安倍晋三(安倍晋三)日本の首相が2015年8月14日前後の70年談話(阿部談話)を発表している。[教徒=連合ニュース資料写真]

敗戦70周年の2015年に発表した、いわゆる「安倍談話」では、日本が「重ね痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきた」とし「次の世代の子供たちに継続謝罪の宿命を背負うことはならない」と述べた。

自分の口で謝罪することを避けことはもちろんであり、謝罪の歴史を終結しなければならないという考えに傍点を撮ったような印象を与える。

安倍首相は、今年の戦没者追悼式メッセージでは、過去7年間使用した「歴史を謙虚に直面して」、「歴史の教訓を深く胸に刻んで」などの表現を完全に削除してしまった。

https://www.yna.co.kr/view/AKR20200821099200073?

 

徴用工問題や慰安婦問題等でぎくしゃくしている日韓関係ですが、韓国に行って土下座した鳩山元首相をはじめ、菅元首相の国益に反する売国行為ガ私は許すことが出来ません。

「村山談話」「河野談話」ばかりに目が行きますが上記の記事の通り、「菅談話」なるものを2010年に発表しています。

この談話は未来志向の日韓新時代を告げるどころか、解決したはずの戦後補償問題を蒸し返し、今後幾世代にも渡って汚名を着せることになりました。

「菅直人談話」全文の感想&各紙社説について

 「賢者は歴史から学ぶ」と言いますが、まさに「愚者は歴史を学ばない、ただ歴史を破壊するのみ」ということの典型例だと思います。 「菅直人談話」の発表は大切な韓国国民に対するマニフェストであったのでしょう。 一応、ここに今後長い間(民主党議員の言葉を借りれば「100年間」)、禍根を残すことになるであろう「菅直人談話」の全文を記し、その後に僕の見解を述べたいと思います。

<菅直人談話> 

「本年は、日韓関係にとって大きな節目の年です。ちょうど百年前の8月、日韓併合条約が締結され、以後36年に及ぶ植民地支配(※①)が始まりました。

三・一独立運動などの激しい抵抗(※②)にも示されたとおり、政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました(※③)。 

私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います(※④)。

痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れることは出来ないものです(※⑤)。

この植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ち(※⑥)を表明いたします。 

このような認識の下、これからの百年を見据え、未来志向の日韓関係を構築していきます。また、これまで行ってきたいわゆる在サハリン韓国人支援、朝鮮半島出身者の遺骨返還支援といった人道的な協力を今後とも誠実に実施(※⑦)していきます。

さらに、日本が統治していた期間に朝鮮総督府を経由してもたらされ、日本政府が保管している朝鮮王朝儀軌(ぎき)等の朝鮮半島由来の貴重な図書(※⑧)について、韓国の人々の期待に応えて近くこれらをお渡ししたいと思います。 

日本と韓国は、二千年来の活発な文化の交流や人の往来を通じ、世界に誇る素晴らしい文化と伝統を深く共有(※⑨)しています。

さらに、今日の両国の交流は極めて重層的かつ広範多岐にわたり、両国の国民が互いに抱く親近感と友情はかつてないほど強くなっております。また、両国の経済関係や人的交流の規模は国交正常化以来飛躍的に拡大し、互いに切磋琢磨しながら、その結び付きは極めて強固なものとなっています。 日韓両国は、今この21世紀において、民主主義や自由、市場経済といった価値を共有する最も重要で緊密な隣国同士となっています。

それは、二国間関係にとどまらず、将来の東アジア共同体の構築(※⑩)をも念頭に置いたこの地域の平和と安定、世界経済の成長と発展、そして、核軍縮や気候変動、貧困や平和構築といった地球規模の課題まで、幅広く地域と世界の平和と繁栄のために協力してリーダーシップを発揮するパートナーの関係です。 

私は、この大きな歴史の節目に、日韓両国の絆がより深く、より固いものとなることを強く希求するとともに、両国間の未来をひらくために不断の努力を惜しまない決意を表明いたします(※⑪)」 

 

「植民地支配」 日本の朝鮮半島統治を「植民地支配」と呼ぶのはいい加減、止めて頂きたい。あれは「併合(合邦)=annex」であって、「植民地化=colonize」ではないのです。

おまけに「植民地」という語句を使うことによって、まるで西洋諸国の「原料・資源を搾取するための土地」「永遠に宗主国に逆らうことができないように愚民化」という苛酷な植民地支配を韓国人に連想させてしまうのです。 

まして、韓国人は自らをナチスのホロコーストに遭ったユダヤ人と同一視して、自らの被害者感情を拡声すると同時に、日本時代に朝鮮人が撮影した映画を発見するや否や「やはり朝鮮民族は偉大だ!」と自画自賛するのである。

ホロコーストに遭っていたら映画なんて撮れなかっただろうが・・・。 

日本の朝鮮半島統治は「植民地支配」も「ホロコースト」とも正反対の「未開の朝鮮半島を近代化するために日本人によって多額の資金・人材が投入されて、まるで日本が朝鮮人に搾取されたような関係」でしたし、「近代化のための必須条件として、西洋諸国の『愚民化』政策と相反する『良民化』政策を実践したのが日本で、数多くの小学校を作り、大阪大学や名古屋大学よりも早く、京城(ソウル)大学を作りました。

「三・一独立運動などの激しい抵抗」 三・一独立運動はキリスト教徒が中心だったため、「アメリカのお得意の謀略」という説もありますが、1919年に起きていることから、やはり1917年に起きたロシア革命に絡んだ「共産主義者(ソ連)の謀略」と捉える方が自然でしょう。 ロシア革命の当初の宣言には「植民地の解放」が謳われていましたし、「帝国主義陣営」(反共産主義陣営)に対する妨害工作 は、1960年の日米安保闘争にソ連の工作員が絡んで日本の大衆が煽動されたことも我々がよく知るところです。 

ちなみに韓国人の多くは「誇り高き朝鮮民族は日本統治時代、独立運動に明け暮れて激しく抵抗した」という捏造された史観が刷り込まれていま すが、もちろん、嘘です。極めて従順に日本時代を謳歌したのです。 

「独立運動団体」と称するテロ集団はいましたが、一般の朝鮮の民衆には関わりのない、今で言う「アルカイダ」のような組織で、その多くは「独立運動しているから金をよこせ!」と民衆を襲う盗賊団であったため、日本人&朝鮮人で組織された警察及び軍隊がその盗賊団から朝鮮の民衆を守りました。

「当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました」 

「村山談話を逸脱しない」はずでしたが、「その意に反して行われた」という歴史見解は、朝鮮史観に屈服する、歴史を冒瀆する表現です。 

例えば、仮に現代において、中国が台湾を軍事侵攻し、アメリカ軍が「台湾関係法」に基づいて、在日米軍が派遣されて中国と軍事衝突し、そのまま、日本が戦争に巻き込まれてアメリカ軍が撤退し、日本だけが敗戦国となったとしましょう。 

その際、これまで「日米安保体制」を謳歌していた日本国民がいきなり、「日米安保条約」「日本人の意に反して行われた植民地支配だ」と主張し、「1960年の日米安保闘争がそれを証明しているだろ!」と言うようなものです。 

そもそも、「併合が合法か不法か」は、日韓の「歴史共同研究」(という名の韓国の「学者」が感情的に主張をごり押しする集い)において、最大のテーマの一つであるのですが、菅直人談話はあっさりと韓国側に屈服したようです。 

言い換えれば、韓国の主張どおり「竹島は韓国の領土」「日本海の名称を『東海』に変えます」くらいの屈服です。 

「奪われ」たという朝鮮の「国と文化」ですが、朝鮮半島に「国と文化」なんてありましたか?(笑) 日清戦争で日本が清国を負かし、下関条約で日本が清国に「朝鮮の独立」を認めさせ、およそ1300年ぶりに朝鮮半島に国家が誕生したのです。

しかし、誕生した新生国家である朝鮮は既に国家の体を成しておらず、東アジアの混迷を招く「ならず者国家」であり、自力で近代化を成し遂げることは困難であったため、日本が「保護国化」、最終的には日本国民にとって大きな負担になるにも関わらず、朝鮮人の愛国者&良識派の要望を受けて「併合」したのです。 

そして、その後、日本及び朝鮮総督府は朝鮮の「文化」の保護、発掘、研究に努めました。 

また、朝鮮の民衆に深く傷付けられるほどの「民族の誇り」なんてものはありませんでした。 

「私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います」 

菅直人や仙谷由人といった左翼は、歴史に対して誠実に向き合うことも、歴史の事実を直視することもしないでしょう。彼らにとって歴史とは、ただ破壊すべきものでしかないからです。 「自らの過ちを省みることに率直でありたい」とのことですが、菅直人は、この「菅直人談話」の発表という「自らの過ち」を省みることは将来あるのでしょうか? 

「痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れることは出来ないものです」 「恩を与えた側は忘れやすく、与えられた側は容易に忘れることはできない」

のが日本人であり、与えられた側が「ご恩は一生忘れません」と言われても、無私の心で「与えた」日本人は忘れ、忘れた頃に「与えられた」日本人に恩返しをされるのです。

与えられた側に「お名前は?」と訊かれても、「名乗るほどの者じゃございません」と、無私の心で「与えた」日本人は気にも留めないのである。

 しかし、「恩を与えたことを絶対に忘れず、与えられたことを簡単に忘れて、恩を仇で返す」のが韓国人である。

ヒラリー・クリントンもかつて「韓国人は恩知らず!」と罵倒したこともあります。 

台湾人の謝雅梅さんは、ある日本人にこの上ない親切を受けたことがあったそうですが、その日本人が言うには、「朝鮮人は裏切るけど、台湾人は裏切らないから台湾人を大切にしなさい」という祖母からの遺言があったからだそうです。

「この植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」 朝鮮人が被った「多大の損害」とは具体的には何なのでしょうか? 

それに関して説明責任が生じます。 この辺を徹底的に追及してもらいたいものです。 

「人道的な協力を今後とも誠実に実施」 何だ、まだ今後も韓国への送金事業を続ける気か? 

「朝鮮半島由来の貴重な図書」 今回、「お渡し」する「朝鮮半島由来の貴重な図書」というのが、どういった図書を指しているのかわかりません。 日本統治時代に日本に「奪われた」図書ならば、日本が大切に保存してあげたおかげで、それらは現存するのです。 

ただし、もし、日本統治時代以前に日本に入ってきた図書なら、別に「お渡し」する必要はないのではないかと思います。 

かつて、清国(中国)は日本と国交を結ぶなり、多くの学者が来日して驚愕したそうです。「中国」では遥か昔に喪失&焚書になっていた貴重な図書が日本では大切に保存されていたからです。 

「世界に誇る素晴らしい文化と伝統を深く共有」 韓国と「深く共有」している文化と伝統なんてありましたっけ?

 あぁ、確かに韓国人が「日本人に教えてやった」と自慢する漢字は「世界に誇る」表意文字ですが・・・。

韓国はそれを抹殺しようとしているため、とても日本とは「深く共有」してません。 

また、儒教は日本人の道徳観を形成する上で多くの影響を与えましたが、韓国のような儒教原理主義と混同されるのは嫌ですし、情けないことに日教組教育を受けたニホン人は儒教的道徳観を有していないため、とても韓国と儒教を「共有」しているとは言えません。 

「東アジア共同体の構築」 ルーピーな鳩山前首相が個人的に妄想しているだけかと思っていましたが、「民主党の金太郎飴」の各人はいずれも共有しているものだったんですね。 

「私は、この大きな歴史の節目に、日韓両国の絆がより深く、より固いものとなることを強く希求するとともに、両国間の未来をひらくために不断の努力を惜しまない決意を表明いたします」 

日韓の「絆がより深く、より固いもの」となり、「未来をひらくため」の、この「菅直人談話」だと言うのですか? そして、その方向で、「不断の努力を惜しまない」と言うのですか? 

全くの逆効果だったといえる愚かな行為だったと言えるでしょう。 

 

この日本政府の公式見解によって、日韓双方の良識派の国民は行き場を失いました。 

https://ameblo.jp/myaimistrue/entry-10615989069.html

 

 

きゅうじのブログ はてな版

きゅうじのブログ裏

ライブドア版