【原神】キャラクターの「命ノ星座」のラテン語表記について【星座名と学名】 | 久印のゲーム雑考

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現在はHoYoVerseの『原神』を中心に扱っています。

前回まで、記事3回をかけて『原神』の ver5.0 で実装予定と思しきキャラクターについて現在出ている情報を分析してきましたが、その際に「命の星座」名の英語版表記は実在する動物の学名だったり、スペイン語の造語をなんとかラテン語らしき語形にしていたりするのを見ました。

 

そこで気になってきました。命ノ星座はラテン語なのか? と。

 


 

その前に、用語を説明しておきましょう。

『原神』用語の「命ノ星座」とは、各キャラクターの運命の形象のようなもので、キャラクターごとに固有の図形と名前があります。英語での表記はそのまま「星座」を意味する Constellation ですね。

下記の画像はニィロウの「睡蓮座」。

ゲームシステム上は、ガチャ等で同じキャラクターを複数回入手すると(いわゆる「凸」)、画面右のロックマークがついているところが順次解放され、強化されていきます。

 


 

ラテン語とは、古代ローマの言葉です。

 

フランス語、スペイン語、イタリア語、ルーマニア語などの「ロマンス語」と呼ばれる一群の言語は、みなラテン語から派生したものです。

西欧では中世を通じてずっと学問の言葉はラテン語を使ってきました。ところによっては19世紀でも大学に提出する学位論文をラテン語で書く習慣は生きていました。

そして、動植物の学名は今でもラテン語を使っています(もちろん、ラテン語に堪能とは限らない世界中の学者が命名しているので、文法的におかしかったりする命名も多々ありますが、基本的にどんな言語に由来する命名でもラテン語的な語形にしてつけます)。

 

この学名の命名法を基礎を作ったのはカール・フォン・リンネです。

Carl von Linné, 1707-1778

 

学名は属名の後に種小名をつける形で表記されます。たとえば人間の学名はホモ・サピエンス Homo sapiens ですが、homo が属名で sapiens が種小名です(ラテン語で homo は人間、sapiens は賢いで、「賢いヒト」の意)。

現在ではホモ属は我々サピエンス一種類しかいませんが、絶滅種ではホモ・エレクトゥス Homo erectus(「立ったヒト」)やホモ・ハビリス Homo habilis(「器用なヒト」)といった同じホモ属の異なる種類がいたわけです。この場合、後半の種小名で区別します。

 

ややこしく思えるかもしれませんが、実はこれは常識的な言葉の使い方に沿ったもので、難しくはありません。

たとえば、日本語でも「ネズミ」に修飾をつけて「ドブネズミ」とか「ハツカネズミ」「カヤネズミ」などと区別していますよね、それと同じで、「直近の小さい括りに、他の種と区別する限定をつけて種名とする」というのは、どこの言葉でもオーソドックスな考え方です。

 


 

で、『原神』の命ノ星座に戻ります。

見てみると一目瞭然、テキスト言語を英語、フランス語、イタリア語など西欧の諸言語で切り替えても、命ノ星座名の表記はラテン語で変わりませんでした。エウルアの Aphros Delos など、稀に古典ギリシア語も混じっていますが、命ノ星座は基本ラテン語と見て間違いありません。

(元々、ラテン語に古典ギリシア語からの借用語自体は多くあります。この場合、「ギリシア語」と特定したのは語形がラテン語化されていない、借用語としてラテン語に定着しておらず主要なラテン語辞典に掲載がない、ラテン語には他に該当する言葉がある、などの理由によります)

 

星座と言えば占星術、ここからまず考えられるのは、『原神』世界の占星術用語がラテン語だということです。

 

占星術師であるプレイアブルキャラクター「モナ」のフルネームは、アストローギスト・モナ・メギストスですが、「アストローギスト Astrologist」が占星術師、「メギストス megistos」は古典ギリシア語で「大きい、偉大な」を意味する megas の最上級です。

しかも、彼女の名は占星術師として弟子入りした時に「偉大なる占星術師」の意味で師匠につけられた名だと、作中で明言されました。

Astrologist は英語綴りですし後半がギリシア語なので微妙な気もしますけれど、占星術師の業界に古典語を使う習慣がありそうなのはわかります。

 

現実でも、星座の名前は今でもギリシア・ラテン語名で呼ばれます。

 

そう思って見ると興味深いことに、初期のモンド出身キャラクターには、現実の星座名と一致するものが何人かいました。

完全一致ではなくとも、ガイアの Pavo Ocellus は Pavoだけならばクジャク座ですし、レザーは Lupus Minor、ジンは Leo Minor と「小さい minor」(英語のマイナー minor と同じ)がついていますが、やはりオオカミ座、しし座があります。もっとも、『原神』日本語版表記だとジンはこれを反映してか「仔獅子座」になっているのに対して、レザーは単に「狼座」であり、この辺は精確な対応になっておらず、よくわかりません(結果として、日本語表記が実在する星座の通例表記と一致するのはレザーだけです)。

現実の星座を元にしているとすぐネタが尽きるでしょうし、動物などのモチーフは被りやすいので、初期に設定されたキャラは意識していたものの、やめたのかもしれません。

 

一方、初期の璃月出身キャラクターは漢字表記が凝っていて見慣れないものが多いのですが、ラテン語への翻訳が難しかったのか、あまり対応していません。

こちらはおそらく中国語から考えたのがうかがえます。

 

一方、動植物の学名とほぼ一致するのは実装予定のムアラニとカチーナを入れて11人。実装予定キャラクターまで入れて総数88人の中の8分の1です。かなり多いといっていいでしょう。

実際にラテン語が使われている業界である生物の学名や星座名はそれなりに意識して命名していると言えそうです。

 

ただ、詳細はもう少しこだわりがあります。

たとえば、以前に取り上げたムアラニの星座は Phoca Neomonachus ですが、ハワイモンクアザラシの学名は Neomonachus schauinslandi です。

そもそも、従来の Monachus 属が存在して、それとは違うということで neo-(新)をつけたのが Neomonachus ですから、Neomonachus だけ単独で出てきても本来は意味不明なところはあります。ただ、そういうことはこだわらず、Neomonachus は学名に忠実につけています。

一方、研究者の名前(Hugo Schauinsland)に由来する種小名 schauinslandi は、『原神』では採用していません。さすがに「原神の世界に schauinslandi 氏がいるのか」というツッコミを回避したのかもしれません(いてもそれほどおかしくはありませんけど)。

 

獣人などの動物モチーフのキャラクターは動物名……なのかというと、その限りでもありません。

犬や猫など人気の動物は被る上に、一般的なカテゴリーが必ずしも学名と一致しないからです。

 

たとえば、犬にはたくさんの品種がいますが、お互いに交雑して雑種ができますし、生物学的にはすべて Canis lupus familiaris 一種類です。家畜の品種名は学名には対応しないのです。

そこで、見るからに犬耳と尻尾をもつゴローの星座は「柴犬座」ですが、ラテン語表記は Canis Bellatoris で、bellator が「軍人、戦士」の意味なので文字通りには「軍人の犬、軍用犬」となります。柴犬は番犬にもなりますし、ゴローは軍の大将という設定なので間違ってもいないのですが。

ただ、犬の属名 Canis は使用しているので、「動物の学名っぽさ」を残したネーミングではあります。

 

一方、現在 ver4.8 の期間限定イベントで衣装も配布されている綺良々(きらら)は猫又、つまり猫の化けた妖怪なのですが、命ノ星座は「箱筥座」、ラテン語表記も「小箱」を意味する Arcella です。ネコのかけらもありません。

彼女は運送屋なので(いうまでもなくモチーフはヤマト運輸)、「箱」も合ってはいるんですが、彼女の実装時点(ver3.7)では ver4.0 でのリネ&リネットの実装が控えていたので、「ネコ」はそちらに譲った可能性もありそうです。

 


 

キャラクターと命ノ星座の一覧表も作成しました(キャラクターは実装順、詳細は今後訂正の可能性あり)。

 

★印を付したのは星座名として存在したものの、現行の88星座には採用されていないもの。

※1 monoceros はギリシア語で一角獣の意で「いっかくじゅう座」という星座名でもあるが、クジラの一種であるイッカクの学名でもある。タルタリヤの星座は明らかにクジラなので後者と判断できる。なお caeli(天の)は動物名でも星座名でもつかない原神独自の表現。

※2 サーバルの学名は Leptailurus serval だが、英語の serval の由来がラテン語の cervarius なので、学名の正式表記をさらにラテン語本来の形に直したものになる。