「○○君、覚えとる?」
わたしは娘と妻との会話を、聞くともなく聞いていた。
「中学校の頃の?」
「そうったい、あの子が挨拶して呉れたとよ」
「えーっ、ホント」
二人の声は弾んでいる。
「どこで?」
「名札みて分かったみたい」
娘は、書店員をしている。
「ミー嬉しくってね、涙出そうだったけん」
長女の奈緒美は、自分のことを「ミー、ミー」と呼ぶ……。
「お父さんも、覚えとっど?」
娘に話を振られて、わたしは戸惑う。
えっ、○○君?あの彼この彼……、えっ?中学生の頃、娘にそんな’’彼’’居たの?
「??????」
「ミー、お父さんに言われてたから○○君のこと、いっつも守ってたとよ」
ま、守ってたの?そんな軟弱男が’’彼’’?
「ほら、あの子よ、少し障害があって知恵の……」
妻が、記憶を手繰り寄せんと目を泳がせているわたしに、助け舟を出した。
「あ、あ〜、○○君」
とは答えたものの、わたしに記憶はさっぱり甦らない。
「お父さんに弱い者イジメだけはするなって言われてたから、○○君がイジメられてるのが許せんかったたい。だけんミー、いっつも守ってた」
「覚えてて呉れたのね、○○君」
妻が泣きそうな声で言った。
わたしが子供達に望んだことは二つだけ、
「弱い者イジメをするな」
「人を裏切るな」
勉強なんか出来なくても構わない、グレようが不良になろうがこの二つを守りさえすれば、お天道様に顔向け出来る……。
「○○君、すっごく元気そうだった〜」
「良かったね!」
……妻の声と、わたしの声が重なった。