「適性編」が途中なんですが、
数日前のプロ野球の開幕戦を見ていて、ものすごーく驚いたので(語彙力なくすぐらい)、先にこちらを。
世の中に「遅咲き」と称されるアスリートはどのぐらいいるのでしょうか。
サッカーだと、伊東純也選手が筆頭??
でも、彼ほどに「晩熟」な選手は珍しいのではないでしょうか。
竹丸和幸投手。巨人のドラ1ルーキー。
https://www.giants.jp/players/detail/2026063/
3月27日の開幕戦で勝利投手に。
巨人で新人が開幕投手を務めるのは64年ぶりで、勝利投手となったのは90年の歴史を持つ球団としても初の快挙。しかも伝統の「巨人―阪神戦」@東京ドーム。
ここは「サッカー観戦ジャンル」ブログなので、読者の方のニーズ的に合ってないのかもしれないのですが、超すごいことなんですよ!!(語彙力)
堀内さんもこう仰ってます。
(堀内さんがブログを書かれていることにビックリだよ・・・)
上の内容にもありますが、プロ初登板、しかも開幕試合でのあの落ち着きぶりはなんなんでしょうね。翌日の新聞にも載っていた通り、「君はすごいな」と手放しで褒めた阿部監督(監督自身も中大卒ルーキーで開幕マスクでしたね)の賛辞も頷けます。
どの新聞にも、見出しには「遅咲き」の文字が躍っていました。
で、どのぐらい遅咲き=晩熟なのか、と思い、調べてみたら驚愕の事実が発覚しました。「これはブログに載せなければ!」と思い、投稿した次第です(アスリートの早熟・晩熟、をほぼ主テーマにしているブログですので)
実際、竹丸投手の「遅咲き」具合はどの程度だったのか。
本日の読売新聞より。
原点は、控え投手だった中学、高校の6年間にある。
広島・崇徳高に入学した時は1メートル57と小柄で、同世代に6、7人いた投手の中で「(力は)一番下だった」。
登板機会も限られた雌伏の時に、目の前の打者、目の前の1球に集中するスタイルが身についた。
あまりにもさらっと書かれていて読み飛ばしそうになりますが、「高校1年で157センチ」って・・・
単純に「小柄」というより、アスリート、しかも強豪校の投手としては「超超超超」晩熟だと思うんですけど・・・
竹丸投手の身長は179。
高校で20センチ以上伸びたことになります。
広島と言えば「広陵」「広商」が双璧なのでしょうが、崇徳も今春の選抜に出ている強豪校。そこに小中学生並みの体格の「超晩熟」の選手が入って、「登板機会が限られていた」のは当然というか何というか・・・。
そもそも一般受験での入部なの?・・・あまりにも小さすぎて、よく強豪に入部したな、と感じるレベルの晩熟です。
一方で竹丸選手は、いわゆる「野球運」を持っていたようです。それは、開幕戦当日に報知に掲載されたお父様の手記からもわかります。
以下、引用(お父様目線です)。
崇徳では、Bチームで過ごす日々が続きました。それが、高2の秋に監督が応武監督に代わった瞬間にAチームに呼ばれて、背番号13をもらったんです(中略)。
高校で一度だけ、背番号1をつけた試合がありました。高3の6月、大阪桐蔭との練習試合。(中略)その試合を当時の城西大の村上監督が見に来ていたことは、後になってから知りました。
高校で野球を辞めると聞いた時は少し残念でしたけど、そう決めたなら仕方ないなと思っていました。それが進路面談から帰ってくると話は一転。監督が城西大を勧めてくださって、続けることになりました。
「虎党」だというお父様。
開幕戦はどのような思いで観戦されていたのでしょうか・・・(そっちの方が気になるけど言及はなかった)
報知記事に出てくる「応武監督」とは、崇徳の指導者になる以前は早稲田大学の監督を務めていた方です。特に、斎藤佑樹、大石達也、福井優也のドラフト1位3人がいた時代の監督ですので、アマ球界では知られた存在ですね。
その著名監督が母校に戻った瞬間に「Aチームに呼ばれた」ということなので、竹丸投手は「玄人から見て光るモノがあった」ということなのでしょう。
高3の夏前には、アマ球界で注目度が桁違いな「大阪桐蔭」と対戦。後に進学することになる大学の監督がその試合を視察していたことが縁で、首都リーグ(東海大とか日体大とかが所属)の城西大への進学につながりました。
実際のところ、東京六大学や東都(東洋や亜細亜、青学など)リーグほどではないにしても、関東圏の大学に入れば、社会人以降(プロ含めて)のスカウトの目に留まる確率はかなり違ってきます(プロや社会人など「野球継続」の進路を選ばない場合でも、六大学や東都の就職実績は一般学生とは比較になりません。体育会で4年間過ごした学生は就職戦線でもかなり有利です)。
ずっとBチームだったけれど、監督が代わったら急に評価が変わった。
強豪との練習試合で(同僚がケガだったのか偶然だったのか不明だが)先発し、その試合をスカウトが(たまたま)見ていた。
「野球運」を持っている選手って、こういう「偶然」かもしれない導きで誰かの目に留まり、未来が開けるのかもしれない・・・と思わせるエピソードですね・・・
ただ竹丸選手は、進学先の城西大でもエース格にはなれずにリリーフ登板のみ。卒業後は社会人野球に進みました(とはいえ就職先はアマ球界名門なので「見る人は見ている」レベル)。
そこで再び転機が訪れます。
以下ニッカンより引用。
中学時代は体の大きなライバルに押され「こういうやつがプロになるんだろうな」と思った。広島・崇徳高校時代は「野球はもういいかな」とも考えた。城西大ではリリーフ起用が続き、学生時代はエースの座は奪えなかった。
「社会人で野球をやりたいというよりも、野球を生かして就職できればいいかなと思っていました」(中略)
劇的な進化の要因は、社会人時代から取り組み始めた筋力トレーニングにある。トレーナーから与えられたメニューを週2回行うと、周囲から「マッチ棒」「つまようじ」と言われていた体は入社時から8キロ増量するほどまでに成長した。
どの新聞や雑誌を見ても、社会人になって初めて「筋力トレ」を本格的に始めたことが、竹丸選手の運命を左右したらしいです。
社会人になって初めて筋トレ??
トップアスリートとしては、にわかに信じられないエピですが、大学時代はその必要性を感じていなかったんでしょうか(不明)。
一方で社会人野球の名門であれば専門家(トレーナー)も当然いますし、「初めて」がうまく「はまった」結果なのでしょうね。
一気にドラ1候補になり、巨人へ。
この「いきなりドラ注」が投手だからなのか(野手の晩熟はあまり耳にした記憶がない)、他に類を見ない特別な「晩熟」だからなのか・・・は判断がつきませんが・・・。
竹丸投手(と球団)にとって最も幸運だった言えるのは、高校・大学でエース格ではなかったため、投げ過ぎによる肘の摩耗がほとんどないと思われることです。これ、プロ投手にとって最も大切な要素のひとつだと思います、うん。
投手は特に、育成年代の投げ過ぎで思うようなプロ生活を送れなかった選手は少なくない。スタートは遅くとも、長く活躍できる投手になるのではないかと期待が膨らみます。
ここまで書いてきて気になるのは、
こうした「晩熟」の逆襲は、野球ならではの現象なのか否か?・・・ということです。
野球の場合、高卒、大卒、社会人2年目以降・・・と、ドラフトの機会が何度かあります(これは野球のプロアマ協定にも関係するので、独特の制度ではあります)。
野球以外、例えばサッカーなどのプロスポーツの場合、24歳という年齢で初めて国内リーグのチームに入って活躍する機会って、いったいどのぐらいあるのでしょうか。
サッカーの場合、近年は16歳前後でプロ契約を結ぶ選手もいます。そのこと自体が良くないことだと言うつもりはありません。
ただ16歳前後、と言えば、
竹丸投手は160センチぐらい、平均的な小学6年か中学1年生並みの体格だったことでしょう。花開くまでに「野球はもういいかな」と思う瞬間が何度もあったと思われます。
その瞬間を踏みとどまったのは、家族や恩師など理解者の存在に加えて、前述のように監督の交代や強豪との練習試合などの「幸運」が重なったことも間違いありません。
晩熟の選手が10代のうちに競技を諦めることなく、「運」に左右されずにスポーツを(ある程度のレベルで)続けることができる土壌が、今の日本(の育成制度)にはあるのでしょうか。
晩熟をすくい上げる環境が現時点で足りないのであれば、各競技団体が議論と整備を進めていってほしいと思います。
ただ現実問題として、本日決勝が終わった高校野球や高校サッカー及びユースで活躍する体格の良い選手たちを見ていると、早期から周囲に抜きんでた選手を探すより、時間はかかるが伸びしろのある選手を見抜く方が当然難しいだろうな・・・とは(素人ながら)感じます。
特に「結果」が必要な強豪校やクラブチームにとっては、将来性を加味した選考はあまり現実的ではないのかもしれません。
竹丸選手のような存在が今後のプロスポーツの育成(および発掘)に一石を投じてくれることを願いたいのですが、やはり「遅咲きの星」みたいな特異な例で終わってしまうのですかね。うーん。
