なんか同じ所をぐるぐる回っている気がして、
(心苦しいのも、つまずいてばかりの、エゴのなせる技でしたね。
エゴから抜け出すだけのために、いま、進めていることですから、
捲まず撓まず、手探りで一歩一歩続けていくだけです。
で、劣悪な次元を目の前にして、これを乗り超えることが、
だったらまず、この劣悪さと同化していく以外、
劣悪さの底と同化したら、それを十分理解して、消化して、昇華?
見ない振りをしない、知らんぷりをしない。底の底まで理解して、
でしたよね。
なので、醜いところに、私は入っていこうと思います。
愛による支えは、すでに私の中に確かにあるのですし。
そうするとここで、見えてきたエゴに、
たとえば、(いきなりですが)、
トランプの関税には、
(ディールといいますが、
私たちが利用するいろいろなサイトには、なぜ「本人確認」や、「
そうやって、陰で、支配をもくろんでいるのか、とか。
(通報って、私には目の前の人を売れ、というように聞こえます。
税収が予想以上にあっても、人様の大切なお金を取り過ぎて大変だろうから、
(国民のことを人様といたわる思いがあるのでしょうか?
それとも、自らは上(様)に仕える僕(しもべ)で、
ごく当然に、従え、というのでしょうか?)
(官僚の方々は、なぜ偉そうでも、許されるのでしょうか?)
人々を監視する「監督官庁」や、警察の裏をかくように、詐欺、
これって波動的に、
自国は平和でも、人の国には、謀略をしかけ、
自衛のためだから、仕方がないんだ、なのか。
当たり前に「核武装」が議論されています。
(今の人類の最大のテーマですね)
・・・・・・
などなど、至る所に見えてくるエゴには、
劣化した、劣悪な世界とは、このことか・・・
それで、そのひとつひとつに向き合い、同化して、
これは、際限なく続く、終わりのない作業ですね。
これを乗り超えるために、これと出会っているのか?
前回そう言いました。
それをやるしかないのか・・・(トホホ、なのか?)
ここでまた私は、いきなり、結論に、行ってしまいましょう。
(またいきなりですか?)
これらのすべては、幻想でした!
愛から見れば、幻想、幻影の世界だったのです!
だから、すべてこれらのことは、
吹けば飛び去る、虚空に消える、
というわけです。
エゴの無限の魑魅魍魎とは、愛の光の中から見れば、マーヤー、
私のエゴはこれらの魑魅魍魎と同化しても、
それらはそれごと、愛のまなざしのなかで、
根っこのない幻影、陰、
というわけでした。
私はずっと、エゴを映すということを言ってきました。
人の行動は全部エゴで見えてくる。エゴが映し出されてくる、と。
このエゴが映るってなんでしょうか?
これこそ、根っこのない、
映っているものは、根拠のない浮き草だったのです。
つまり、エゴの者は、浮き草を演じているにほかならないのです。
たとえ世にそれが憚っているとしても、
それは、愛のまなざしによって映し出されてしまう、まぼろし、
(そうは見えてこないでしょうか?)
私は自分で映し出した幻を相手にしている、ということでした。
幻想との格闘でしたね。
それは重いことだったのか。それとも、とても軽く、
一体どちらでしょう?
(鳳凰が羽ばたくという鳳凰三山を眺めていたら、

