筑豊風土記 | 筑豊風土坊のブログ

筑豊風土坊のブログ

筑豊風土記 の名称は明治前期の石炭採掘より 筑前の遠賀・鞍手・嘉麻・穂波の4郡と 豊前の田川郡の5郡の石炭組合の設立によって 筑前・豊前の頭字を取り 筑豊 の名称が使われました。 この 筑豊の歴史・生活を知って頂ければの 筑豊風土記 です。

 

 都市計画 鯰田中線開通 に伴う 

               川島・幸袋の街歩き (その1)

 

 

   都市計画道路 鯰田中線 (県道 飯塚福間線 は 以前より若宮から 飯塚市幸袋にかけての拡張道路) が 平成14年(2002年) 当時より 遠賀川を越え 川島付近の 国道200号に繋がる計画がなされていましたが  令和元年(2019年)12月21日 開通  その中でも 遠賀川 を 超える大橋が 川島 幸袋 夢の大橋 と命名され 道路全長約1km 片側2車線 双方向に 歩道 の立派な道路ができました。  これにより 国道200号で 北九州  筑紫野市(冷水トンネル超え) への迂回していた道路が 国道200号 川島 福山通運付近て゛ 北九州市 筑紫野市 へのランプ立体交差 で繋がるようになりました。

 

   平成14年 当時 幸袋地区の方々と 川島 と 幸袋 に架かる 橋の計画で 話を聞くことがありましたが その当時の 橋名は 仮称 川島大橋 が想定されていましたが 幸袋地区の 要望では 幸袋大橋  伊藤伝右衛門橋 などの要望を掲載出した記憶があります。 現在 完成の橋名 川島 幸袋 夢の大橋 道路も 立派なもが完成し 川島・ 幸袋地域の 大きな懸け橋 となりました。

 

   この道路は  川島・ 幸袋地区 の 名所街並み(幸袋の街・ 川島殿町・ 上町・ 下町・ 船頭と蝋の街・ 川島の水防遺構)  古墳(川島古墳群・ 寺山古墳・ その他)・ 史跡(殿ケ浦遺跡・ 神社・ お寺)  五平太舟船着き場・ 遠賀川サイクリングロード など を 尋ねる ウオーキング・ くつろぎの地区 として この道路が 大きく利用できます。  今回 川島・幸袋の街歩き その1 で 鯰田中線 を 中心に掲載しましたが 川島・幸袋の街歩き その2 では 川島・ 幸袋の ウオーキング・ くつろぎの 場所を紹介したいと思います。

 

 

     2002年の鯰田中線計画図                      幸袋交差点より川島方

 

 

      幸袋交差点より川島方                    幸袋より川島 幸袋夢の大橋方

 

 

      2002年?大橋予想図                    川島より見る川島 幸袋 夢の大橋

 

 

     幸袋 からの 川島 幸袋 夢の大橋               川島 幸袋 夢の大橋 橋名プレート

 

 

      大橋より遠賀川上流                    川島側より 川島 幸袋 夢の大橋

 

 

      川島側より国道200号 1                    川島側より国道200号 2 

   

 

      川島交差点より幸袋                      川島交差点より国道200号橋

 

 

     2002年鯰田中線計画図                         片島交差点北九州入口

 

 

      国道200号立体交差橋                      片島交差点北九州入口

 

 

     国道200号橋より幸袋方                     国道200号立体交差橋 

 

 

  国道200号立体交差橋より飯塚ランプ                飯塚方ランプより国道200号橋

 

 

       飯塚方へのランプ                      国道200号と飯塚へのランプ出口

 

 

     飯塚方ランプより 国道200号                  国道200号北九州側からのランプ口方

 

 

    国道200号北九州側より飯塚方                 国道200号橋より飯塚方方へのランプ

 

 

    北九州方ランプより国道200号橋                    北九州ランプ出口より飯塚側

 

 

      北九州側からランプ出口                      川島付近の取り付け道路 

 

 

 

次回は 都市計画道路 鯰田中線開通 

                に伴う 川島・幸袋の街歩き (その 2)