「3・11」と原発再稼働
「3・11」から五年が経って、当日もそしてその次の日もなんとなくいろんなことの手をとめて、五年間を振り返ることに時間を使っていました。一番頭に残っているのはやはり原発事故とその後のこと。
いろんな意見や見方があるとは思うのだけれど、僕はやはり、「3・11」と福島第一の事故によって、この日本社会は大きく変わったのだと思っています。
たとえば、3月9日の大津地裁による高浜原発3・4号機差し止め訴訟での仮処分決定。司法が現在稼働中の原発に停止命令を下す、しかも地元福井県ではなく、隣の滋賀県の住民の訴えに対して。こんなことは「3・11」以前にはありえなかった。司法が原発の安全性について、電力会社が提出する「安全性の根拠」はもとより国の安全基準に異議を唱えることはなかったし、隣県の住民の場合であれば「訴えの資格なし」で門前払いされるのがあたりまえだった。
この決定をした裁判長も以前は差し止め訴訟で「却下」の決定を下していたのだという。それが「3・11」以後の現実を目の当たりにする中で変わった。
やっぱり、人間は変わるものなのです。そしてその人間によって構成されているのだから社会も当然変わる。そのことに一抹の希望というか「未来」が確保されているように思います。
この日本という社会の間違っているところを考えたり、こうやってSNSなどで書き連ねていると、ついつい気持が沈み、出口のない閉塞感に陥る。で、気持が荒れる。
絶望することは決して難しいことではなく、また世の中が自分の思うに任せないことを恨むのも実は簡単。それは「自分が一番正しい! 他はみんな間違い」という思い込みに身をゆだねればよいことだから。そういう思い込み=思い上がりに落ち込まないようにしなければと思うのです。
原発の問題でも、よくドイツと比較して日本が「脱原発」を標榜しないことが批判の対象になります。しかし、「脱原発」を決定したドイツは今でも17の原発のうち八基が運転中です。今日本では高浜3・4号機が止まったことで、国内で運転中の原発は九電の川内原発だけになっている。「3・11」以後の「脱原発状態」は結局今も続いているし、おそらく簡単に覆ることはないと僕は思います。
福島第一の事故を経てももちろん原発を動かそうという人たちはいるし、止まっている原発の地元からは「経済活性化のためには動かしてほしい」という声が必ず報道される。安倍政権はもちろん再稼働を進めようとするでしょう。
しかし、それに対する社会の側からの抵抗はかつての比ではない。それは単に「原発はいらない」という積極的な「反原発」の声だけではない。再生エネルギーの採用や「省エネ」の実践によって、原発が稼働していなくても電力需給に何の問題も起きない社会にこの日本社会がなっていることからもいえます。
高浜原発の差し止め訴訟にしても、そういう五年間の社会の変化がなければありえなかった。もともと関電は原発を稼働させないと電力供給ができないといっていたのだが、今では代替システムや使用者の省エネが進んで、電力は足りている。それでも原発を動かそうとするのは「電力自由化」に向けてコストを削減したいから。つまり、電力供給の確保という「公共的必要」ではなくあくまでも営利にため、そうだとすれば「フクシマの教訓」を充分に生かさない限り稼働は認められない、と考えるのが自然です。こういう自ずからなる論理が形になっていくのを見るとやはり、ほっとするものがあるのです。
現在この世の中のシステムのいろいろなところで、僕や僕よりマイナス五歳ぐらいの世代が最も重要なポジションに付いていると思います。そして次の世代に何を引き渡していけるか、受け継いでもらえるか、を考えた時、やはりこの「3・11」以後の日々の経験は、それまでにもまして重要なものになるだろうと思っています。
最後に「3・11」で亡くなられた多くの方、そしてその後の避難生活の中で亡くなられた被災者の方のご冥福を祈ります。
合掌
たとえば、3月9日の大津地裁による高浜原発3・4号機差し止め訴訟での仮処分決定。司法が現在稼働中の原発に停止命令を下す、しかも地元福井県ではなく、隣の滋賀県の住民の訴えに対して。こんなことは「3・11」以前にはありえなかった。司法が原発の安全性について、電力会社が提出する「安全性の根拠」はもとより国の安全基準に異議を唱えることはなかったし、隣県の住民の場合であれば「訴えの資格なし」で門前払いされるのがあたりまえだった。
この決定をした裁判長も以前は差し止め訴訟で「却下」の決定を下していたのだという。それが「3・11」以後の現実を目の当たりにする中で変わった。
やっぱり、人間は変わるものなのです。そしてその人間によって構成されているのだから社会も当然変わる。そのことに一抹の希望というか「未来」が確保されているように思います。
この日本という社会の間違っているところを考えたり、こうやってSNSなどで書き連ねていると、ついつい気持が沈み、出口のない閉塞感に陥る。で、気持が荒れる。
絶望することは決して難しいことではなく、また世の中が自分の思うに任せないことを恨むのも実は簡単。それは「自分が一番正しい! 他はみんな間違い」という思い込みに身をゆだねればよいことだから。そういう思い込み=思い上がりに落ち込まないようにしなければと思うのです。
原発の問題でも、よくドイツと比較して日本が「脱原発」を標榜しないことが批判の対象になります。しかし、「脱原発」を決定したドイツは今でも17の原発のうち八基が運転中です。今日本では高浜3・4号機が止まったことで、国内で運転中の原発は九電の川内原発だけになっている。「3・11」以後の「脱原発状態」は結局今も続いているし、おそらく簡単に覆ることはないと僕は思います。
福島第一の事故を経てももちろん原発を動かそうという人たちはいるし、止まっている原発の地元からは「経済活性化のためには動かしてほしい」という声が必ず報道される。安倍政権はもちろん再稼働を進めようとするでしょう。
しかし、それに対する社会の側からの抵抗はかつての比ではない。それは単に「原発はいらない」という積極的な「反原発」の声だけではない。再生エネルギーの採用や「省エネ」の実践によって、原発が稼働していなくても電力需給に何の問題も起きない社会にこの日本社会がなっていることからもいえます。
高浜原発の差し止め訴訟にしても、そういう五年間の社会の変化がなければありえなかった。もともと関電は原発を稼働させないと電力供給ができないといっていたのだが、今では代替システムや使用者の省エネが進んで、電力は足りている。それでも原発を動かそうとするのは「電力自由化」に向けてコストを削減したいから。つまり、電力供給の確保という「公共的必要」ではなくあくまでも営利にため、そうだとすれば「フクシマの教訓」を充分に生かさない限り稼働は認められない、と考えるのが自然です。こういう自ずからなる論理が形になっていくのを見るとやはり、ほっとするものがあるのです。
現在この世の中のシステムのいろいろなところで、僕や僕よりマイナス五歳ぐらいの世代が最も重要なポジションに付いていると思います。そして次の世代に何を引き渡していけるか、受け継いでもらえるか、を考えた時、やはりこの「3・11」以後の日々の経験は、それまでにもまして重要なものになるだろうと思っています。
最後に「3・11」で亡くなられた多くの方、そしてその後の避難生活の中で亡くなられた被災者の方のご冥福を祈ります。
合掌