これもFBにアップしたものの備忘録的再録です。
見始めたら、目をそらせなくなり、最後まで観ていた。地震発生・津波による全電源停止、そして次々と起こる原子炉のメルトダウンと爆発、ついには「東日本の壊滅」と「自分たち自身の死」を覚悟しなければならなくなった2号機格納容器破壊の危機までの88時間の再現ドラマ。
新しいことはほとんどない。しかしこうやって時系列を追った再現ドラマに再構成してみると、一つだけ「え、そうだったの」と思うことがあった。これは再現ドラマがそうだったからなのだが、福島第一で運転と復旧にあたっていた人々は自分の目で津波被害を見ていないということである。
新しいことはほとんどない。しかしこうやって時系列を追った再現ドラマに再構成してみると、一つだけ「え、そうだったの」と思うことがあった。これは再現ドラマがそうだったからなのだが、福島第一で運転と復旧にあたっていた人々は自分の目で津波被害を見ていないということである。
所長以下免震重要棟にいた人々も1・2号機の中央制御室にいた人も、地震は揺れがあって、しかも規定震度に達していたからすぐ原子炉を緊急停止させたのではっきり認識している。ところが、そのあとの津波については他の地域の被害想定などをテレビで確認するだけだ。福島県に到達した後も、テレビのデータとして「10mの津波」を確認しているだけである。(実際には14m超と最大級の津波が到達している)だから、たとえば中央制御室では全電源の停止をすべての電気がなくなり、照明さえ消えることで初めて知ることになる。そして「なにが起こったんだ!」とパニックに陥る様子が描かれている。。
ことがことだから、当然国会証言など、関係者からの聞き取りで作っているのだろうから、実際にもそうだったんだろうと思う。が、もし、そうだとしたら仮に所長なり誰が責任あるポストの人間がこの目のあの津波を見ていたら、その後の対処に少しは変化があったのではないか、と思わざるを得なかった。
なぜなら、このドラマを見ても、現場職員たちの奮闘にもかかわらず、ほとんどの作業は手遅れで、実際に効果があったと思われる対処はこの「88時間」のうち、1号機と3号機のベント作業ぐらいしかない。事態は官邸や本社はもちろん、現場の責任者さえ予想しないスピードで(とはいえ、実は想定されていたうちの「最悪」のペースで)進み、高い放射線量と余震の危険によって事実上何もできないうちに事故が拡大してしまったからだ。
だから、「もし○○したら」みたいなこともほとんどない。もちろん、当時の菅首相が視察を「強行」したことの影響もほとんどない。現場に余計な負担をかけたのは確かだが、ではその負担がなかったらなにか大きく変わったのかといえばそんなことはないのである。
それでも、できたかもしれないこと、それによって事故の様相が変わったかもしれない数少ないことの一つがあったことがこのドラマからわかる。それは電源がなくても稼働する原子炉の緊急冷却装置の運転である。
再現ドラマからすると、この装置で冷却すると急速に原子炉が冷えるため損傷する可能性があるから、頻繁に入れたり切ったりしなければならないらしい。そして、津波による全電源喪失の直前、1・3号機は「たまたま停止させた」がゆえに、その機能を果たすことができなかったのだという。僕が着目するのはそこである。
もし仮に、幹部の誰かが津波の到達を目視で確認していたとする。ならば、屋外にあった非常用電源のための重油タンクや発電機、そして非常用がバッテリーがある建物を津波が襲っていくのがわかっただろう。そして、そうなればすべての電源がなくなる可能性があることが予測できたはずだ。その予測に立てば、マニュアル通りに緊急冷却装置を入れたり切ったりするという運転はおそらくしない。電源がなくてもできうる最後の手段を確保するため、運転しっぱなしにしたはずだ。
もちろん、それですべての事故が回避できたわけではない。なぜなら、2号機では緊急冷却装置が動いていたにもかかわらず、88時間後にはメルトダウンによる格納容器破壊の危機がおこったのだから。しかし、緊急冷却装置が働いていたら、1・3号機があんなに早くメルトダウンすることはなく、従って様々な対処をする時間も稼げ、水素爆発もなかったかもしれない。
要するに「勝負」は地震発生から津波の到達とそれによる全電源の到達までに何ができたのかにかかっていたのだ。そういう意味では、津波被害に遭った他の地域で人々の生死を分けた判断と同じことが福島第一でも問われたと考えるべきなのである。
大津波が起きたら原発はどうなるのか、そのことに対する警戒心や問題意識が福島第一には、東電はじめ電力会社と推進派には明らかに欠如していた。だから第一原発では津波到達を警告されながら、その様子を誰ひとり目視で確認せず、報告もしていない(少なくともドラマの中では)。だから、「全電源喪失」を予測できないのである。それがどんな破局的事態を招くかはわかっているはずなのに、である。
そのことがわかっただけでもこの再現ドラマは見る価値があったと思う。
ことがことだから、当然国会証言など、関係者からの聞き取りで作っているのだろうから、実際にもそうだったんだろうと思う。が、もし、そうだとしたら仮に所長なり誰が責任あるポストの人間がこの目のあの津波を見ていたら、その後の対処に少しは変化があったのではないか、と思わざるを得なかった。
なぜなら、このドラマを見ても、現場職員たちの奮闘にもかかわらず、ほとんどの作業は手遅れで、実際に効果があったと思われる対処はこの「88時間」のうち、1号機と3号機のベント作業ぐらいしかない。事態は官邸や本社はもちろん、現場の責任者さえ予想しないスピードで(とはいえ、実は想定されていたうちの「最悪」のペースで)進み、高い放射線量と余震の危険によって事実上何もできないうちに事故が拡大してしまったからだ。
だから、「もし○○したら」みたいなこともほとんどない。もちろん、当時の菅首相が視察を「強行」したことの影響もほとんどない。現場に余計な負担をかけたのは確かだが、ではその負担がなかったらなにか大きく変わったのかといえばそんなことはないのである。
それでも、できたかもしれないこと、それによって事故の様相が変わったかもしれない数少ないことの一つがあったことがこのドラマからわかる。それは電源がなくても稼働する原子炉の緊急冷却装置の運転である。
再現ドラマからすると、この装置で冷却すると急速に原子炉が冷えるため損傷する可能性があるから、頻繁に入れたり切ったりしなければならないらしい。そして、津波による全電源喪失の直前、1・3号機は「たまたま停止させた」がゆえに、その機能を果たすことができなかったのだという。僕が着目するのはそこである。
もし仮に、幹部の誰かが津波の到達を目視で確認していたとする。ならば、屋外にあった非常用電源のための重油タンクや発電機、そして非常用がバッテリーがある建物を津波が襲っていくのがわかっただろう。そして、そうなればすべての電源がなくなる可能性があることが予測できたはずだ。その予測に立てば、マニュアル通りに緊急冷却装置を入れたり切ったりするという運転はおそらくしない。電源がなくてもできうる最後の手段を確保するため、運転しっぱなしにしたはずだ。
もちろん、それですべての事故が回避できたわけではない。なぜなら、2号機では緊急冷却装置が動いていたにもかかわらず、88時間後にはメルトダウンによる格納容器破壊の危機がおこったのだから。しかし、緊急冷却装置が働いていたら、1・3号機があんなに早くメルトダウンすることはなく、従って様々な対処をする時間も稼げ、水素爆発もなかったかもしれない。
要するに「勝負」は地震発生から津波の到達とそれによる全電源の到達までに何ができたのかにかかっていたのだ。そういう意味では、津波被害に遭った他の地域で人々の生死を分けた判断と同じことが福島第一でも問われたと考えるべきなのである。
大津波が起きたら原発はどうなるのか、そのことに対する警戒心や問題意識が福島第一には、東電はじめ電力会社と推進派には明らかに欠如していた。だから第一原発では津波到達を警告されながら、その様子を誰ひとり目視で確認せず、報告もしていない(少なくともドラマの中では)。だから、「全電源喪失」を予測できないのである。それがどんな破局的事態を招くかはわかっているはずなのに、である。
そのことがわかっただけでもこの再現ドラマは見る価値があったと思う。
