あれが、いつの頃だったのか…

ハッキリ思い出せないけど…



たぶん、

妹1歳・たっくん3歳・お兄ちゃんは5歳
だったと思う。


その日は、旦那が当直の日だった。


当直の日は、夕方から翌日の夕方まで
旦那は戻ってこない。




私は、旦那が当直の日が…
憂鬱で、憂鬱で、しょうがなかった。


朝になれば、
お兄ちゃんとたっくんのお弁当を作りながら、

3人を、私1人で見ないといけない。



園バスのバス停にも、
1人で、3人を連れて行かなくてはいけない


園バスは、8時に来る。


それまでに、登園準備をして、
お兄ちゃんには、朝食も食べさせないといけない。



3歳のたっくんは、本当に手がかかり

1歳の妹をおんぶしながら、いつも対応に負われていた。




妹は、
1歳を過ぎても柵のついたベビーベッドで寝ていた。


たっくんは、寝付きが悪く、
暗い部屋でも動き回るからだ。

妹が踏まれたら大変。

お兄ちゃんは、壁際に寝かせていた。




そして…旦那が当直でいない夜。。


家事を残したまま、子供の寝かし付け。


先に妹を抱っこで、寝かしつける。



寝た妹をソーッと、ベビーベッドに寝かせる
zzzzzz


たっくんとお兄ちゃんに、寝ようと伝え
部屋を暗くする。


するとお兄ちゃんが…

「お父さんは?」といつも聞いてくる

『お父さんは仕事だよ。明日帰ってくるよ』
と私が言うと


お兄ちゃんが
「お父さんに会いたいよーー!」と泣き出す


『大丈夫よ、明日会えるからね』と言っても
お兄ちゃんは泣き止まず、

大声で泣く。



たっくんは、泣き声が苦手。えー?

お兄ちゃんが泣き止まないので、
癇癪を起こすおーっ!ハッ


たっくんの癇癪で、お兄ちゃんは更に泣く

「お父さんに会いたいよーーー!!」
えーんえーんえーんえーんえーんえーんえーんえーんえーんえーんえーんえーん


すると…


せっかく寝かしつけた妹が目を覚まし
妹まで、泣き出す。えーんえーんえーん



私は、慌てて妹を抱っこする。


暗い部屋の中は、泣き声の大合唱…


みんなが落ち着くのを待つしかないんだけど
私には、そんな余裕はなかった。


(早く寝て欲しい、
   ……早くこの時間から解放されたい)



うるさい


うるさい


うるさい


せっかく妹は寝ていたのに…
またふりだしだ。


私は疲れてるんだ

お願いだから、みんな寝てよ!!!!


いつもいつも、うまくいかない。


もう、嫌だ。

いつまで、これが続くの?



誰か助けて…




誰か、助けてよーーー


と、私は妹を抱きながら暗い部屋で
泣いた事があった。




その日は…たぶん、

寝かし付ける事もせず
泣き疲れて寝るのを待った気がする。

次の日の朝なんて、

もうどうでも良かった。





たっくんが3歳の頃は、本当に大変だった。

もう毎日が地獄で、

離れたくて、離れたくて…


やっとの思いで見つけた母子分離の療育。


片道40分以上かかり、3時間しか預けられないけど、


療育時間中は、自宅に戻る時間が勿体なくて
妹と車で待機して

たっくんを療育に連れて行っていた。



でも私は、心身休んだ気がせず…

たっくんの日中一時支援の事業所を探すことにした。


住んでいる地域には…
幼児が通える事業所はなかった。


高速を使って1時間以上かかる所で
施設が見つかった。


その施設に、すぐに見学へ行った。
(旦那と妹で)


その時の、見学の様子です↓


でも、あの頃の私は無知だった。

何も分かっていなかった。


今は、あの施設が在る意味は分かる。


そして、

入所されている方も、そのご家族も、
あの施設は大事な居場所であること。


でも当時の私は、現実を受け止められず
ショックしかなかった。。



ある日、突然、
我が子が“障害児”と呼ばれ…


療育に通えば、
成長が追いつくと思っていた。



そんな私が

日中一時支援で見学した施設は、
想像していたものとは、全く違った。


きっと施設見学の案内をしてくれた担任者は
それが分かっていたので


「想像されているのと、ちょっと違うのかもしれませんが…」


と見学前に言われたんだと思う。




私は、この経験と…

重度知的障害のあるたっくんを6年育てて


今、思っていることは…



とにかく知りたい!!


何をしたらいいの!!

何があるの?

何ができるの?





私が「誰か、助けて」と暗い部屋で

泣いた夜。

もうあの頃には戻りたくない。





とにかく、色んな事を知りたい!!


日中一時支援という言葉も知らなかった。
誰も教えてくれなかった。


ただただ、地獄の日々が過ぎて行くだけ


私はブログを始めて3年経ちました。

色んな方のブログを読み漁り、
色んな事を知った。


だから、私もリアルな障害児育児を
ブログに綴る事にした。


すると色んな方と繋がっていった。


私と同じ様に、障害児育児をしているママ

障害児・障害者を支援する側の方

身近に、障害を抱える者はいないけど
私を応援してくれる方。
関心を持ってくださる方。



3年でフォロワーさんは、4600人になりました。

でも中には、心無いコメントをしてくる人もいます。


最初は、そんな人と
出会った事がなかったので、

悪意のあるコメントに傷付いたりしてきました。


リアルなブログを綴れば、綴れるほど
言葉も酷く、ザクザクと私の心をエグル。


一度は、そういった人と向き合おうともしたけど、大抵心無いコメントをしてくる人って


ブログを書いていない。


スマホやパソコンを使って、
私に向けて誹謗中傷は出来ても、

社会にはぶつける熱意はない。


言いたいだけ。


それを気付かせてくれたのは、
ブロ友さんであり、フォロワーさんでした。


今でも悪意のコメントが
たまに送られてきますが


私は、冒頭だけを読んで、
ブロック対応(又は通報)をして、削除。

事務作業。



今は、そんな人の事でモヤモヤしている
時間なんてない!


フォロワーさんのお陰でこんな風に思えるようなりました。




先日、ケース会議が開かれました。

座席表を頂いてビックリした。

※鉛筆の文字が薄いので、文字入れしています


我が家の事で、こんなに人が集まってくれていました。


ケース会議を開くきっかけを作ってくれたのは、

毎週お兄ちゃんの学習支援でボランティアに来てくれている、先生でした!


この学習支援の先生は、
たっくんと妹の通う療育園の卒園生の子をもつママさん。


この先生も

かつて、色んな方に救われたそうです。



そして、今、
お子さんが落ち着いているので、
ボランティアの学習支援をされているとのこと。


私は、ありがたくて、ありがたくて。。

本当に頭が下がります。。
┏○ペコ


他にも我が家には、毎週3名の方が
ボランティアで来て下さっています。


1人のボランティアの方が、仕事の関係で
4月から来れなくなる。と言う事を聞きました。


ボランティアセンターの担当者が
次のボランティアさんを見つけてくれようとしていましたが、


来年、たっくんが入学したら
放課後デイサービスへ通えるし


このままボランティアさんに頼る生活を続ける訳にもいかないので

「来年の4月からは、ボランティアさん無しでやってみようと思います。」
と職員の方に伝えました。


その話を聞いていた
他2名のボランティアさんが、

「私は来れるので、4月以降も来てもいいですか?」と言われました。

※その方達が仰るには、我が家が癒やしとなっているそうです。(お世辞でも嬉しいです)



今年の4月。
たっくんが海に落ちて溺れた時に

私は、児童相談所に電話をして


もしもの時は、
一時保護の適用を申し出ました。

※聞き取り調査、会議の末、いつでも一時保護適用となりました



その時、
前療育園の先生に、こう言われました。

「環境を整え、できる時に色んな準備しないといけない。できる事から始めましょう」



今、我が家の立て直し為に
色んな方が動いてくれています。


先月たっくんが家から脱走し行方不明になったので、相談支援員さんが

「今後のためにも、たっくんの事を知ってもらおう!」と

たっくんの情報を書いた紙を、
私と一緒に配りに行ってくれました。



配った先で
「困った時は、お互い様だから」と言ってくれる方もいました。
ぐすん


市の家事支援も年内で終了です。



今、我が家にできる事、私にできる事を
もう一度、よくよく考える為にも

ブログを暫くお休みしようと思います。




お恥ずかし話…
まだ衣替えも完全に出来ていないし、

扇風機も片付けられていません
笑い泣きたっくん未だに、股間を風に当てています


ずっと手つかずだったサポートファイル…
これもいい加減しないといけない滝汗


引っ越しの荷物も、まだ放置プレイ滝汗


とにかく、できること事をやって
また戻ってきます!



たっくんが今の療育園を卒園するまでには
戻ってきたい!!!チューチューチューチュー


たっくんや妹、お兄ちゃんの
笑顔を守る為にも…


私が「誰か、助けて」と暗い部屋で
泣いた夜。


まさか我が家がこんな風に
展開するとは思わなかった。


そして、たっくんとこんな風になれるとも思わなかった。下矢印

※この後、たっくんテンションが上がり、これです下矢印




約一年前、私はブログ休みます宣言をして
沢山の方から、温かい言葉を頂いて

見送ってもらった

のに!


辛い事があり過ぎて、


一ヶ月で戻ってしまった
笑い泣きそんな事もありましたっけー?


この時に書いた「1/365」は、上矢印
今でも私の中にあります。


過去の自分、今の自分を見つめ直し、
ブログも少し整理しようと思います。




今回は、コメント欄を開けていますが
返信は敢えて致しません。ショボーン


なぜなら、前回…
頂いたコメントの返信をしていると

優しさが嬉し過ぎて、寂しくて…えーん
何度も何度も追記していて…鉛筆



え?ブログ休むんじゃなかったの?!うーん


って、突っ込まれそうな感じだったので
笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き休む休む詐欺


なので、今回は落書き帳として
開けておきます。。。


でもたまには、コメント欄には戻ってきて書いちゃうかも
笑い泣き意思弱っww



まだまだ書きたい事は、沢山あるんですが
キリがないので…

とりあえず、下書きも消化したし…
この辺で…えーん←めっちゃ、後ろ髪引かれてるww




というわけで、
お兄ちゃんの事、たっくんの事、妹の事、

よくよく考え、整えてきます!


では、またお会いするまで… 


ドロン!!!




あっ!

本当に落書きしないで下さいね滝汗
(お約束w)



え?早く行け?

えーー…( ;∀;)



って、冗談です!

ε=ε=ε=ヽ(* ̄∇ ̄)ノ逃げろー



ドロン!!!


おでかけ療育応援しています





皆さんと出会えて本当に嬉しく思います。

感謝キラキラ

┏○ペコ