#540【Kiyomi_44】言葉が響くとき24 街は人と共にある | コトバあれこれ

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子ども作文教室、子ども国語教育学会の関係者による
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             街は人と共にある

 

 街は人と共にある。最近、それを実感したことがあった。私事で恐縮だが、先月、姉のような存在であった従姉の旅立ちを、香川県の高松で見送ってきた。居住する高松をこよなく愛し、瀬戸内海の島々を含めて、香川県の隅々までよく足を運ぶ人であった。向こう三軒両隣を越えた地域の人々との交流も厚く、街と人に、網の目のような繋がりを持つ人であった。

 

 諸事を終えての帰り道、鹿児島からの妹と高松駅周辺を散策した。高松港や玉藻公園の脇を歩きながら、ふいに街が色あせてくるのを感じた。なぜだろう、理由はすぐにわかった。近年、対面での付き合いは、一年に一週間程度のものであったが、その街に住み、散策をリードしてくれていた人が、もはやこれからの暮らしのなかに存在しないという喪失感である。歩きながら、この街に、もう一度来ることがあるのだろうかと、街への薄情な思いがよぎってしまった。妹も同じことをつぶやいていた。

 

 

      

     高松港(後ろの山は屋島)       玉藻公園

 

 

          「経路と経験」という言葉から

 

 街や建物と、人との関係では、O+hさんという二人の建築家の「経路と経験」という言葉が印象的である。たとえば、京都に暮らす人々は、京都という街に愛着を持っている。それは、地続きの経路と経験の心地よさにあるというのである。建物がそれ自身で完結するのではなく、街の路地と繋がり、行き止まりがなく選択性や回遊性があることが暮らしの豊かさをつくるという発想である。自分はむしろ、居住空間とは、街と切り離された独自の空間だと思っていたので意外な感じがした。現代の若い建築家はこのようなことを考えているのかと感心した次第である。

 

 ところが、自分史の時を遡ってみると、徳島の生家もまたそういう場であったように思われた。いつも開放されていた玄関からは、同じように開けっ放しの裏口まで空気が流れ、玄関と地続きの道からは、人もまた特段の用もなく訪れてはおしゃべりをする。お茶を飲み、ひと息ついて引き上げる。近辺を縄張りとしていた犬が、頭をなでられたくて、ぶらりと立ち寄ることもあった。そういうスタンスの家は多かったように思う。

 

 従姉もまた、その「経路と経験」をよく体現した人であった。もともと写真や刺繍、手芸品等の物作りが好きで、それらを通じて高松を歩き、豊かな人間関係を築いていた。2022年に瀬戸内国際芸術祭が開催されてからは、経路と経験が女木島や豊島、直島等瀬戸内海の島々にまで広がり、それに伴って人的な交流もさらに厚みを増し、従姉の家を訪れる人も多くなっていったようであった。

 

 

       

        朝の高松駅             屋島 

 

 

            「美術館」で宿泊?

 

 家は古い和風の家屋であるが、一歩なかに入ると、さながら美術館のような趣があり、部屋は、油絵や葉書絵、写真や刺繍品、手芸品に彩られていた。毎年徳島への起点/終点として数泊する私達は、瀬戸内海まで足を伸ばさずとも、いつもすぐれた芸術作品が鑑賞できたのである。『クローディアの秘密』(カニグズバーグ作)のように、「メトロポリタン美術館のなかで暮らす」気分である。そこは、私達にとっては、美味しい手料理と心地よいベッドメイキング付きの「極上もてなし」空間であったのだが、誰にも平等に接する従姉にとっては、日常の一コマであったにちがいない。

 

 政治において地方創生が叫ばれて久しいが、その支柱は、その土地に愛着を持つ人々の営みが作るものである。従姉のように暮らす人々は、全国に多数存在するだろう。自分が住む川崎にも路地からの地続き空間があり、それを作る人々がいる。目を近くに向けてみれば、調布の街に開室して7年目になる子ども作文教室、この教室にもそうした心地よさがある。

 

 

      

    従姉の作品(写真に刺繍)   コロナ下で届いたカリンのジュレ

 

 

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 徳島への帰省に最も楽な方法は、羽田から飛行機で一気に飛ぶことである。しかし、時間を惜しむ必要はない。これまでと同様に、電車とバスと自分の足を使って地続きの経路と経験をめざそう。新たに加わる(新横浜→)大阪→淡路島(→徳島)ルートには、従姉が繋いでくれた親族や知人がいる。行きは大阪→淡路島ルート、帰りを従来の高松→岡山ルートにすれば、新旧合わせた経路と経験のループが出来上がる。それが理想的かなと考えている。

 

                                Kiyomi