地球温暖化最前線の観測拠点 極地研究所
立川にある国立極地研究所の研究員(南極観測、北極観測の経験者)から「南極北極館」を案内していただく機会を得た。
これまで、南極観測に携わった方からの話を聞く機会は何回かあったが、北極観測の話は初めてであった。また、地球温暖化の影響が一番大きく表れているのが北極圏であるといわれており、大変興味深い体験ができたので一部を紹介したい。
<北極観測基地 ノルウェー スピッツヘルゲン島「ニイオルスン基地」>
南極には大陸があり、どこの国にも帰属していないということは、よく知られている。北極には大陸がないため、北極観測の基地は、ノルウェー領スバールバル諸島のスピッツヘルゲン島にある「ニイオルスン基地」。北緯78度55分、東経11度56分、民間人が定住する世界最北の場所であり、北極探検の基地としての歴史ある場所であり、探検家アムンゼンの像がある。かつては炭鉱があったそうだが1962年に閉鎖され、その後は北極観測の基地としてノルウェーのほか、日本、アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、フィンランド、デンマーク、アイスランド、ポーランドなどが使用している。ノルウェー領ではあるが、基地は国際観測都市として独立しており(スバールバル条約)、どこの国の人が住んでもよく、税金も取らない。観光目的では入ることができない、研究者のみが入れる場所である。日本の基地は、1991年に設けられた。
基地では、北極圏の大気、雪氷、海、生物の研究を行っている。基地内では、電気自動車のみ使用、スマートフォンなどの無線機器は使用禁止(研究用の機器に影響を与えないように)、ホッキョクグマと遭遇した時のために銃を携帯、建物にはカギをかけてはいけない(ホッキョクグマに遭遇した時に逃げ込めるように)などのルールがあるそうだ。
高層気象観測用ラジオゾンデによる観測は、全世界で決められた同時刻にあげて観測を行う必要があるため、ブリザードの日でも必ず上げるのだそうだ。ニイオルスンは、宇宙線が降り注ぐ場所であり、オーロラも美しい。いつでも見られると思いきや、白夜の時期には見られないそうである。
ラジオゾンデ ラジオゾンデにつけられる機器
<北極と南極、一言で極地といってもこんなに違う>
北極海の海底の地形 |
北極海の面積は、1,406万㎢(日本の約37倍)で、南極大陸の面積とほぼ等しい。北極海中央部には深さ約4,000m前後の深い深海平原が広がっているが、ユーラシア大陸側には幅1,000㎞に及ぶ広大な大陸棚が広がり、北極海全域の1/3を占める。そのため、平均の水深は約1,000m程度と浅い。また、北極海には、地球全体の河川流量の約10%が流れ込んでいるために塩分濃度が低いなどの特徴がある。
北極海の海底地形 南極大陸 南極大陸の氷を取り去った地形
南極大陸
一方、南極には南極大陸がある。氷床下の岩盤の平均標高は約83mでありその上を氷床が覆っている。平均標高が約2,126mというので、氷床がいかに厚いかが分かる。一番厚いところでは、約4,900mもあるという。の南極の海には、ナンキョクオキアミが大量に生息しており、これが大きな役割を担っている。南極オキアミがプランクトンの殻を割るとガス成分が発生し、雲ができる。これが冷却効果となるということだ。
人間の生活圏
そして、北極と南極の最大の違いは、北極が人間の生活圏にとても近いということのようだ。北極圏に領土を持つ国は8か国もある。人間の生活圏に近いことが、北極域の環境変化に及ぼす影響が大きい。実際に、北極の温暖化は急速に進んでいるのは事実であり、それが地球温暖化の影響であることや北極の気候変動が地球全体に及ぼす影響が大きいことが懸念されている。
実際にニイオルスンに滞在した体験から、温暖化を感じた体験を紹介された。
2021年11月、この年は大雪だったという。この時期の大雪は、例年のことだそうだ。2年後の2022年11月に訪れた時、雨が降っていたという。これだけで温暖化の証拠とは言えず、今後の様々なデータ等を検討する必要があるとのことだ。
ところで、この雨が降ったことが生物へ与える影響は多大である。特に極地に生息するトナカイにとっては死活問題である。雪であれば、トナカイは雪の下のわずかな植物を食料として冬を生き延びることができる。ところが、雨は大問題である。11月、気温は下がっていく。降った雨は、その後固い氷となる。一度凍ってしまうと今度は解けることがなくなり、その上に雨が降ればまた凍り付く。雪が降れば、雪の下に氷が残る。こうなると、トナカイは、餌である植物を食べることができなくなってしまう。
地球全体の気温は、この100年間で約0.8℃上昇した。(約0.8℃の上昇でこんなに影響が……と考えると恐ろしくなる。)北極圏では、3℃近くも上昇したそうである。夏季の極小海氷面積は、この40年で800万㎢から400万㎢へと半減してしまったということだ。
この海氷の減少は、夏のホッキョクグマの生存に大きな影響を与える。氷の面積が減ると、氷の上を歩き、氷から氷へ泳いで移動するホッキョクグマは、移動がままならなくなる。餌であるアザラシなどを狩ることも難しくなり、個体数の減少が懸念されていることは、報道番組の中で取り上げられていることも多い。極地では、ホッキョクグマの生息域の変化を人の生活圏でクマに遭遇する機会の増加という形で感じているようだ。
アザラシを食べることができないホッキョクグマは、移動経路を変え、食料も変える。鳥の卵を食べることが多くなるそうだ。果たしてそれで栄養が足りるのか?卵を食べられた鳥は、こちらも種の存続の危機となってしまう。
先に述べたように、北極は海である。温暖化の影響を受けやすいばかりでなく、北極圏の海氷の減少は、さらなる温暖化への影響を与える。海の循環の変化が、ここ数年の極端な異常気象の一因とも考えられている。
<北極での研究>
現在行われている北極圏での研究の主なものを紹介する。
〇二酸化炭素、メタンなどの温室効果ガスの観測、大気中のエアロゾルや雲の測定→大気の変化が及ぼす異常気象
〇グリーンランド氷床コアの掘削と研究→地球の歴史(大気の化学成分、微生物、気候の変化)→南極の氷床コアの研究と合わせて気候変動の仕組み
〇野生生物のバイオロギング(野生生物にビデオカメラ、GPSなどを取り付けデータ収集し生態の解明する)
〇宙空(宇宙と地球の間…地上60~100㎞上空の大気のエリア)の大気の観測→太陽からの放射線から守る目に見えない壁であり、地球全体の大気の循環や気候変動に大きな影響を及ぼすエリア
〇生態系の変化の調査→氷河の融解による植物の変化→動物の移動、人工衛星や船による海の植物プランクトンの量の変化(二酸化炭素の吸収源)
<南極北極館>
ここでは、興味深い展示がたくさんある。南極観測、北極観測の歴史を追う展示物、北極や南極の地質や生態系の標本等、小規模であるがいろいろ興味深かった。
南極観測に同行した犬 観測船「白瀬」スクリュー 北極地域のコケの標本
さて、産業革命以降地球の平均気温の上昇を1.5℃までに抑えようというパリ協定。2017年までにすでに1℃上昇している。1.5℃が、決して安全というわけではない。サンゴ礁の70~90%は死滅、農作物の生育の悪化で3200万人~3600万人が食糧不足の影響を受け、氷床の融解による海面上昇0.26~0.77m。それ以上の悪化を止めたいという意味の1.5℃である。現状では2040年に1.5℃に達してしまうという。
この夏の世界各地の異常気象による災害(大雨による洪水、熱波、干ばつ、森林火災、猛暑)は、気候変動の影響の大きさを痛感させられるものであった。平均気温上昇1℃でこの状況であり、地球温暖化ではなく、「地球沸騰」という言葉までが聞かれた。
より一層、真剣に向き合わねばならないといけない。酷暑が一段落し、「のど元過ぎれば…」とならないように。
neko記