戦前感が色濃く漂っている。この建造物を自治体は文化遺産に指定すべきだと思う。
「元祖白橋甘木本店
」は放たれるオーラが他の飲食店とは全く違う。別次元だ。昭和初期から時間が止まっている。継ぎ接ぎの外壁トタンは錆が浮き、木材は変色が激しく半ば捲れ上がっている。ドリフのコントのように壁を押したら全部が雪崩になって崩れ落ちそうだ。白い暖簾をくぐって軍服姿の青年やモンペを履いた婦女子が店から出てきても何の不思議も無いだろう。
店に入ると、地上デジタル放送のタイミングで買い替えたと推測される新しいテレビ以外は全て、どこを見渡しても現代では無い。梁が真っ黒に染まり瓢箪が無数にぶら下がっている。川端康成の小説「清兵衛と瓢箪」を彷彿とさせる光景だ。色褪せたサイン色紙や新聞の切り抜き記事が煤けた壁に飾られており、しゃもじ形の御品書きが吊り下げらていた。食事メニューは“ホルモン”一点張り、であるようだ。それも、馬、らしい。HPに依れば、甘木は先の大戦中、軍都として栄えた大刀洗に隣接しており軍馬が多く存在し、また農耕地帯として農耕馬としての馬の需要もあり、馬喰(ばくろう)と呼ばれる専門業者が全国から集まり、馬市なる市場があったらしい。当時の馬を扱う商人とは、現代で置き換えるなら、自動車ディーラーとヤンマーディーゼルと、ええとジョイフル(?)を合わせたようなものだろうか。最後が違う気がする。
注文を告げると、鉄板の前で座り、テレビ中継されていたホークス戦をぼんやり眺めていた爺ちゃんが立ち上がる。仕込まれていたらしい肉を鉄板にばら撒く。ちゃっちゃっちゃ、と音を立てながら鮮やかな手捌きで焼いていく。提供時間はかなり早い。
「ホルモン」は一人前550円だ。
正直見た目が少しグロい。色んな部位が混じっているようで、各々異なる食感を楽しめる。ぶにっ、コリコリ、むにむに、じゅん、じゅわあーっと肉ごとに個性がある。これぞB級グルメ、店の雰囲気と相俟って場末感が最高だ。
タレと特製柚子唐辛子で味に変化を加える。もともと下味がしっかりついているので使わなくても全然イケる。タレはエバラ黄金のタレよりかなり濃厚な焼肉のタレだった。ねっとり相当味が濃くなる。柚子唐辛子は理にかなっている。口内に付着した脂を柚子がさっぱり爽やかにしてくれ、唐辛子のぴりぴりした刺激でさらに肉が進んでしまう。
ノンアルコールビールを飲んだ。本当は先輩
が飲む筈だったのだけれども。注文を取りに来た腰の曲がった婆ちゃんと意思疎通をうまく果たせなかった。僕はウーロン茶のつもり、だった。始めは。
「ノンアルコールビールとウーロン茶」
「うんうん、ノンアルはあるよ。ノンアルはあるよ。えっとノンアルと、酒?酒?酒でいいとね」
「いやいや、ノンアルコールビールとウーロン茶」
「えっと、ノンアルと、酒ね。酒たいね。熱燗?」
「こっちがノンアルで、そっちがウーロン茶」
「はあ。酒?酒ね?」
婆ちゃんはおっとりしてそうな見た目とは裏腹に案外せっかちだった。早口でまくし立てる。長年せっかちな酔客を相手にしてきたからだろうか。ウーロン茶という言葉は婆ちゃんの耳には届かない。こっちがウーロン茶と言い終える前に先に喋るからである。酒、という単語を喰い気味に何度も被せてくる。すれ違いは永遠に続きそうな気配だったので、先輩は諦めて、じゃあそれで、と言った。完全に負けた。殆どの客が酒を頼むのだろう。婆ちゃんの脳には、いつもの決まりきった注文がインプットされているに違いないのだ。きっと。
それで、でっけえ徳利がやってきた。透明のコップになみなみと日本酒が注がれる。本当にギリギリまで注がれていた。熟年の表面張力は圧巻の一言に尽きる。
すげえ、僕は何度も、そう漏らした。
