「子どもをまるっと受け入れる」の私なりの解釈。 | かずえ☆since2016.4 大崎上島、親子で移住、古民家暮らし。

かずえ☆since2016.4 大崎上島、親子で移住、古民家暮らし。

平成28年3月に19年勤めた小学校の先生を辞め、広島の大崎上島に家族で移住しました。
子どもは、8才と7才の男の子です。子ども達はずいぶん大きくなりました。

そんな我が家の子ども達の成長や、私の気づきを記録していきます。

「条件付きの愛はだめです。」
「お子さんのいいところも悪いところもひっくるめてまるごと受け入れてあげてください。」
「そのままのあなたでいいんです。」

こういう言葉って、基本的にだいじな理念だと思っています。


でも、でも、だからと言って、子どもが発していることを全て親が我慢して受け入れなければならないんでしょうか。


というのは、うちの長男くん、感情のコントロールがとても難しく、できない自分との戦いで、やれ宿題が思い通りの時間にできない、あやとりがいつもよりできない、と、ギーギーギャーギャーわめきます。
そして、それをギーギーギャーギャーの状態で私に聞いてもらおうとします。


まるっと受け入れ、という法則を言葉通りとらえると、そのままの彼を私は受け入れなければならないことになります。


そして、それを続けていたら、たぶん、私が壊れます。
だって、家っていう場所が、私にとって、彼の不機嫌を黙って受け入れなければならないという過酷な場になるということだから。


そして、そのギーギーギャーギャー言っていることが、人を嫌な気持ちにさせるということを知らないまま社会に出たら、友達はできません。


ということで、私はまるっとは受け入れていません。
宿題と格闘して心が折れているときは、落ち着いてみ、と、ぎゅっとしますが、不機嫌を撒き散らしているときは、
「私に不機嫌をぶつけられて嫌です。」
と、私が嫌な気持ちになっていることを伝えるようにしています。
そして、
「不機嫌な気持ちでいることは、悪いことじゃないから、少し離れたところにいって、一人で静かにしておいてください。落ち着いたら話を聞きます。」
と伝えます。
また、
「私が今、たてこんでいるので、あとにしてほしい。」
とお願いすることもあります。
(昨日は夕食準備の最後の一番たてこんで集中して取り組んでいるときに、あやとりがいつものようにできないとわめきちらしておりました。「今、それ?」って感じなのですが、彼は自分のことしか見えていないので、こちらの状況を説明して、「あやとり、今、しなくてもいいやろ。」と。)


ソーシャルスキルトレーニングというやつです。


学校でも、感情のコントロールが難しい子によく使う方法。
「いったん落ち着かせてから話を聞く。」


いい行動が増えるように、いい行動をとったときに、その行動が嬉しいということを伝えていくというやり方もあります。


専門機関と一緒に子育てされているお子さんを担任させていただいた時に、私も一緒にたくさん学ばせていただきました。
それをわが子で使っています。


実際、とってもしんどいです。
専門機関と一緒に子育てされているお母さんたち、ほんとにがんばっておられたんだなぁ、と、今、よく分かります。
専門機関で言われたことを呪文のように唱えておられたお母さんもおられて、その気持ち、すごく分かる。


早期発見が大切と言われるけど、発達って薬を飲んで直すたぐいのことではなく、その子にあった関わり方を探りながら実践していくこと。
家庭の協力が一番だいじになってきます。
(薬を使っておられることもありましたが、衝動をおさえるって感じでした。衝動が抑えられている時に正しい行動を身に付けていくというもので、結局、適切な行動を身に付けていくことが一番大切です。)


昨日は、長男くん、疲れていたのか、ものすごくひどくて、私も、ものすごく消耗しました。
自分の感情のコントロールって、すごく難しいんだな、と、思います。


帰ってきた夫に、私がしんどかったことを伝えました。
夫は、とりあえず、私の気持ちがおさまるまで聞いてくれる。
鎮火のプロ。
たぶん、そこで、私の育て方が悪いからそうなってるんだ、と、いう言い方されたら、
「じゃあ、あんたがやってみいよ。」
って、怒りやしんどさの矛先が夫に向かうんだろうな。

長男の難しさは、共通理解できているから、
「しんどかったなぁ。」
と言ってくれる。
それだけで、救われる。


長男のソーシャルスキルに大きな課題を感じたのが仕事を辞めた一番の理由なわけだけれど、それにしても昨日はしんどかった。
(たぶん、彼も疲れていたのだろう。)
ソーシャルスキルに課題があるお子さんに関わらせていただいた中で培ってきたスキルがあってよかったぁと心から思った。


家庭でソーシャルスキルを身に付けさせようと意気込んでいるわけではなく、家庭が過ごすみんなにとって安心安全な場であるように作っていくことを基本にしています。
お母さんだけが我慢してみんなを思いやって過ごすのは私は間違っていると思っているから。
我慢って感じるところは、人それぞれなんでしょうけどね。
(読書会でしゃべってると、価値観がそれぞれで面白いですもの。)


昨日は、久々に長男との格闘。
ずいぶん減っていますが、まあ大変なんですよ。
ふふ。


No.860