1979年12月15日に公開された「ルパン三世」の劇場版2作目のデジタルリマスター版です。

 日本のアニメが世界展開されて久しいですが、1970年代から新作が作られつづけているキラー・コンテンツといえば、「ルパン三世」と「機動戦士ガンダム」です。どちらもテレビ・シリーズの初回放送時には視聴率が振るわずコケました。それは「宇宙戦艦ヤマト」もおなじで、どれも再放送を繰り返しているうちに人気が沸騰し、劇場版が大ヒットとなりました。

 こと「宇宙戦艦ヤマト」のヒットは日本にアニメ・ブームを起こした作品として知られています。

「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版1作目が公開されたのが1977年8月6日、翌年の1978年2月25日には「未知との遭遇」、同年7月1日に「スター・ウォーズ」が日本で公開され、1979年7月21日に「エイリアン」が日本公開される頃には、宇宙を舞台にしたSF作品のブームが大きな現象になっていました。これに呼応するようにテレビアニメでも松本零士作品がヒットし、「銀河鉄道999」の劇場版が1979年8月4日に公開されて大ヒットしているなかで、「ルパン三世 カリオストロの城」は公開されたわけです。
 1978年12月16日に公開されてヒットした「ルパン三世」の劇場版1作目は、クローン人間を扱ったSFタッチで世相にマッチしていましたが、SFブーム真っ只中で、いわゆるジブリ・アニメのテイストである本作は興行的にはコケてしまいます。
 ところが、これもまたテレビでの再放映が繰り返されている中で、再評価が行われつづけ、宮崎駿監督が5年後の1984年にディストピアの未来を舞台にしたSFアニメ映画「風の谷のナウシカ」を公開する頃には名作としての評価が定着していました。
 ちなみに「機動戦士ガンダム」の劇場版3部作が公開されたのは1981年から1982年なので、売れるアニメ作品といえばSFという時代です。

「ルパン三世」のテレビシリーズは、1971年10月24日から放送が開始されました。

 藤子アニメやムーミンで知られる大隅正秋の演出で、劇画路線の大人向けアニメとしてスタートしましたが、そのダークなイメージがお茶の間にそぐわず視聴率は伸び悩みます。
 そこで1968年に「太陽の王子 ホルスの大冒険」を制作した高畑勲と宮崎駿に白羽の矢が立ち、第7話からAプロダクション演出グループ名義で急ハンドル的に路線変更が行われます。
 作品がもつハードボイルドなイメージは払拭され、明るく楽しいルパン一家の活躍が描かれる冒険活劇となりました。巨大ロボットは出ませんが、タイムマシンくらいは登場します。
 その後、ふたりは日本アニメーションに移籍して「アルプスの少女ハイジ」や「母をたずねて三千里」を成功させ、高畑勲は「赤毛のアン」で演出を確立し、宮崎駿は1978年に「未来少年コナン」全26話を天才的創造力で完成させます。

 便宜上、この第1シリーズは、後半から宮崎ルパンになったとされていますが、実際は全23本のうち15本を制作していますので、私の印象では、ほとんど宮崎ルパンです。
 65パーセントが宮崎ルパンだったことが再放送でブレイクした要因と思うのですが、皮肉なことに現在、ルパン・ファンの間で人気のエピソードは第1話~第9話までの大隅ルパンが圧倒的です。そのため、いわゆるテレビSP版は第2シリーズ路線が踏襲されつづけていますが、2012年以降のテレビシリーズは大隅ルパンのテイストが色濃く反映されています。

 前述の通り、「宇宙戦艦ヤマト」でSFブーム・アニメ・ブームが巻き起こっていましたが、再放送で人気が安定した「ルパン三世」は新シリーズの制作が決定し、1977年10月3日より放送が開始されます。
 ここに宮崎駿は関与していませんが、シリーズは明るく楽しいAプロ路線で、時々シリアスなエピソードが心に突き刺さる大ヒット・アニメとなり、全155話という長期シリーズになっただけではなく、現在もつづく国民的コンテンツへと昇華されました。
 私が子供の頃は、夕方に再放送、19時から本放送と1日に2回見られた時期もあったのを覚えています。

 今でこそ、人気テレビアニメのオリジナル長編劇場版が制作されるのは定番ですが、この頃は永井豪アニメなどで中編作品があったくらいで、長編新作は珍しかったのではないでしょうか。「宇宙戦艦ヤマト」も「機動戦士ガンダム」もテレビシリーズのダイジェスト版ですし、「銀河鉄道999」はリメイクなので、当時としては画期的だったように思います。
 新テレビシリーズの第61話、第62話が放送される頃に1作目が劇場公開されました。そして1年後に本作が公開されました。テレビシリーズでは第113話、第114話が放送された頃です。

 一般的にはSFブームに圧倒されたという見解ですが、テレビでは安定した視聴率であったにも関わらず、興行が振るわなかったのはやはり不思議です。

 私は1作目がダークな大隅ルパンの路線で作られた為、劇場版はファミリー向きではないと敬遠されたのではないかと思っています。
 それでも劇場に足を運んだ親子は感動しただろうし、アニメ・ファンも大絶賛をして、キネマ旬報では54位に選出され、読者選出ではなんと15位という当時のアニメ映画としては相当な高評価を得ました。

 本作が名画なのは、天才宮崎駿監督の劇場作品の1作目ということに尽きます。

 若き宮崎監督の作家性が微に入り細に入り追及されています。

 舞台はカリオストロ公国という架空のヨーロッパ小国ですが、この国の歴史から、地形、カリオストロ城の建築構造など細部に渡って、設定が作りこまれています。
 城への侵入経路は唯一、ローマ水道橋となっています。水道橋は山側の湖から時計塔を中継して城内に水を組み入れるシステムなのですが、ここでアクアラングを装着したルパンと次元が水中から侵入を試みる様子はスパイ・アクション的ですし、その後のコミカルな展開も抜群なのですが、実はそもそもこのローマ水道橋が大オチのローマ遺跡の伏線になっているというプロット構造には感服します。

 旧テレビシリーズのテコ入れの際に、大きく設定が変更されたひとつにルパンの愛車があります。

 ルパンはメルセデス・ベンツSSKというクラシックカーに乗車していて、これは新シリーズで復活しましたので、今となっては定番アイテムですが、これをフィアット500という小さな車に変更しました。
 チョロQのような車にして、カーアクションの自由度をあげたというのが変更理由ですが、本作冒頭のカーチェイスはまさに、この作品を名作と言わしめる名シーンとなっています。
 スラップスティックな動きと、破壊されていく表現のリアリティと、エンジンやシャフトの描き込みの説得力は、まさに子供も大人も心を躍らされます。

 また、本作のルパン三世が他の作品と大きく異なることに、そのキャラクター造形にあります。

 どの作品のルパン三世よりも優しいヒーローであるのは、宮崎監督が中年ルパンという設定にしたからです。
 確かにシナリオ的には全盛期を過ぎた、いささか落ち着きすぎた感がありますが、映像を見ている限り、このルパンに中年を想起するひとはいないのではないでしょうか。
 現在のアニメ作品のようなキャラクターデザインのクレジットがないので、おそらく宮崎監督がラフなデザインをして、作画監督の大塚康生が起こしているのだと思いますが、時々もとの顔が完全に失われるくらい表情が豊かなルパンの顔からは「老い」を感じられません。
 それどころかむしろ、テレビの新シリーズよりも若々しいくらいです。

 本作が公開されてから、今回の4K版のリバイバル上映までに40年以上が経過しており、まさに映画そのものが中年の域です。私は小学生の頃から何度この作品を見たかわかりませんが、この10年は見た記憶がないので、かなり久しぶりに、しかも劇場で再見してみて新たに気づかされることが多かったです。
 ひとつはルパンが幽閉されているクラリスと再会し、彼女を励ますシーンで泣けてしまったことです。泣ける映画という認識はまったくなかったのですが、ルパンよりもクラリスに感情移入してしまうのかもしれません。

 そしてもうひとつが「未来少年コナン」との類似点です。

「未来少年コナン」は「映像研には手を出すな!」のヒットで大きく再評価される機会に恵まれた昭和のアニメです。
 1978年にNHKが制作放送した初のアニメ作品で、一応は1970年代にアメリカで刊行されたアレグザンダー・ケイのSF小説が原作となっていますが、自由に翻案してよいということで宮崎駿が完全に別のストーリーとキャラクター、メカニックデザインをして制作された結果的には宮崎駿のオリジナル作品です。
 戦争で荒廃した未来で小島で暮らす少年が少女を救うために奮闘する物語ですが、主人公コナンの超人的な身体能力で、大人たちどころか武装兵たちをも凌駕していくアクションが痛快で、これもまた子供の頃に何度見たかわかりません。

 この「未来少年コナン」と「ルパン三世 カリオストロの城」には共通点が多くみられました。

 屋根を飛び超えたり、素手で塔をのぼるルパンの身体能力や、その表情の豊かさはコナンそのものです。中年ルパンとしながらも、むしろ若々しく見えるのは、そこにコナンの少年性がはっきりとうかがえるからです。

 クラリスのキャラクターは昨今のアクション作品では見られない令嬢タイプで、控えめではあるけれど気丈というヒロイン像で描かれ、これは「未来少年コナン」のヒロイン、ラナと重なります。
 自分のために奮闘する主人公のために身を投げうつ展開も、高い塔に幽閉されていることも、ディランが執着するところもおなじです。

 仲間たちは利害関係ではなく、友情から主人公に協力します。峰不二子は明確な目的をもって関わっていますが、それでもルパンに協力するのはクラリスへの同情からです。

 囚われの姫を助けるヒーローは、グリム童話の「眠れる森の美女」など古くからあるヒーロー譚の基本形です。昨今はヒロイン自ら闘うようになったので、救出劇は描かれなくなりましたが、当時は「スター・ウォーズ」や「ドンキーコング」など、まだまだヒーロー譚の定番でした。

 そして、根底にあるブルジョア批判。「未来少年コナン」は地下の労働者など明確に描かれていますが、「ルパン三世 カリオストロの城」でも、カリオストロ公国は伯爵が私欲を肥やす独裁国といった設定がとられています。偽札で国際社会を混乱させるとっかかりも資本社会への警鐘が感じられ、当時の宮崎監督の政治思想が反映されています。

「ルパン三世」と「未来少年コナン」は完全にタイプの異なる作品ですが、「ルパン三世 カリオストロの城」については「未来少年コナン」の姉妹作品というのが今回の感想でした。

 それにしても、100分の上映時間において、一瞬のだれ場もなく、アクションとコメディのバランス加減が絶妙で、シリアスなシーンでは泣かされるという、まさに傑作映画です。

 冒頭のカーチェイス、屋根を駆け降りる際の重心移動、記憶が曖昧な状態から正気に戻るところをセリフではなく、目の表情だけで表現する演出、車、汽船、オートジャイロといったクラシカルなメカなどなど、なんとなくで描かれている要素はひとつもない情報の密度など、この作品が後世のアニメーターの教科書になったというのもうなずけます。

 昨今はデジタルリマスター版が多く制作されていますが、その目的のひとつは保存性にあります。フィルムは倉庫で保管しておいても、経年劣化を起こしますので、名作をデジタライズして、色などの遜色を回避しようというものです。
 但し、デジタルにはフォーマットがあるので、どのフォーマットで行うのがベストなのかという問題があります。35mmフィルムは相当に情報が多いので、いわゆるハイビジョンであるHDや、フルハイビジョンの2Kで充分なのかということがあったのですが、4K、8Kというフォーマットが登場し、35mmフィルムの特性が生かされることが証明されたことと、フィルムに付着した汚れや、アニメの場合、埃が映り込んでいることがあるのですが、これを1コマずつ手作業をで除去していたものが、AIの開発で、ある程度はオートで除去できるようになったことも4K化を大きく躍進させました。
 上映版は7.1chの立体音響化がなされていますが、こちらもデジタルリマスターで音質が向上していまして、特に主題歌の「炎のたからもの」は音の分離が目覚ましく、自宅のテレビで見ている印象が強いこともありますが、その音の良さに感動しました。

 アニメ映画は、まず映像が完成して、その映像を見ながら声優は演技を考え、そして作曲家は劇伴を制作します。
 山田康雄がこれまでのアニメ作品とは一線を画す作画に感動したというエピソードは有名ですが、おそらく作曲家の大野雄二も相当に感動したのではないでしょうか。

 この作品の劇伴はかなり気合が入っています。

 最初のクラリス奪還シーンの「サンバ・テンペラード」はその後人気曲となりますし、結婚式でのクラシック曲もレコード音源を流用するのが一般的にも関わらず、新録されていますし、ローマ遺跡のシーンの大仰なサウンドにも、このシーンで観客を圧倒させようという気合が感じられます。テーマソングがビブラフォーンが主旋律を奏でるジャズ・ヴァージョンになったのは偶然と思いますが、都市ではなく山岳地帯を舞台にしている背景と、モダン・ジャズのクラシカルな響きがマッチしています。

 制作体制はかなり悪く、宮崎駿が得意とするオートジャイロでの空中戦は大幅にカットを余儀なくされたということですし、最終パートは作業の簡略化が求められたとのことですが、そういったことを一切感じさせない日本アニメにおける名画です。