幕末の藩士が時代劇の撮影所にタイムリープして、斬られ役として身を立てるという自主製作映画です。
自主製作映画ということで、メディアでは「カメラを止めるな!」を引き合いに出されていますが、素人色の強かった「カメラを止めるな!」に対して本作はプロの俳優、一部それなりに有名な俳優も出演しています。
但し、スタッフは10名ということらしく、ヒロインを演じている沙倉ゆうのは虚実共に助監督でした。
タイムリープものは数多く制作されていて、昨今ではドラマシリーズでの大ヒットもありましたが、昭和の時代はタイムスリップという言葉が使用されていました。
本作は時代劇がテーマであることからあえて「タイムスリッパー」という 20世紀のSF
用語がタイトルに起用されているのではないでしょうか。
シナリオがとても良いです。
江戸と東京はおなじ国とは思えない程、激変しているので、約150年前の侍から見たら、別の惑星に迷い込んだくらいの衝撃と思いますが、それを太秦のような江戸時代のオープンセットが入口になることで、ファースト・インパクトを巧みに和らげて、展開をスムーズにしています。
時代劇の撮影にひとりだけ本物が紛れ込んでいるという着想も良いです。2000年のアメリカ映画「シャドウ・オブ・ヴァンパイア」は、1922年にF・W・ムルナウ監督が「吸血鬼
ノスフェラトゥ」を撮影するという実話に基づいた設定ですが、実は吸血鬼が本物だった為、とてつもなく迫力があったというコメディです。
三谷幸喜の「マジックアワー」は逆にひとりだけ役者だったという設定ですが、いずれも喜劇として盤石な設定と思います。
幕末の志士は見方を変えれば革命家、もしくはテロリストですが、日本の現状を憂いた若者が未来を変えるために命を懸けて戦った武士や浪人たちです。主人公は会津藩士なので、幕府側の武士ですが、その武士が21世紀の日本を受け入れた際に、こんな豊かな国になったのかと涙ぐむシーンが印象的です。
未来世界へ行く作品も多いですが、ほとんどがこんなに変わって、とても便利だなという印象なのは、それがテクノロジーの進化にフォーカスしているからです。
では未来人の心は豊かなのか、100年前の人々とたいして変わらないのか、そういった時代を経たひとの精神性に言及していることも歴史を参照する上で実はとても重要な観点です。
その延長線で、会津藩士として生き残ってしまったことへのけじめへと向き合い、そのことが衰退していく時代劇とリンクしていきます。
真田広之がエミー賞の授賞式で時代劇の継承に言及していましたが、日本のエンタメ・コンテンツとして絶対的な支持を得ていた時代劇が平成になって急激に衰退しました。地上波テレビで新作時代劇を放送しているのはNHKくらいではないでしょうか。
2021年公開の「サマーフィルムにのって」も時代劇の衰退をテーマにした青春映画でした。こちらは高校の映画部の学生が、昭和40~50年代に製作された「座頭市」をバイブルにわずかな人数で時代劇の自主映画を撮影する物語です。
主演の伊藤万理華はダンスが達者なためか殺陣のキレが良く、ラストカットが恰好良かったです。
本作も殺陣師たちが大きくクローズアップされ、実在の殺陣師をモデルにアクション演技の技術を追求しますが、本物の武士故に真剣で向き合いたいとなり、クライマックスへと向かっていきます。
時代劇が製作されなくなることで失われるのは、こうした製作陣によるノウハウです。
日常生活を洋服で過ごしている俳優は着物での所作や着付け、帯の結び方などを勉強しなければ知ることはありません。
大道具、小道具もすべて現代では使用されていないものばかりですから、屋敷や長屋の間取りや、煙管や火鉢などの扱い方など、これまた知らないこと、わからないことだらけで、こういったありとあらゆるノウハウが失われていくことで、予算があったところで昭和の頃のような時代劇は製作できなくなってしまいます。
三谷幸喜脚本の大河ドラマ「新選組!」でセリフが現代劇調になったことは当時かなりの物議を醸しましたが、その後踏襲されるようになり、「光る君へ」では「源氏物語」の朗読シーンはすべて現代語訳でした。
表現は自由なので、現代調に翻案されることが間違っているとはいえません。歌舞伎において「ワンピース」や「風の谷のナウシカ」が上演されるように、新作を作りながら古典を残していくことに伝統があるわけですから、昭和の時代劇の様式美も残ったら良いのになとは思います。
京都に行くと、時代劇撮影用に行政が風景を現存させている地域がありますが、そもそも江戸時代やましてやそれよりも昔を表現できる風景は国土の狭い日本では現存することが困難と思います。
それでも本作のように侍がそこにいるような作品が制作されればと思いますが、ショウビズは観客の支持ありきなので、10年後にはどのようなになっているのかなと思わされました。
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