鍼灸・セラピー いやしろ タオのつぶやき ーうつ病からの脱出ー -33ページ目
今回はそれぞれの薬の問題点というテーマでお伝えします。
著書『心の病に薬はいらない!』から下記抜粋します。
薬の副作用について
ここでは薬それぞれの副作用、依存性、禁断症状、後遺症について簡単に述べます。
まず副作用と禁断症状と後遺症について簡単に定義しますが、これらは本来、確実な定義があるわけではありません。そもそも副作用という言葉を使っていますが、これも見方を変えれば作用の一つにすぎません。医療側の都合によって分けているだけです。
副作用は「飲んでいる間に出ている不都合な作用」の総称とお考えください。そして禁断症状は字のごとく「薬をやめたり減らしたことによる短期的な症状」のこと。後遺症とは「薬をやめたり減らしたことによる長期的もしくは永続的な症状」のことです。ここで禁断症状と後遺症の明確な境目の定義はありません。そのような定義を医学界は明確にしていないからです。
私は便宜上1カ月以内の主要な症状を禁断症状と呼んでいます。それ以後残っていく症状は後遺症と呼んでいます。この呼び方は絶対ではなく、私流であることをご理解ください。
まずメジャートランキライザーですが、この依存や後遺症と、ベンゾジアゼピン系(以下、ベンゾ系)向精神薬や抗うつ薬のそれは明らかに違います。薬の内容が違うので当然ですが、メジャートランキライザーを飲んでその後に抜いたときは、まさに統合失調症同様の禁断症状が出ることが多いです。
ここでの一番の問題は、元は幻覚や強い妄想、支離滅裂性がなかったのに、飲んでからそういった症状が出るということです。これは逆説的にドーパミン理論を支持しているので皮肉なことですが、抑えられていた他の脳ホルモンの生理的反動である可能性もあります。
このことを示す仮説(ここでもまた仮説です)がアップレギュレーションです。アップレギュレーションとは投薬された影響による「受容体の増加」のことです。メジャートランキライザーは受容体を塞いでしまう存在であり、それが続けられると脳内は受容体(受け手)を増やして対応しようとするわけです。その後減薬したり断薬したりするとドーパミン機能などが相対的に上昇し、統合失調症同様の症状(幻覚、妄想など)が誘発されるわけです。これはいまだ仮説の域ですが、臨床上は理解しやすい概念とされています。
他にメジャートランキライザーの副作用として有名なのが錐体外路症状です。これにはパーキンソニズム、アカシジア、ジスキネジア、ジストニアなどがあります。
詳しくは専門書をご覧いただきたいのですが、簡単に分けると以下のとおりです。
・パーキンソニズム(安静時の振戦、筋強剛、無動など。小刻み歩行などの歩行異常、前傾姿勢、仮面様顔貌などが見られる)
・アカシジア(ソワソワ落ち着かない、動き回りたくなる、貧乏ゆすり)
・ジスキネジア(口周辺や舌の異常な運動、舌のもつれ、手足が勝手に動く)
・ジンストニア(顔や首の強いこわばり、首がそり返る、ひきつけ、けいれん、目が正面を向かない、目の玉がクルクル回る、眼球上転)
その他にも出る副作用として糖尿病、体重増加、性欲の低下、記憶障害、虫歯や歯周炎、人格変化、退行などさまざまなものがあります。これらがどれくらい残るかどうかは人それぞれであり、今のところ明確な法則は見つかっていないと思います。
またメジャートランキライザーのほうが抗うつ薬に比べ自傷率は少ない気がしますが、これも私の主観であることはご理解ください。ある意味何も考えなくさせる鎮静薬ですから、自傷率が下がるのは当然かもしれませんが、それはロボットにしているのと同じであることを理解できるかどうかが重要です。
抗うつ薬で恐ろしい副作用は躁転やアクチべーションシンドロームです。要するにハイテンションにさせる作用が強いアッパータイプの薬ですから、そのような問題を起こすのは当然でもあります。
また依存性にも問題があるのですが、あまり知られていない後遺症として認知障害があります。この認知障害が世に出回っている情報よりも強力なのです。抗うつ薬はハイテンションにするだけでなく、強迫性(こうでないといけない、ああでないといけないなど) の観念に働きかけるとされています。だから精神医学の教科書では、強迫性障害に抗うつ薬を処方すると書いているのです。
しかしそれはつまり強迫性を薄めるわけですから、飲み続けるだけでどんどん「ちゃらんぽらん人間」になってしまうということです。それがさらに続けば、自分が何をすべきか、何をやったらいいのかよくわからないといった状態になります。記憶しなければいけないことが記憶できないとか、やらないといけないことがわからないという話をたくさん聞いてきました。
これはメジャートランキライザーからくる認知障害とは中身が違います。メジャートランキライザーを飲み続けると、まるで知的障害や老人の認知症のようになっていく印象があります。それに比して抗うつ薬は正気は保たれているのですが、いろいろなことが「できなくなる」のです。減らしたときの禁断症状として、自傷行為、他害行為が最も怖いものです。また食欲低下、頭痛、筋肉痛、フワフワ感やめまい、無力感などが見られます。その他も多くの症状が見られ、人により千差万別なのはすべての薬に共通した内容です。
以上、抜粋終わり
薬による副作用や禁断症状は、
複雑でわかりにくいかもしれませんが、
上記を参考にしてください。
引用元:うつ病からの脱出ーそれぞれの薬の問題点 1ー
今回は当事者家族や当事者に近い人間としての考え方というテーマでお伝えします。
著書『心の病に薬はいらない!』から下記抜粋します。
あなたの大切な人を薬害から救うための心構え
最も重要なことは、薬を飲んでいる患者、飲まされている当事者が一番正しいのだということを理解できるかどうかでしょう。他にも考えるべきことはたくさんあるのですが、これを提示するだけで多くの家族や周囲の人間たちは、不平不満を述べることが多いです。実際に、当事者によって家族に迷惑と思われること、悪いケースとしては家族に暴力をふるうなども散見されます。それなのにこのようなことを考えられるはずもない、というのが正直なところでしょう。
また、ある程度理解できたとしても悪いのは処方した精神科医ではないか、と考える人は少なくありません。もちろん一番悪いのは精神科医であること、これは私も認めますが、それを逃げ道にすることはよくありません。なぜなら、家族や周囲の人間が抱えている深層心理に気づくことができないからです。
当事者が自ら精神科に受診することと、たとえよかれと思っても家族が精神科を受診させることはまったく意味が違います。当事者が自ら精神科の門をたたき、自ら通いたがる人の場合は第6章のような考え方が芽生えないかぎり、決して向精神薬をやめることはできないでしょう。
それに比して家族によって連れて行かれた当事者、家族によっておかしいと決められ受診を勧められた当事者はまったく質が違います。そのようなケースの場合、ほとんどが自分は薬を飲まず他人に薬を飲ませ、当事者をコントロールすることを意識しています。薬物を飲ませて人の心を解決しようという発想は、それがどれほどの問題行動であれ、周囲の思いやりからきているのであれ、それは支配にすぎず虐待であることを認識できなければ、物事が先に進むことはないのです。
これは薬物をどのようにして抜くかという具体的手法以前の問題です。本当に心配している家族なら、元々精神科になど受診させはしないものなのです。この意見は当事者の中では根強いですが、家族会を主として、彼らにとっては自分たちの正当性が崩れるため決して認めることはありません。
もしあなたが家族や周囲の人間であり、本当に当事者から薬を抜きたいと思うのなら、家族会と同様の感覚を捨てることから始めることです。本当に家族が勉強して、世界背景も人間とは何かも理解しようと努力し、そして家族愛があるというのなら、「そのような結果」には決して陥らないのです。
もし当事者が家族を恨んでいるのなら、どんなにうまく向精神薬を抜いたところで意味はありません。必ずどこかの時点で家族に襲いかかります。暴力をふるったり、暴言を吐いたりするということです。それはそうすべき理由があるからで、当たり前であることを家族が理解しないかぎり消えることはありません。
まず、なぜ当事者の精神がそうなったのか、原因を考えてください。そしてそれを取り除くためには何をすればいいかを考えてください。目先の行動に左右されてはいけません。どのような行動、どのような症状にも理由が存在するのですから。
大切な人を本当に思うなら・・・
次に強い禁断症状が当事者に出たと仮定します。薬剤性であれば時間が経てば必ず落ち着きますが、どれくらいの期間になるのか通常わかりません。1日2日でだいぶ落ち着く人もいますし、2カ月3カ月似たような症状が続くこともあります。
それに対してあらかじめ対処してあげよう、薬を抜くまで決して誰にも頼らないという意識がないのなら、最初から家族が向精神薬を抜くことなどやめるべきです。もちろんその間の対処は大変でしょうが、本当に家族を愛しているなら不可能ではないはずです。
私はもし家族がこのようになったら、山奥の別荘でも借りて一緒に住みます。仕事は必要ならもちろん辞め、有給休暇があるなら3カ月くらいの休みをもらい、借金をしてでもやります。
しかし私は患者さんにはこんなことはしません。これをやる資格、責任、義務があるのは家族や伴侶以外にはないからです。
「私たちは真面目です」とか「私たちは本気です」という言葉を、家族はよく並べます。 しかし私はその人たちが本当に「真面目」だとか、「本気」だと思ったことはほとんどありません。そもそも本気であればそのような状況にはなっていないはずですし、質問する前に薬のことも精神疾患のことも、自分で調べることが可能な世の中なのです。
たとえばあなたに3歳の子どもがいるとして、その子が白血病になったとき、親や家族は何をするかという問いに家族がどう答えるかです。本当に本気の親なら、抗がん剤などというものはすべて丸暗記していて当たり前です。もちろん専門職であろうとなかろうと関係ありません。
3歳の子どもが無菌室で苦しい目にあっているのに、薬の知識もなく医師に丸投げしている親が親と呼べるでしょうか?
もちろん本気の親であれば、どこの病院が優れた抗がん剤の成績を出しているかも徹底的に調べますし、そもそも3歳の子どもに抗がん剤を投与して本当にいいのかどうかを調べるでしょう。そこには専門家を信じようなどという発想は存在しません。専門家は利用すべき存在であり、3歳の無力な子どもを守る人間は、親でしかないことを自覚しているのです。専門家とやらを自称する輩が、本当に専門家かどうか常に見極めようとします。
しかし精神科や薬害問題の場合、同じ行動をとる人間はほとんど見られません。「私たちは専門家じゃないのでわからない」「私たちは専門家の先生に頼るしかない」。それが被害を拡大させたことも、その状況をまねいたことも自覚しないのです。
ですからもしあなたが本気で当事者を助けたいというのなら、自分の中に巣食っているこれらの観念をすべて自覚して捨ててください。繰り返しますがそこに微塵でも正当化が入るなら、最初から向精神薬を抜こうとすることなどやめることです。
以上、抜粋終わり
断薬の道は決して楽ではありません。
強い意志の力が必要です。
上記はそのための参考にしてください。
引用元:うつ病からの脱出ー当事者家族や当事者に近い人間としての考え方・・・
今回は当事者(患者)としての考え方というテーマでお伝えします。
著書『心の病に薬はいらない!』から下記抜粋します。
言い訳を正当化しない
「心から自発的であるなら千もの方法を見つけるだろう、しかしやる気がないならば千もの言い訳を見つけることになるだろう」
(ボルネオの奥地に住むマライ系種族のダヤク族のことわざ)
嘘をついたり言い訳や正当化ばかりしていると、自分の精神はどんどん悪い方向に流されていきます。それがダメだと本心では自覚しているのに、他者と接するときにそれを認めることができず、ジレンマを抱え続けるのですから当然です。
だから精神的に健康でいたいなら、嘘や言い訳や正当化をやめることが第一です。
「しょうがない」
「専門じゃない」
「調べ方がわからない」
「何を信じればいいのかわからない」
これらはすでに嘘を許容し、言い訳や正当化に完全に陥っている状態です。自分や自分の家族のことがかかっているのに、こんな言葉を並べるなど本気で取り組んでいると言えるでしょうか?
調べ方がわからないなら、初歩から全部調べるくらいの覚悟が必要です。ネットができないならネットの使い方を覚えるか、図書館に行って徹底的に探せばすむことです。何を信じればいいかわかるところまで自分の知識を高める覚悟がなければ、向精神薬から抜け出すことなどできるはずがありません。専門でないなら専門レベルまで自分で勉強することです。
この世に「しょうがない」なんてことは存在しない、必ず解決策はあることをまず理解しましょう。
・基礎中の基礎として、自分の体は清潔に保ち、十分な栄養を補給し、適度な運動をし、必要な休息をとる。
・家族に対しては、伴侶を尊敬し、性的に不誠実なことをせず、子どもを愛情を持って育てる。
・社会に対しては、約束を守り、嘘をつかず、地球を大切にする。
・思想としては、自分の責任を自覚する。因果や原因を理解、追求する。有能でいる(見て、学び、勉強する)。言い訳や正当化をしない。
まずはこれが基本です。
現代人にとって健康でないことは当たり前
次に向精神薬の断薬症候群を認識できるようになることが重要です。精神疾患の再発であるとか、双極性障害のうつ病や発達障害の二次障害や、統合失調症の再発などと判断することは、何も理解していないのと同じことです。元の症状とよく見比べるのが基本であり、通院後から発生してきた症状は、すべて薬側の問題であると認識できなければ、向精神薬から離脱することはできません。
重要なことは「人に理解してほしい」という願望を取り払うことです。これは当事者にはとても受け入れがたいことかもしれません。しかしこの願望はすぐに依存を呼び起こします。たとえそれが向精神薬依存でなくても、何らかのものに依存してしまう思想なのです。「人に理解してほしい」という願望は誰でも持ちうるものですが、世の中においてはなかなか得られないものであり、それを得ようとすればするほど病的状態に陥っていくことを理解しましょう。
子どもは何かあったとき、必ず親に聞いてほしいと思い発言します。まさに向精神薬は人間に幼児退行を促す物質なのです。人に理解してほしいと願う人ほどに、人を理解しようと試みることはない、そのように考えます。
そして理解してほしいと考える人々は、事実ではなく自己の都合を元に理解を深めさせようと努力します。それはつまり人をコントロールしようという統制概念が、根底にあるからにはかなりません。
よって、あなたが自分の心を強くしたいと願うなら、人に理解されたいという願望を強く打ち消すことです。それは主張するなということではありません。理解しあえる人は多くの説明がなくても理解できますし、どこまで説明しても理解できない人もいるのです。
次に重要なのは健康を求めることをやめることです。これもまたみなさんには突飛な考えにうつるでしょう。しかしこれば絶対に理解しなければならない思考法です。現代人にとって健康でないことは、人間として当然であるという考え方を持てるかどうかは、精神科から卒業できるかどうかに直結してきます。人間は常に不調を感じ、愚痴をこぼし、その不調とつき合いながら自然に生き死んでいくものであることを念頭に置くことが重要です。
健康であることが、体に何ら症状がないことだと考えている人が多いのですか、これが精神医療産業への洗脳、医療産業に引っかかる土壌を生み出します。
その症状、特に精神症状はあなたのセンサーそのものであり、生きている証明であり、当然の結果なのです。不安、うつ、強迫観念、さらには精神的に「狂う」ことさえ生きるうえでは必須なのです。そして本来治療の目的は病院を卒業することにあり、その不調が自然であると悟ることにこそあります。
薬物からの脱却とはつまるところ苦痛の克服であり、他力本願で人に選択を任せているかぎりうまくいくことはありません。常に自分で考え、自分で選択し、自分でやろうとする気持ちを持つからこそ、向精神薬からも離脱できることを忘れないでください。
以上、抜粋終わり
うつ病からの脱出にあたって、
断薬するには、
自己責任で行動し、
人任せにしない。
言い訳しない。
ということが大事です。
なぜならそれはあなた自身の人生なのですから。
引用元:うつ病からの脱出ー当事者(患者)としての考え方ー

