何年も前に、姓名判断をうけたことがある。






「病気とかしないで長生きするよ」






当時は嬉しかった。






ついこの前も長生きするよと言われた。






今は嬉しくない。






こんな辛い気持ちを持ったまま生きてるのは、今の私にはしんどい以外の感情が思いつかない。

まだ、寿命を全うして娘に会いたいというふうにどうしても思えない。

今は、一年、一日、一分一秒でも早く会いたいと思っている。

でも、今日も朝起きて生きてる…。

自分じゃどうすることもできない苦しさをかかえたまま、また一日が始まる。


あの時の私は何日もパニック状態だった。






私は普段はそんなには会わないけど、ランチに行く友達と幼馴染みに連絡をして娘が亡くなったこと。死因を伝えた。

今思えば別にわざわざ伝える必要はなかったんだと思う。だけど、事実を伝えた。

あの時の私はたぶん






これから先はもう私には連絡しないでほしい。







そんな、意味も含まれてたんだと思うような気がする。

それに、知らせていなくて相手から連絡がきたときに、今まで通り返信できる気がしなかった。

あの時は自分の心がこれ以上粉々にならないようにした行動だったのかなと思う。


最初の数ヶ月は





いつもある洗濯物がないのが辛くて泣く。


ご飯1人分少ないことに泣く。


いつも、いる時には閉まってる部屋の扉が開きっぱなしなことに泣く。


帰ってくる時間に鍵を開ける音がしないことに泣く。


お風呂に入って、たまに一緒に入ってた思い出が溢れだし、いないことに泣く。


娘の足音とドライヤーの時の歌声が聞こえなくて泣く。






他にも、あるのが当たり前だった姿、音、匂い、聞こえない声に辛くて泣いた。






半年以上過ぎ、辛さは変わらない。

だけど、泣くことが少なくなった。

辛い気持ちを他人には隠して、笑えるようになったこと。

元気なフリをして日々生きてること。

自分自身現実を受け入れてるからなんだろうなぁと…。






だけどこんな、辛い現実に慣れたくない自分もいる。

生きていくのって難しいな。