中央通りのトチの木の並木は、すっかり赤や黄色に紅葉して、横断歩道を渡ったときに道の真ん中で空を見上げたら、こんもりといたオレンジ色の並木の間から真っ青な空が見えて、タケルはすっと胸が透き通るような気分になった。
午前中、参考書を買いに街中の本屋に出かけていたタケルは、祐輔と森若県民会館の前で待ち合わせて、二人で自転車を押しながらなんとなく歩いて、そのまま那珂津川にかかる橋を渡っていた。
「タケル、下、見てみろよ」
橋の途中で祐輔にそう言われて、タケルは橋の下をのぞいた。透明に澄んだせせらぎに、太陽の光がキラキラと乱反射している。鏡のように街の風景が映り込みそうなほど、いつ見てもきれいな流れだ。
「!?」
その流れの中に、上流へ向かって川をさかのぼる何匹もの魚の姿があるのにタケルは気付いた。
「あれ……何?いっぱいいるよ!?」
「鮭だよ。初めて見たろ?」
「初めて見た!」
「秋になると、那珂津川には鮭がのぼってくるのさ。喜多川もそうだけど」
「へぇ!すごいね。知らなかった……」
十五メートルほどの幅の浅瀬を、いくつもの大きな黒い魚体が、流れに逆らって上流を目指している。よく目をこらせば、深緑色と茶色の中間のような色をしたうろこや背びれも見える。尾びれを悠々と力強く左右に振って、川の流れに抗いながら、ゆっくりと上流へ向かって進んで行く。
「すごい!大自然、って感じだね!東京じゃあり得ないよ!」
「ま、森若の魅力の一つだからな」
また自転車を押しながら二歩、三歩と歩き始めて橋のたもとに来たとき、川べりに鮭が横たわっているのが見えた。
「あっ、あの鮭……?」
「上流にたどり着く前に、力尽きちゃったんだ」
二人は無言になって、少ししんみりとした空気が漂った。「自然界の厳しさ、ってやつかな」何か言葉を発したほうがいいような気がする、そんな具合に祐輔が言った。
タケルたちの現実も厳しかった。昨日の大会の結果は、夏と同じで七位だった。夏よりも参加校が五校増えていたから、見方によっては健闘したとも言える。
慎太郎は抜群のトップロックを披露した。メンバーたちも持っているものを全部出し切った。けれども期待していたような結果にはつながらなかった。期待の中身には哲太も含まれていたから当然と言えば当然だった。
「最後……うっ……やり切ったから……うっ……後悔は……ないよ」
女子は全員泣いていた。部長としてダンス部を引っ張ってきた美咲が嗚咽しながらそう絞り出すのを聞いて、泣かない女子はいない。女子だけじゃない。タケルや祐輔も涙を我慢しながら美咲の言葉を受け止めていた。
OCTOBER RISE
悔しさが全身を覆ったまま、最後の円陣を組んで、美咲、綾香、慎太郎の三年生三人が一言ずつ、後輩たちに言葉を残していた。全員の胸に描かれた真っ赤な文字のようには行かなかった。上昇することはできなかった。立ち上がることすら難しかった。
——後悔は——。
絶対にあるはずだ。最高の状態で最後の大会を迎えるはずだったのに。タケルはそう思って拳を握りしめた。悔しかった。自分は練習の成果を出せたと思う。慎太郎に教えてもらったこともステージで発揮できたと思う。だからこそ余計に悔しかった。
哲太のことさえなければ……そう思わずにはいられなかった。そしてそれは他のメンバーも同じだった。
「三年間、みんなと踊れて……うっ……楽しかった……うっ、うっ……ありがとう」綾香はすでに順位発表のときから涙が止まらなかった。最後の大会が、直前でこんなことになるなんて夢にも思っていなかった。正直なところ、動揺は最後まで隠せなかった。
「哲太のこと、悪く思わないでほしい。責めないでほしい」
慎太郎の番になったとき、誰も口にしたくないことを、慎太郎ははっきりと力強く宣言した。涙はなかった。そこからしばらく間が空いた。女子の嗚咽だけが響いた。森若県民会館のロビーには、もう他の学校の生徒も観客もほとんど残っていなかった。
「哲太にはこれから、ダンス部を引っ張ってってもらいたいって思ってる。もしかしたら、あいつはブレイキンに集中して、ダンス部続けるかどうか、わからないけど……」そこで慎太郎は言葉が詰まって、左手を鼻の先に当てた。
「でも……あいつ、俺らの仲間だから。あいつのせいじゃないから。もう一回言うけど、あいつを悪く……思わないでほしい……」涙声になった。それでも続けた。
「俺、これからもダンス続けるから。一緒に踊りたいやつ、昼休みにピロティ来てくれよ」すっきりとした笑顔だった。
「私、あいつ許せません!」そう言ったのは舞だった。泣き叫ぶような口調だった。「月曜の朝、学校でビンタしてやるっ……うーっ!」両手で涙を拭きながら大泣きした。
「私も一緒にやる!……うーっ!」そう言ってすずも大泣きして、二人はおでことおでこをくっつけて泣いた。
「あーあ、あいづ、どうなってもすらねぇぞ、俺ぁ……」泰造はどこかホッとしたように腕組みしながら、泣きじゃくる二人を眺めた。
「私もね、あいつのせいじゃないって、思ってるよ」二人の鳴き声に負けないように、美咲が張りのある大きな声で言った。
「でもビンタするかどうかは、舞とすずに任せるね」そう続けた美咲は笑顔だった。誰からともなくアハハ、と笑い声が漏れて、円陣を包んでいた重苦しい空気が解けた。
「それからね、みんなは来週、郷土芸能祭があるでしょ?」美咲はすっかり部長の顔に戻っていた。「そっちは……タケルを中心に、頑張ってね。いい?」
——!?
みんなと同じように声を出して笑っていたタケルは真顔に戻った。