ライズ・オクトーバー・ライズ  [51] | Kのガレージ

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“書く”ということを続けていたい。
生きたという“あかし”を残したい。

 夏と同じように、大会の二週間前から森若市公会堂の地下の集会室での練習が始まっていた。美咲、慎太郎、綾香の三年生三人にとって最後の大会となるダンスフェストの地区予選は、いよいよ週末の土曜日に迫っている。

「お前、慎太郎さんから何教えてもらったんだ!?」

 本番のプログラムを通しで踊ったあとに、祐輔が目を丸くしてタケルを問い詰めた。「動きもキレキレだし、なんつうか……確実に上手くなってんぞ!」

「何も教えてねぇよ」タケルが答える前に慎太郎が答えた。

「えっ!?だって……先週とかと全然、違くないですか!?」鏡越しに祐輔の目に飛び込んできたタケルの動きは、確かにこれまでとは違った。以前と比べて迷いなく踊っている感じがある。一つひとつの動きのスムーズさも、キレも、祐輔にしてみれば慎太郎が何かを教えたに違いないと思えるほど増している。

「タケル覚醒!?アハハハ!」亜加莉が手を叩いて笑った。

「すごい!私も頑張らなきゃ……」鮎子もタケルの違いにはすぐに気が付いた。バレエ出身の鮎子は、ヒップホップやロックといった、バレエ以外のジャンルのダンスにはまだ少し不得手なところもある。そんな鮎子から見たら、今のタケルのダンスには、自分よりも上手だと思えるところが、一瞬一瞬に過ぎないとは言え、そこかしこに見られた。

 何も教えてはいないと言ったけれど、慎太郎は本番で踊るダンスの動きをスローモーションにして、コツも混じえて、一つ一つの動作を解説したりしてくれていた。それを間近で見て聞いたことは、タケルのスキルが向上するのに確実に役立っていた。そして何よりも、慎太郎からかけてもらった一言が大きかった。

 お前が思ってるよりお前はずっと上手くなってる。もっと自信をもって踊れ。森若太鼓のときのお前みたいに——。

 ドンドン!ストカン!ドンストカン!ドンストカン!ドンストカン……!

「イェーイ!」

「ヒューッ!」

 哲太のソロ・パートになると、うしろで一緒に踊っている部員からも歓声が上がった。いつ本番を迎えてもいい、それぐらい哲太の調子は最高潮だ。曲の中で何度か訪れるソロ・パートは、どれも哲太のアドリブで、同じ動きは一つもない。それでもリズムやテンポから外れることなく、決められた小節、決められた秒数の中で、しかもその前後の振り付けにも違和感なくつながるソロを毎回、哲太は繰り出した。

「マジで今回、いけるんじゃない?」

「全国も夢じゃないかも!」

 舞とすずも、とても同学年とは思えない哲太のパワームーブに圧倒されっぱなしだ。そして大会の結果に期待を抱いているのは二人だけじゃなかった。部員全員が手応えを感じ始めていて、それは土曜日の本番に向けて、日に日に高まっていた。

「哲太、やっぱあんた凄いね!とんでもないわ!」きっと自分の判断は正しかった、哲太のソロを大胆に構成に組み込んだのは間違いじゃなかった、美咲にもその手応えがあった。哲太のパワームーブの凄さに感化されて、明らかに部員全員の目の色も変わってきている。一人一人から本気が伝わってくる。チームはこれまでで一番の仕上がりになってきている。部長として自分が判断したことが、この上ない成果につながりつつあることに、美咲も自信を深めていた。

「あとは怪我だけ気を付けてね」

「うっす」

 今回はブレイキンの大会や合宿も、部活のスケジュールとはかぶっていない。それもあって、今の哲太にとっては、部活が自分の持っているものを思う存分ぶつけられる場所になっていた。思いっきり暴れていい、そう美咲が宣言してもいるから、何の遠慮もいらない。夜の酒名町のアーケードではもう得られないかもしれないもの、それを得ようとするかのように、哲太は強烈なパワームーブを何度も何度も繰り出した。

 ——土曜日は——。

 どえらいこと、やってやる。哲太は心の中でそう念じながら、激しいスピンやステップを繰り返した。

 

 OCTOBER RISE

 木曜日。十一人の胸に描かれたその真っ赤な文字が、この日も集会室の入り口正面の、全面が鏡ばりになった壁面の、その鏡の中でメラメラと燃えるように映えた。

「これ、何回見でも、見慣れねぇな……」

「だから!インパクトが半端ないのよ!」

 少し呆れたような泰造のつぶやきを、そばでストレッチしていた綾香が拾った。

「私、自分が着てるTシャツに圧倒されるの、初めてかも……」鏡の前でY字バランスをとっていた乙葉も、鏡に映った自分を見ながら言った。一緒にY字バランスをしていた鮎子と二人で、はにかんだような顔をしている。

「えっ……と、じゃあ、次の大会のTシャツ担当、タケルな!」

「えっ!?ちょっと待ってよ?僕、センスないから……」

 祐輔とタケルは二人一組でストレッチをしていた。背中を押していた祐輔に突然振られたタケルは声がひっくり返った。

 ストレッチが終わって、慎太郎がBGMを止めて、全体練習がスタートする段階になっても、鏡に映っていたのは十一人のままだった。

「哲太は?」

「あいつ今日、学校休んでました」

 哲太と同じクラスのすずが答えた。誰にというわけでもなく尋ねていた美咲は、反射的に集会室を見渡してから、廊下に出て、左右を見渡してみた。黄ばんだ蛍光灯カバーのぼんやりとした灯りが、薄暗い廊下を照らしているだけだった。奥の階段からコツ、コツ、と誰かが降りてくる革靴っぽい足音がした。階段を降りて地下の廊下に現れたのは、滅多に姿を見せないダンス部の顧問の先生だった。

「あ、いたいた!よかった」小林という英語の先生だ。グレーのスーツに古びた革靴という、普段通りの格好をしていた。美咲を見つけて安心したように駆け寄ってきた。

「小林先生?どうしたんですか!?」美咲が歩み寄った。

「二年の……哲太君?ダンス部だよね?」

「はい、そうです」

「昨日の夜、警察に補導されたんだ」