ヘボトレーナーの勤番日記 -9ページ目

10年間エンジン全開

10年間エンジン全開

進光ボクシングジムのトレーナーを辞めてから
自分で
やり始めてボクシングジムを持つまで10年間
ほとんど休みがなかった
今年も丸一日の休日は4日間だけ
よく死なないな!
と我ながら呆れる(笑)

なぜワシは生きれるのか?
ただ運がいいだけだろう

学生時代
単車で転倒し頭から
ガードレールに激突したが生きていた
転倒したとき自分が乗っていた単車が火花なを散らしガードレールにぶち当たったのを見てから
自分の頭がガードレールに
クラッシュしたのを覚えている

同じく単車で峠を走っていて
スピードオーバーで
カーブを曲がれず
単車と一緒に崖に落ちたが生きていた

単車での事故は書き始めたら
きりがないほど事故を起こしている

ボクシングの試合で
ぶっ倒れ
立ち上がり戦い続け
試合後
激しい頭痛で
頭が痛くても生きていた

大阪に出てきて30年

ワシの身の回りで

若くして死んだ人は沢山いる
自殺した後輩
交通事故で死んだアルバイト仲間の女の子
大腸癌で死んだ後輩
糖尿病で死んだ先輩
ボクシングの試合で亡くなった
グレート金山さん
 
なぜワシより先に亡くなった人が沢山いるのに自分は生きて
まだ好きなことが出来るのか?

人の言うことなど聞かず
親にも
さんざん迷惑や心配を
かけている自分が?
不思議で仕方がない

ただ運がいいだけではなく
まだ生きてやらければ
ならないことがあるのだろう

20年勤めた会社を辞め
まったく儲からない
ボクシングジム経営

やはりワシは
まともな人間ではない

まともな人間やないが
ワシにはデッカイ夢がある

自分が生きている間に
愛弟子をオリンピックの
金メダリストにする

一回でいい


村田諒太選手が
ロンドンオリンピックで
金メダルを獲った感動を自分の愛弟子で味わいたい


そのためには
あと10年間
老体にムチを打ち
エンジン全開で仕事を
しなければならないのなら

それがワシの運命なのでしょう

これを読んでくださった皆さん
もう少し
死にそこないのジジイの夢に
お付き合いください(笑)

西田光vs ドゥワイト.リッチー

OPBF東洋太平洋ミドル級タイトルマッチ12回戦

チャンピオン
西田光
川崎新田ジム所属
vs
チャレンジャー
ドゥワイト. リッチー
オーストラリア

ワシはドゥワイト. リッチーを初めて映像で観たが
東洋レベルでは
特筆する優れたテクニシャンのボクサータイプだ

ジャブとフットワークで距離をキープし
西田選手がインサイドに入ってきたら右アッパーを狙い
ガードが下がったら
鋭いワンツーストレートパンチを顔面へ
逆に西田選手のガードが高いなら
ボディに左フックを打ち込む

西田選手がロープやコーナーに詰めても
リッチーはクリンチやサイドステップで西田選手の攻撃は寸断される

採点スコアは
118-110
118-110
119-109
3対0のフルマークでリッチーが新チャンピオンになる

西田選手の敗因は
1 左ジャブを打たなかった

2 一発で決めてやろうと気をいすぎた

3 ボクシングが正直すぎて
リッチーには
やりやすいボクシングだった 

この3つが敗因でしょう

”ファイティング原田 「旭日小綬章を受章!」”