白衣です🌺
ご訪問ありがとうございます🍀
もうすぐ冬至。
冬至というキーワードがあちらこちらから入ります。
物事の整理をしやすい時期ですが、それは様々な状況から観念の揺れが起こります。
大人は波風立てないで、何事もなかったようなやりとり名人ですが、子ども達は違う。
違和感を突っ込む。そのままにしない。
先日、娘の通うスクールで数名の子を一緒に車で送ることになりました。
たまにあることで、それはそれは楽しいひとときです。
後ろの座席でおしゃべりに盛り上がる子ども達。
素直で、聞いてるこちらまで自然に笑みがこぼれてしまう。
正直な子ども達。
成長段階で会話の仕方や内容は違えど、氣持ち良い。
そこから、大変面白い話になりました。
話の流れで、親の在り方?特質みたいなことを言ったのです。
最近の出来事で氣になることがあったようで、そのことについての見解。
いやぁ、親はちゃんと子ども達にみられてますよ。
カウンセラーも脱帽。
それぞれの保護者のブロックとなるものを語るではありませんか。
見破ってる。
親が子どもの教育を語る場面がほとんどの世の中で、立場逆転。
子ども達は、ただ言わないだけなんですね。
見事な洞察力に、わたし自身も同じ保護者として、胸がざわめく。
親って、どうしても子どもを導かないとと思いがちですが、それは半分は幻。
やはり己の観念は、こういう状況にならないと氣づけないこともありますね。
自分は自分をごまかしたい。
外をみたほうが楽。
しかし、それでは今まで通り。
ならば、どうするのか?
子ども達から聞いたその指摘を、我が内の課題として受けとること。
無関係であるはずがないのですから。
子ども達が、誰かの話をしたとしても、それは自分にも必ず当てはまる。
子ども達は《師》そのものですね。
自分の子どもからではなく、身近な子ども達からの指摘は大いに揺れるはずです。
子ども達は、みてる。
大人は違和感を内に秘めますが、子どもは損得なしに表現して教えてくれる。
ありがたい、ありがたい。
損得を知る前の子ども達の言葉を知ること。
まさしく、師走と兼ね合いができてるような(笑)
師である子ども達は、寒さ関係なく無邪氣に走り回り遊ぶ、、師走。
そういうことにして、うまくまとめておきます🌷
ご縁に感謝いたします💐
