白衣です🌺
建前と本音の割合でカラダが決まる、と単純に浮かびました。
建前というのは、大人の付き合いに近い。
本音というのは、子どもの付き合いに近い。いや、そのもの。
様々な場面で、大人のやりとりがある。
ということは、様々な場面で、建前のやりとりがある。
一見したら、大人のやりとりって、波風立たず、まあ、、スマートに流れていく。(ような氣がする)
(ような氣がする)としたのは、後を残すことが多いから。
納得してなくとも、流す。
受け入れたくないけども、我慢する。
でも、感情は残っているし、言いたいことを言えてなければ、必ず後に噴き出す。
誰に噴き出すのか?
身近な人間関係。
それが大切な家族かもしれない。
それが繰り返されることが日常といわれる。
ここで一番疑問に思うのは、身近な存在に素直に出せるのが、愛の表現ではなく、うっぷんだということ。
素直に振る舞える身近な存在には、愛を表現したくないか。
わたしは、愛を履き違えたタイプです。
素直さ全開な赤ちゃんは、愛を求め与える存在。
抱っこしてもらいたくない時や人には、全力で泣きながら拒否。
欲しい、いらない、がはっきりしている。
笑う、泣く、怒る、という状態がすぐ分かる。
だから、こちらも安心して心開ける存在となっている。
腹で何を考えてるのか分からない、というカラダはどんな状態で、どうなっていくのか。
分かりやすい赤ちゃんや子どものカラダは、免疫力が高く、治癒力も早い。
うまく人生を進みたい、波風立てたくない、と大人の付き合いをしても、皮肉なことに、カラダが波風立っているということ。
波風が強ければ、カラダのエネルギーは膨大に使っているに等しい。
カラダは、心は、どうなるのか。
こうみていくと、本音の付き合いが自分や大切な方々の為になる。
腹を決める。腹を割る。
これは昔は当たり前にできていたこと。
いつから腹を失ったのか。
思考に支配されていくことは建前を生きることになる。
そんなことに触れる話をしてきました。
分かりやすいカラダであることは、対応力もつく。
謎が魅力とも思えるかもしれませんが、その限界はみえますね。
何をしても、シンプルに行きつきます。
ご縁に感謝いたします💐
