白衣です🌺




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『真剣』  


真面目ではなく、真剣であること。


ここを、毎日、毎日、問われています。



わたしは、どちらかというと、真面目なタイプでした?……(笑)


しかし、昭和世代のほとんど真面目な方が多いのではないでしょうか。



真面目であることは、頑張りやすい。


真面目で在ると融通が利かないということにもなる。


筋反射はどうなっているのでしょうか。


そして、『真剣』であること。


真剣の意味は、いい加減や遊び半分ではなく本氣なこと。


ここでいう、遊び、という意味はまた昔と意味が違ったりするんです。


それはまた次回ということで。


『真剣』という話に戻ると、本物の刀剣という連想で、身が引き締まる思いになります。


  

以前、古武道を学んでいた頃、身のこなし、歩き方、意識の持ちようでこうも刀の扱いも変わるのかと驚きました。


そもそも、師が簡単に刀を扱っているように見えましたが、体験させて頂き、持つだけで緊張がはしり、他の男性も全くもって扱えず。


刀に相手にされないんです。


手裏剣投げも見ましたが、集中力の極みでしたね。


全集中。


思考がずっと働いている状態では、扱えない。


真面目で在るだけでは、真剣を扱うことはできない。


真面目を抜けていく精神力。


その精神力を取り戻すこと。



真剣、真の剣を扱うる精神統一とは、いかなる領域なのか。


そこは、無我であり、自分さえない状態で、自分さえ動いてない状態ではないだろうか。



本氣で挑みながらも、緩やかな動き。


自由自在に動ける體は動物的である。


本能を研ぎ澄ますこと。


書いている今も、その空間を思いだし、ゾクッとします。


時が止まっているかのような空間。


刀だけではなく、その場さえ自由自在。


真剣な表情は決して怒り顔でもない。



刀を使いこなせるほどの精神性へと少しでも近づくように、硬くなっている體とも向かい合います。



それが楽しい。夢中です。



変化していく自分を受け入れていく許可ですね。



ご縁に感謝いたします💐