言葉。暴力。傷。遮断。社会。関係性。殻。思春期。喪失。心。きっかけ。希望。
10月15、16日、金沢市市民芸術村PIT2ドラマ工房で上演された野々市市民劇団・劇団nonoによる公演「七人の」(原案:グリム童話『白雪姫』、作・演出:西本浩明)を観て、冒頭の言葉の断片が頭に浮かんだ。
劇団nonoは金沢市に隣接する野々市市で、09年に地域住民らによって作られたカンパニー。現在、小学低学年の児童から大人まで19人が所属しており、地元に密着した演劇活動などを展開している。座付きの演出家はおらず、金沢市民芸術村20周年記念演劇祭かなざわリージョナルシアター『劇処』に参加した今回、演芸列車『東西本線』の西本氏が演出を手掛けた。
14歳で不登校になった少女(役名は姫川)の深層心理なのか、想像の世界なのかが、『白雪姫』の物語という形で表出し、描かれる。自らは目を覚ますことのない姫として。彼女の内側の感情やイメージは、擬人化された7人の妖精として。
物語は、森の中で姫を目覚めさせようと奮起する妖精たちのやり取りを中心に進む。経過する15年の月日。途中登場する王子によるキスでも決して眠りから覚めない姫。だが、最後に「ユウキ(勇気)」という存在の8人目の妖精が姫に触れて終演する。ファンタジー要素の中に、「いじめ」や「引きこもり」といった現代日本の社会問題を内包した作品となっていた。
姫役は白いテントのような幕の内側に居て、客席から見えるのはシルエットだけである。舞台上では、妖精、王子とその従者役の俳優たちがせりふを喋る。
妖精たちは、ディズニー映画版『白雪姫』の小人をモチーフにしたような、キャラクター設定がなされている。「おこ雪」「ねむ雪」「てれ雪」など。演じる俳優たちは、赤、青、黄、緑、ピンクなどの衣装を身に纏う。顔を黒塗りにしてサングラスとヘッドホンを装着した者(ラッパー口調)や「坂本金七」と名乗る先生がいたり、4、5歳くらいの子どももいる。
安易なステレオタイプの真似事。中途半端なキャラクター設定。俳優たちの振る舞いが、学芸会のように映る。さらに、彼らの口からは物語とは全く関係のないせりふが頻繁に発せられる。「アピタ~」や「ラウンド・ワン~」であったり、アイドルのことであったり。地域の身近な商業施設の名称やテレビの情報を入れ込む。そうすることで、誰もが親近感を覚え、喜んでくれると思ったのだろうか。下世話な会話が繰り広げられる。ただ、騒がしいだけの失笑。舞台が友達同士の悪ふざけの場でしかなくなる。
上演時間約70分。この間、冒頭からクライマックスに行き着くまでの60分ほど、こうしたやり取りが続く。結果として、作品の核心がぼやけてしまった。さらに、閉鎖的で迎合的な「ローカリズム」の空気が舞台上に漂っているように感じた。
冒頭に並べた言葉の断片。観劇後、もう少しでつながりそうだったそれらは、宙に浮かんで消えてしまった。