(劇評・1/4更新)「「えみてん」の余韻に浸る」なかむらゆきえ | かなざわリージョナルシアター「劇評」ブログ

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本ブログは金沢市民芸術村ドラマ工房が2015年度より開催している「かなざわリージョナルシアター」の劇評を掲載しています。
劇評を書くメンバーは関連事業である劇評講座の受講生で、本名または固定ハンドルで投稿します。

この文章は、2021年12月11日(土)19:00開演の演劇ムーブメントえみてん『異邦人の庭』についての劇評です。

会場に入ると案内の人が「静かなお芝居なので前のほうの席がお勧めです」と教えてくれた。会場のドラマ工房は公演にあわせて座席を設置する。この公演ではパフォーマンススペースを挟んで向かい合うように座席が作られていた。パフォーマンススペースには白いテーブルと向かい合うように置かれたパイプ椅子。間を区切るようにテーブルにはアクリル板が設置してある。富山の劇団「演劇ムーブメントえみてん」は始めてみる劇団だ。この作品の作者は刈馬カオス。物語の舞台は拘置所。死刑囚の火口詞葉(ひぐちことは/演・のとえみ)と面会に来た一春(にのまえはる/演・天神祐耶)がパイプ椅子に座ると、観客は二人の横顔をみつめる。

勝手が分からず、なぜ自分が呼ばれたかも分からず、緊張した様子でアクリル板に手のひらを押し当ててしまうような春に比べて、詞葉は面会室に入ってくる姿から体に力が入っていないような気がした。特に足元と首の辺りの力のなさは目を引いた。拘置所内なので、素足にサンダルと言うのはわかるが、サンダルは肌の色に近い色で、歩きかたにも力がなかった。白色の襟のないシャツを着ていたが、その襟は着物で言う抜き襟状態だった。これ以上抜けませんというくらい抜けていた。脱力した姿勢のせいでたまたまそうなったのかもしれない。ただ面会室を退出するとき後姿を目で追っていると、背中まで見えそうなくらいの首元は、彼女の諦めたような力の抜け感を強調しているように見えた。

令和6年に死刑制度が変わって、5年以内なら死刑執行日を指定できるという近未来の話だ。執行日を指定するには父母または配偶者の同意が必要で、父母がいない詞葉が権利を行使するには配偶者を作るしかなかった。詞葉が7~8年前に観た芝居で春は脚本を書いていた。実際に起こった事件をモチーフにしたものだった。彼女は自分のことを脚本にする条件として、結婚することを提案する。承諾した春は拘置所に通うようになる。

あるとき春が面会に来ると、死刑執行が行われる日と重なったため面会できず、差し入れだけ置いて帰った。死刑囚には動揺しないように死刑執行があっても知らされない。でも詞葉は気づいてしまった。いつも聞こえる泣き声や経を読む声が聞こえなくなったからだ。その日彼女にとってもう一つ心を乱される問題があった。彼女が殺した7人の中に春の元妻がいたことを知ってしまったのだ。春に事実であることを確認すると「サインしてください。そうすれば私を殺せます」と言って部屋を出て行く。それまで詞葉は何を話すにもなんでもないことのような話し方をしていた。彼女の纏っている衣服のように、薄くて色がない感じのしゃべり方だ。だがこの時は心の揺れが言葉に乗っていた。このときに春は初めて詞葉から感情を投げられたのかもしれない。

春の元妻を殺していたことに気づいたのは、昔見た春の芝居を思い出したくて取り寄せた資料からだった。それから次に二人が会うまで時間がたっていたようだ。その間、春は拘置所に来ていながら会わずに差し入れだけ置いて帰ることを繰り返していた。その春を再び拘置所内に入り詞葉に面会するという行動をとらせたのは、彼女からの2種類の書類だった。詞葉が送ったのは執行日選択権を行使するための書類と離婚届だった。2人の行動は、どちらも相手が自分のことをどう思っているか探りあぐねている行動だと感じた。先に前に進むきっかけを作ったのは詞葉だ。春はそのきっかけに背中を押されて動き出す。ようやく春の感情の動きを見ることができた。その行動は詞葉に寄り添うものだった。初めて面会したときにはアクリル板に手を当てても「冷たいだけなのにね」と冷めた口調で言っていた詞葉が、春の手のひらの意味を受け止めて動揺する。その動揺に隠した詞葉の感情を春は受け止めたように見えた。

導入は「静かな舞台です」という案内の人の言葉だった。その言葉通り、静かに淡々と進んでいた物語だった。静かだったがのとえみも天神祐耶も、声がよかったし、声の通りもよかった。何回もある大きな間にくじけそうになったりもしたが、最後の二人の感情の動きに胸が熱くなった。きっと、詞葉と春、二人の一番いい時間でこの物語は終わったのだ。この時春は脚本を仕上げて詞葉に見せたい、詞葉はどんな脚本か見たいという期待に胸が躍る未来があった。春は詞葉が確実に生きている日(彼女の刑が確定してから5年)までに脚本を仕上げるだろう。だが、5年を超えればいつ死刑が執行されるか分からない。



(以下は更新前の文章です)


会場に入ると案内の人が「静かなお芝居なので前のほうの席がお勧めです」と教えてくれた。会場のドラマ工房は公演にあわせて座席を設置する。この公演ではパフォーマンススペースを挟んで向かい合うように座席が作られていた。パフォーマンススペースには白いテーブルと向かい合うように置かれたパイプ椅子。間を区切るようにテーブルにはアクリル板が設置してある。富山の劇団「演劇ムーブメントえみてん」は始めてみる劇団だ。この作品の作者は刈馬カオス。物語の舞台は拘置所。死刑囚の火口詞葉(ひぐちことは/演・のとえみ)と面会に来た一春(にのまえはる/演・天神祐耶)がパイプ椅子に座ると、観客は二人の横顔をみつめる。

勝手が分からず、なぜ自分が呼ばれたかも分からず、緊張した様子でアクリル板に手のひらを押し当ててしまうような春に比べて、詞葉は面会室に入ってくる姿から体に力が入っていないような気がした。特に足元と首の辺りの力のなさは目を引いた。拘置所内なので、素足にサンダルと言うのはわかるが、サンダルは肌の色に近い色で、歩きかたにも力がなかった。白色の襟のないシャツを着ていたが、その襟は着物で言う抜き襟状態だった。これ以上抜けませんというくらい抜けていた。脱力した姿勢のせいでたまたまそうなったのかもしれない。ただ面会室を退出するとき後姿を目で追っていると、背中まで見えそうなくらいの首元は、彼女の諦めたような力の抜け感を強調しているように見えた。

令和6年に死刑制度が変わって、5年以内なら死刑執行日を指定できるという近未来の話だ。執行日を指定するには父母または配偶者の同意が必要で、父母がいない詞葉が権利を行使するには配偶者を作るしかなかった。詞葉が7~8年前に観た芝居で春は脚本を書いていた。実際に起こった事件をモチーフにしたものだった。彼女は自分のことを脚本にする条件として、結婚することを提案する。承諾した春は拘置所に通うようになる。

あるとき春が面会に来ると、死刑執行が行われる日と重なったため面会できず、差し入れだけ置いて帰った。死刑囚には動揺しないように死刑執行があっても知らされない。でも詞葉は気づいてしまった。いつも聞こえる泣き声や経を読む声が聞こえなくなったからだ。その日彼女にとってもう一つ心を乱される問題があった。彼女が殺した7人の中に春の元妻がいたことを知ってしまったのだ。春に事実であることを確認すると「サインしてください。そうすれば私を殺せます」と言って部屋を出て行く。それまで詞葉は何を話すにもなんでもないことのような話し方をしていた。彼女の纏っている衣服のように、薄くて色がない感じのしゃべり方だ。だがこの時は心の揺れが言葉に乗っていた。このときに春は初めて詞葉から感情を投げられたのかもしれない。

春の元妻を殺していたことに気づいたのは、昔見た春の芝居を思い出したくて取り寄せた資料からだった。それから次に二人が会うまで時間がたっていたようだ。その間、春は拘置所に来ていながら会わずに差し入れだけ置いて帰ることを繰り返していた。その春を再び拘置所内に入り詞葉に面会するという行動をとらせたのは、彼女からの2種類の書類だった。詞葉が送ったのは執行日選択権を行使するための書類と離婚届だった。先に前に進むきっかけを作ったのは詞葉だ。春はそのきっかけに背中を押されて動き出す。ようやく春の感情の動きを見ることができた。その行動は詞葉に寄り添うものだった。初めて面会したときにはアクリル板に手を当てても「冷たいだけなのにね」と冷めた口調で言っていた詞葉が、春の手のひらの意味を受け止めて動揺する。その動揺もまた春は受け止めたように見えた。

導入は「静かな舞台です」という案内の人の言葉だった。その言葉通り、静かに淡々と進んでいた物語だった。静かだったがのとえみも天神祐耶も、声がよかったし、声の通りもよかった。何回もある大きな間にくじけそうになったりもしたが、最後の二人の感情の動きに胸が熱くなった。きっと、詞葉と春、二人の一番いい時間でこの物語は終わったのだ。死刑囚である詞葉の今後はもう決まっている。