(劇評・11/17更新)「握り締めたゾンビの手の中に」原力雄 | かなざわリージョナルシアター「劇評」ブログ

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本ブログは金沢市民芸術村ドラマ工房が2015年度より開催している「かなざわリージョナルシアター」の劇評を掲載しています。
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この文章は、2020年11月2日(月)よりオンライン公開の星稜高校演劇部+星の劇団『ゾンビ・ハイスクール・ダイアリーズ』についての劇評です。

「かなざわリージョナルシアター2020げきみる」参加作品として、星稜高校演劇部+星の劇団「ゾンビ・ハイスクール・ダイアリーズ」(作:池端明日美、演出:近吉鈴蘭)の動画全6話が11月2日から8日(3日除く)にかけて1日1話のペースでオンライン公開された。この作品では、将来について真剣に考えたことがなく、進路の紙を出せないでいた女子高生・桐谷ルナ(松本梨留)がいきなりゾンビになっている自分に驚く。そこは見た目こそ同じ高校だが、先生も生徒もゾンビ化したパラレルワールドだった。ゾンビとして生きていくための職業訓練を受けさせられながら、人間界へ戻りたいともがくルナの姿を描いている。ゾンビと言えば、顔や体の一部にパックリと口を開いた傷跡がトレードマークだが、優れた特殊メーク技術により、血が滴り落ちそうな生々しい傷口を作り上げ、ドラマの空想的な世界観にリアリティーを与えていた。それはまた、プライドをズタズタに切り裂かれたゾンビたちの心の傷を可視化しているようにも見えた。

第1話の結末で、担任の教師(山岸光)がルナに「進路、決まってないんだろ?それをゾンビって言うんだよ」と問い詰めた直後、彼女がゾンビ化していることから、将来の見通しを持たずにフラフラと生きる人間がゾンビになるという法則性があるのかと思った。そうであってみれば、最初の訓練で「運び屋」たち(山出暖大、浅賀香太、飯田達也)が机の上に段ボール箱を積み上げるたび、ネコ(大石涼々香)によって叩き落とされてしまう場面が何となく理解できる。無意味な作業をひたすら黙々と「永遠」に繰り返すことにより、考えたり感じたりする心をなくすためのトレーニングというが、ゾンビとして上からの指示に従うだけの単純労働に従事する場合には役立つのかもしれない。

次の教室では前方のスクリーンに映し出された女王様(黒瀬香)とメイド(北﨑千琴)のコンビが講師を務め、寸劇を演じながら「マウントの取り方」を実践的に指導する。マウントとは最近のSNSなどでよく使われる用語だ。会話のやり取りによって相手をへこませ、自分を優位に立たせるというような意味らしい。例題に対して新入生のルナが機転を利かせて答えると、意外にも女王様から褒められる。マウントを取るためには考えたり感じたりする能力が不可欠であり、運び屋とはまた違った適性が要求されるのは当然だ。しかし、言葉の上で相手を打ち負かしてやったと満足できるプライドとは、自分を大切にする本当の自尊心ではなく、単なる虚栄心に過ぎないのではないだろうか。

続いてピエロ(杉俣天乃)に連れて行かれた部屋では、吟遊詩人(中野優羽)とギター弾き(谷野美怜)が室内を綺麗に飾り付け、歌や演奏を楽しんでいる。美しいものを求めてやまない彼女たちはそこでは「劣等生」と呼ばれている。やがて戻ってきた先生により、罰としてピエロは片眼をくり抜かれ、詩人とギター弾きは心に杭を打ち込まれてしまう。最後の教室では、3人の女子生徒(岡田あかり、泉紗香、勘田成葉)がドラマの音声を収録している。賑やかに喋ったり踊ったりする彼女たちは、ゾンビながらも生き生きとして楽しそうだ。しかし、3人の会話やマネージャー(川本紗羽)から出される指示を聞くと、女の子らしい可愛さを強調したり、わざとバカなふりをすることが求められており、とても幸福とは思えなかった。

ある意味では、自分で考えず、バカのふりして可愛がってもらえるなら、それも一つのラクな生き方なのかもしれない。だが、それならなぜルナは、元の世界へ戻りたいと願ったのだろうか。無事に生還できたルナが先生に発した言葉は「進路の紙を明日持って来ます!」だった。結局のところ、ゾンビ体験を通じて、自分で責任を持って決めていくしかないと腑に落ちたのではないか。彼女が帰れたきっかけは、以前にスマホで見たドラマ「ゾンビ・ハイスクール・ダイアリーズ」のSNSに投稿されていたコメントだった。まさに自分がドラマの世界へ引きずり込まれていたと気付き、一足先に脱出に成功した人の体験談を参考にしたのだ。校内ではスマホの使用が禁止されていたようだが、皮肉にも改めてSNSの威力を思い知らされるエピソードではあった。

ルナはこれまでずっと案内してくれた優等生(直江美怜)と最後に別れる際、「握手して」と言いながら、ゾンビワールドから脱出できる手順を記したメモをそっと渡す。このシーンは美しいだけでなく、非常に重要だ。もしかしたら、優等生が他のゾンビたちに告げ口する恐れもあったのに、なぜこんな危険を冒したのだろうか?吟遊詩人やギター弾き、ピエロにも教えてあげてほしいと書いている。一人でさっさと逃げれば良かったはずなのに……。いや、ルナは、友達を大切に思う自分の気持ちを尊重することこそが、ゾンビ界から離れる道だと悟り、行動で示したのではないだろうか?ギリギリの状況で彼女が選んだのは、握り締めた手から手へ自筆メモを渡すというアナログ極まりない方法だった。

(以下は改稿前の文章です。)

「かなざわリージョナルシアター2020げきみる」参加作品として、星稜高校演劇部+星の劇団「ゾンビ・ハイスクール・ダイアリーズ」(作:池端明日美、演出:近吉鈴蘭)の動画全6話が11月2日から8日(3日除く)にかけて1日1話のペースでオンライン公開された。この作品では、将来について真剣に考えたことがなく、進路の紙を出せないでいた女子高生・桐谷ルナ(松本梨留)がいきなりゾンビになっている自分に驚く。そこは見た目こそ同じ高校だが、先生も生徒もゾンビ化したパラレルワールドだった。ゾンビとして生きていくための職業訓練を受けさせられながら、人間界へ戻りたいともがくルナの姿を描いている。ゾンビと言えば、顔や体の一部にパックリと口を開いた傷跡がトレードマークだが、優れた特殊メーク技術により、血が滴り落ちそうな生々しい傷口を作り上げ、ドラマの空想的な世界観にリアリティーを与えていた。それはまた、プライドをズタズタに切り裂かれたゾンビたちの心の傷を可視化しているようにも見えた。

第1話の結末で、担任の教師(山岸光)がルナに「進路、決まってないんだろ?それをゾンビって言うんだよ」と問い詰めた直後、彼女がゾンビ化していることから、将来の見通しを持たずにフラフラと生きる人間がゾンビになるという法則性があるのかと思った。そうであってみれば、最初の訓練で「運び屋」たち(山出暖大、浅賀香太、飯田達也)が机の上に段ボール箱を積み上げるたび、ネコ(大石涼々香)によって叩き落とされてしまう場面が何となく理解できる。無意味な作業をひたすら黙々と「永遠」に繰り返すことにより、考えたり感じたりする心をなくすためのトレーニングというが、ゾンビとして上からの指示に従うだけの単純労働に従事する場合には役立つのかもしれない。

次の教室では前方のスクリーンに映し出された女王様(黒瀬香)とメイド(北﨑千琴)のコンビが講師を務め、寸劇を演じながら「マウントの取り方」を実践的に指導する。マウントとは最近のSNSなどでよく使われる用語だ。会話のやり取りによって相手をへこませ、自分を優位に立たせるというような意味らしい。例題に対して新入生のルナが機転を利かせて答えると、意外にも女王様から褒められる。マウントを取るためには考えたり感じたりする能力が不可欠であり、運び屋とはまた違った適性が要求されるのは当然だ。しかし、言葉の上で相手を打ち負かしてやったと満足できるプライドとは、自分を大切にする本当の自尊心ではなく、単なる虚栄心に過ぎないのではないだろうか。

続いてピエロ(杉俣天乃)に連れて行かれた部屋では、吟遊詩人(中野優羽)とギター弾き(谷野美怜)が室内を綺麗に飾り付け、歌や演奏を楽しんでいる。美しいものを求めてやまない彼女たちはそこでは「劣等生」と呼ばれている。やがて戻ってきた先生により、罰としてピエロは片眼をくり抜かれ、詩人とギター弾きは心に杭を打ち込まれてしまう。最後の教室では、3人の女子生徒(岡田あかり、泉紗香、勘田成葉)がドラマの音声を収録している。賑やかに喋ったり踊ったりする彼女たちは、ゾンビながらも生き生きとして楽しそうだ。しかし、3人の会話やマネージャー(川本紗羽)から出される指示を聞くと、女の子らしい可愛さを強調したり、わざとバカなふりをすることが求められており、とても幸福とは思えなかった。

ある意味では、自分で考えず、バカのふりして可愛がってもらえるなら、それも一つのラクな生き方なのかもしれない。だが、それならなぜルナは、元の世界へ戻りたいと願ったのだろうか。無事に生還できたルナが先生に発した言葉は「進路の紙を明日持って来ます!」だった。結局のところ、ゾンビ体験を通じて、自分で責任を持って決めていくしかないと腑に落ちたのではないか。彼女が帰れたきっかけは、以前にスマホで見たドラマ「ゾンビ・ハイスクール・ダイアリーズ」のSNSに投稿されていたコメントだった。まさに自分がドラマの世界へ引きずり込まれていたと気付き、一足先に脱出に成功した人の体験談を参考にしたのだ。校内ではスマホの使用が禁止されていたようだが、皮肉にも改めてSNSの威力を思い知らされるエピソードではあった。

ルナはこれまでずっと案内してくれた優等生(直江美怜)と最後に別れる際、「握手して」と言いながら、ゾンビワールドから脱出できる手順を記したメモをそっと渡す。このシーンは美しいだけでなく、非常に重要だ。もしかしたら、優等生が他のゾンビたちに告げ口する恐れもあったのに、なぜこんな危険を冒したのだろうか?吟遊詩人やギター弾き、ピエロにも教えてあげてほしいと書いている。一人でさっさと逃げれば良かったはずなのに……。いや、ルナは、友達を大切に思う自分の気持ちを尊重することこそが、ゾンビ界から離れる道だと悟り、行動で示したのではないだろうか?ギリギリの状況で彼女が選んだのは、握り締めた手から手へ自筆メモを渡すというアナログ極まりない方法だった。脚本を担当した池端は、演劇部の顧問として、生徒たちへ伝えたかったメッセージをこのシーンに込めた気がする。