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猫津家

猫津家のママの記録。

読書を再開した。 図書館に行って懐かしい作者の棚を彷徨う。 

朝井まかて様の本を2冊借りた。


本の中に入り込んで ふと日常に戻るが、困るわあ このスカタンがあ とかえらいこっちゃ とか 乗り移ってしまう。
以前読んだ 蕨野行でも 同じように下手な東北地方の方言で おれ湯さ沸かすべ などと言っていた。
思う。 日本語が理解できて良かったと。
いつからだろう 小さいくせに字が読めた。実家にあった本を片っ端から読んだ。
おかしな話 私の愛読書は水車小屋便りだった。 全く何が書かれていたか記憶にない。 昔の本はルビがふられてて でも読めない漢字も多かった。 ある日音の世界から呼び出しがかかった。NHKラジオのお話でてこい。ラジオから太鼓の音がドーンドーンと響いて 今日のお話は と始まる。 何かしら必死で聴いた記憶がある。
ラジオはその後プレスリー様へと好みが変化していった。
本、本 あと上田秀人様も借りた。

歯科医らしく緻密な心理的描写が好き。


おっと まだまだ読む本はあと2冊ある。
ブログは少し休憩

80年代の洋楽が大好きだ。

休日にYouTubeに癒される。


あれほど好きだったのに バンド名が出てこない、悲しい
でも ずっと聴いていると思い出す。
ボンジョビ トンプソツイン ディランディラン ポリス アハー、、、
今風なビデオだったり 昔見たMTVで観たビデオだったり、 まあ私のいい時代のヒストリーソングだわね

二十代後半から三十初め頃
私はこれからどうやって生きて行くべきかなかなか答えは見つからず 子供が寝静まった深夜 ムクっと起きて 金曜日の夜 MTVを食い入る様に観ていた。
私を鼓舞し慰めたのは USやUKやDEの
音楽だった。
カルチャークラブの坊達の化粧した美しさ!
余興で踊ったフラッシュダンス
あの頃は必死でエアロビクスをしてた。
プロになろうとも思った。
 
映画音楽が多くて映画のイメージでどうしても捉えてしまうが、サバイバーなんぞは
何回も何回もアホみたいに聴いたものだ。
挙句の果てには 20年経って フィラデルフィアの美術館まで行ってしまった。

長年生きてきたから 書くことは多いが 

結局私は片田舎のぬるま湯から出ることにした。福岡の久留米市から名古屋に引っ越した。


だってボーイジョージがmoving movingと後押ししてくれたから。



おババやおチビに優しいホテルはかなり良いホテル。

 夕食時 ホテルマンが今!と淡路島に沈もうとする夕陽のシャッターチャンスを教えてくれる。 


朝のビュッフェでおチビのお気に入りはころうどん。この間までクループでコンコンケホケホだったけど、なんと!うどんが美味しいとお代わりをした。ババは味見した。うん!大阪出汁は棘がなくて美味しい!

54階から 私達はまさしくおのぼりさんね!


スターゲイトホテル関西エアポート様 お世話になりました。