正丸峠の怪② | Over rebel

Over rebel

REBELヤってま~す。
イジリ系です。あまり面白くないと思います。

自粛ムードでネタもなく、昔書いた短編でもUPしておきます。つづき(⊙ꇴ⊙)

 

------それから数年が過ぎ・・・・


 

それから数年が過ぎ、俺は何度か職を転々とした後、空調関係のメンテナンスをする会社で働いていた。明郎も元の仕事をやめ、今では地元にある企業に再就職していた。

すでに、あのころの記憶は酷く曖昧になっていて、何時だったか、まだ寒い時期、明郎と「秩父の夜祭り」に出かけていったことが有ったが、「この山を幾つか越えれば正丸峠だな」程度の感慨しか無く、恐怖や不安はすっかり日常的な出来事の中に埋もれてしまっていた。


 

夏休みを目前に控えたある日、連休後仕事に取りかかる予定に成っていた、飯能の現場に行く用事が出来た。

施工をしている工務店がどうしても休み前に外壁を張ってしまいたいと言いだし、空調関係の設置場所を打ち合わせするためだ。

時期的に夏休みに入っている企業がほとんどで、道路が混む事が予想されたが、営業の課長に頼み込まれて渋々出かけることになった。

その日は午前中一件地元の現場により、遅い昼食を取った後、東松山から関越に乗り飯能の現場に向かったが、その時点で既に下り車線は全く流れないほどの渋滞になっていて、帰りの事を考えると気が滅入った。

鶴ヶ島で、圏央道に乗り飯能までは、一時間ほどで着いたが下り車線の渋滞は、新しくできたその道路にまで及んでいた。

現場は、インターから40分ほどの所にあった。しかし、着いてみると現場監督はほかの現場に行っていると聞かされ、結局、施工の担当者と共に監督が、やってきた頃には5時を少し回っていた。

それから施工主も交えての、打ち合わせになった訳だが、施工主の注文は最初に工務店側から渡されたレイアウト図と大きく食い違っていて、結局、施工主と工務店側それに俺の3人の言い分の中間を取って設置場所が決まった頃には、既に夕闇が迫ってきていた。

その後、現場監督の誘いで近所の食堂で夕食をかねての、連休後の工事の打ち合わせをし、その現場を後にしたが、出発して直ぐ、聞くとはなしに聞いていた車のラジオから、渋滞情報が告げられ「関越下り、所沢から渋滞40キロ」と言うアナウンスを聞いた俺は、小さく舌打ちして国道沿いの大きな本屋でUターンすると、秩父方面に車を向けた。

折しも、夕食を食べに食堂に入った時から小雨がパラつきだしていて、視界は悪かったし些か遠回りになる道ではあったが、渋滞の関越でノロノロ走るより気分的には楽なように思えたからだ。

しかし、こういう時に考える事は、みな同じような物で渋滞の関越をさけた車でその道は走り出すと直ぐに、流れが悪くなっていき山間の峠道で、とうとう動かなくなってしまった。

「引き返すのも“しゃくにさわる”な!」と、ため息をつきあきらめかけたとその時、3台ほど前の車が細い路地を左に折れた。“抜け道だ!このまま渋滞に巻き込まれているよりましだろう”と、自分の車がその路地に差し掛かるのを待って、左にハンドルを切り前の車を追った。

が、先に曲がっていった車は追いついて直ぐ、その道の脇にある一軒家の街道に消えていき、水先案内をさせようとしたもくろみはあっさり消された。

道そのものは、多少荒れていたがこの先行き止まりになるような気配は無く、

「どこかに、たどり着くだろう」程度の考えで、そのまま走っていると道路脇に朽ち果てて立っている東屋がライトに浮かびあがって見えてきた。

「んっ!」以前に見たことのある景色だった。

と、そう思った瞬間、頭の中で“スパーン”と数年前の記憶が一気に蘇ってきて、不安の重圧が俺を飲み込んでいく。そんな気持ちに、追い打ちを掛けるかのように、古く汚れた道路標識が、目の前に姿を現した。「正丸峠」だった。

「とにかく、とにかく早くここを通過したい」その時の俺は、それしか考えられなかった。

だが、そんな 望みも頂上付近の売店の所に来て潰えた。反対方向から登ってくる車のライトが、下りに差し掛かる直前で微かに見て取れた。

その反対方向の下りは、頂上付近からしばらく、すれ違うのもきついほどの細い道になっていて、それを避けるために売店の横に、待避所が出来ている。

もっとも、国道にトンネルが出来てから交通量がメッキリ減ったこの峠では、その待避所も夏草に覆われていて、車を止めるにはかなり窮屈だった。

車を止めた横に“例のバス停”が見える。なるべく、その方向を見ないようにして、気を落ち着かせるためたばこを吸おうとしたが、夕食を食べた食堂に忘れてきたらしくポケットの中には見あたらない。

確か買い置きが有ったと思い、体を倒してグローブボックスに手をのばした俺は、助手席側の窓を見て、体が縮みあがった。

窓に両手を突いて、食い入るように“その女”は俺を見ていた。

そして、反射的に飛び退きそうになった俺の左手を、ガラスから通り抜けてきた手がガッチリとつかんだ。手術用の“ゴム手袋”でつかまれたような、触れた瞬間から全身に鳥肌が立つジットリとへばりつくような手だった。

何とか振りきろうとしてもがいていると、その手は徐々に力を込めて引き寄せていく。

そして、もう一つの手が俺の顔の前で何かをまさぐる様に、うごめく。

そんなことをしている内に、一瞬何とか体を引き寄せることが出来た。

その間伐をを突いて右手でクラッチを踏まずにギアを叩き込み、思い切りアクセルを踏み込んだ。はじかれたようにタイヤを軋ませて車は走り出したが、とっさに取った行動に車の体勢を右手一本で整えるのに真剣になっていて、つかまれていた左手からその感触が消えていたのに、しばらくしてから気づいた。あれだけ強く握られていて、痕も残っていない。それに……登ってくる車も………無かった。


 

国道に出ると、嘘のように車は流れていた。何かがおかしかった。しかし、そんなことを思ったのはずっと後になってからのことだった。

とにかく酷く動揺していて一休みしたかったが、人気のない道ばたに車を止めるに気にはなれず、秩父に入ってから以前にも寄ったことのあるドライブインでやっと一心地付くことが出来た。

降り続いていた小雨も何時しかやんでいる。トラックでごった返す駐車場も、がらの悪い運転手たちのばか笑いも、その時はすべて救いになってくれる気がして心強く感じる事が出来る。

しかし、トイレから戻って車に乗り込もうとしたとき、助手席側の窓を反射的に見て、また恐怖がわき上がってくるのを感じた。

“あれは、悪い夢だったんだ”そう思おうとする気持ちを否定するかのように、屋外灯の光に照らされた雨で汚れた窓ガラスに二つの手の跡が、クッキリと残っている。

俺は飛び出すように車から離れ、夜間専用トイレに行きトイレットペーパーを大量に引き出すと、それを丸めて両手にもった。

何人かトイレにいた奴らが不審そうに見ていたが、そんなことを気にする余裕はすでにない。

そして、車まで小走りに戻り“手の跡”の付いている窓ガラスを、力一杯こすった。が、泥はねや、水滴がきれいに拭き取られたガラスに、手の跡だけは前にもましてより鮮明に浮き上がってくる。

ふと気づいて、ドアを開け今度は内側から恐る恐るガラスを拭いてみた。

………・・手の跡は内側に付いた物だった。俺は、手を止めて目だけでゆっくりと車の中を見回した。…………が、殺風景な商業車の室内は何も変化が無く、いつもと変わらぬ佇まいを見せているだけだった。


 

それからなるべく交通量の多い道を選び、会社に戻った。

とにかく、何か救いが欲しかった。そして、たまらなく誰かと話したかった。ついさっき見て、感じた恐怖の一部でも、そうすることで発散したかった。

事務所に戻ると、休み前の仕事の片づけで数人の同僚がまだ残っていた。

誰に向けて言うでもなく、さっきの出来事をかいつまんで彼らに話した。

最初は、半ば冗談半分の話として、冷やかしながら聞いていた彼らだったが、尋常ではない慌てた話ぶりをみて、次第に口数が減っていく。

と、ちょうど話し終わるのと同時くらいに、事務所の入り口のドアがあき、全員“ギクリ”として、その方向に振り向いた。課長だった。

彼は、打ち合わせが長引いたことをぶつぶつ言いながら、自分の机に書類の入った封筒を投げ捨てると、俺が帰っていることに気づき、こっちに“ニヤニヤ”しながら近づいてきた。

「おっ!ご苦労さん。でも、おまえ…まさか女の子と現場までドライブしてきたんじゃないだろうな?」

「えっ!」意味が解らず、課長を見上げた俺に合わせて、全員課長を見る。

「だって、お前の乗っていった表に止めて有る車…・・女の子乗ってるぞ!」

一瞬、自分でも顔から血の気が引くのがわかった。“やっぱり、乗っていたんだ……・”。

「課長!表で話し聞いてたんでしょう。しゃれんなりませんよ」同僚の一人が、そう言って笑い出した。

しかし、訝しげに“意味が解らない”といった表情の課長を見て、和み掛けた場の雰囲気は、またもとの重苦しい物に戻っていく。

俺は立ち上がり、窓の方に静かに歩み寄った。なぜ そうしたのかは解らなかった。

「確認したい」などという気持ちは毛頭なく、「怖い物見たさ」などと言う物とは全く違っていた。

全員が固唾を飲んで見ている中を、静かに窓辺に歩み寄った。何かに憑かれているように、意識の外で足はかってに動いていく。

そして、締めてあったブラインドに、ゆっくりと………・・指を掛けた。