〔上記被控訴人ら〕
ア 控訴人が予定している本件処分場の建設やその後の操業の際、その工事や産業廃棄物の搬入のため、多数のトラックが道路を走行することになるが、その予想される経路付近には、被控訴人A、同C、同H、同I及び同Jが居住しており、同A、同F及び同Iが、共同して農場を運営し、同Jが、鶏舎を所有している。
したがって、上記被控訴人らには、本件処分場が建設、操業されることにより多数のトラックが煩雑に往来して通行が妨げられるとともに、交通量の増大により平穏な生活を破壊される蓋然性があるときは、通行権、農業経営権あるいは人格権に基づき、その侵害を予防するため差止請求権がある。
イ 控訴人の本件処分場の建設、操業は、著しい交通量の増大を伴い、これによって、道路通行の危険性を増大させ、騒音・振動による著しい被害を生じさせる。
〔控訴人〕
上記被控訴人らが、本件処分場への搬入路を生活道路として使用したり、付近で農業を営んでることは、知らない。仮に、上記被控訴人らに通行権等があったとしても、被控訴人らの主張する交通量の増大の可能性は抽象的であって、差し迫った危険はない。
第3 当裁判所の判断
党裁判所も、被控訴人らは、本件処分場の建設、使用及び操業により、井戸、水道に水質汚染が生じる結果、被控訴人らの人格権が侵害されるおそれがあるので、被控訴人らの本件差止請求は理由があるものと判断する。その理由は、以下のとおりである(したがって、以下は、すべて争点(1)に対する判断である。)。
1 人格権に基づく差止請求等について
(1) 人格権に基づく差止請求は許容されるべきである。
生命、身体、名誉等各種の人格的利益を侵害する加害行為に対して差止請求権があるか否か及びその根拠については、実定法上明文の規定はないけれども、同権利が排他性を有する物権と類似する絶対権ないし支配権を持つことに着目し、その侵害に対しては、人格権に基づく妨害は序請求権ないし妨害予防請求権を根拠として、現に行われている侵害行為を排除し、又は、将来生ずべき侵害を予防するために侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である(最高裁昭和56年(オ)第609号:同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁参照)。
そして、人はその出生から死亡するに至るまで水がなくては生きていけない生物であり、ある限定された数時間であれが格別、それ以外においては生涯にわたり水とともにあり続ける存在ともいえる。水がこのようなものである以上、人及びその構成体である社会において、水、とりわけ飲料水の確保が不可欠であり、仮にも、確保した水が健康を損なうようなものであれば、たとえ有害物質の含有量が微量であっても、これを長年にわたって飲用し続けることによって体内に蓄積され、ついには健康を害し、生命:身体の完全を害することは明らかであるから、人は、人格権としての身体権の一環として、質量ともに生命、健康を損なうことのない水を確保する権利があると解される。
人は、また、その日常生活において、水を単に飲用とするだけではなく、洗濯、風呂その他の生活用水として利用し、いわば水に囲まれての生活を送っているものといえるところ、仮にもそうした用途に当てるべき適切な質量の水を確保できない場合や、客観的には飲用・生活用に適した水を確保できたとしても、それが一般通常人の感覚に照らして飲用:生活用に供するものを適当としない場合には、不快感等の精神的苦痛を味わうだけでなく、たちまち平穏な生活を営むことができなくなるというべきである。
控訴人は、生活用水は直接飲用する飲料水とは異なり、人体への影響の有無及び程度は明らかではないと主張するが、生活用水は日常生活に密着して使用される水である以上、適切な質量の水を確保できない場合に平穏な生活を営むことができなくなるおそれがある点では、飲料水と変わるところがないと言うべきであるから、控訴人の主張は採用できない。
したがって、人は、人格権の一種としての平穏生活権の一環として、適切な質量の生活用水、一般通常人の感覚に照らして飲用・生活用に供するのを適当とする水を確保する権利があると解される。そして、これらの権利が将来侵害されるべき事態におかれた者、すなわちそのような侵害が生ずる高度の蓋然性のある事態におかれた者は、侵害行為に及ぶ相手方に対して、将来生ずべき侵害行為を予防するために事前に侵害行為の差止めを請求する権利を有するものと解される。
(2) 差止請求の判断基準―受忍限度論
ところで、人は、社会生活を営む以上、相互の生存のための活動、社会経済活動の影響を全く免れることは不可能であり、自らの人格的利益に何らかの影響があるからといって、直ちに他人の活動をとめることはできず、他人の権利及び自由との関連において、人格権に基づく差止請求権の成立範囲の確定に当たっては、侵害行為の態様と侵害の程度(侵害発生のおそれを含む。)、被侵害利益の性質とその内容(被害発生のおそれを含む。)等を比較することによって、その被害が受任すべき限度を超えるか否かが考えられなければならない。これをいう控訴人の立論は一般論としては正しいというほかない。
しかしながら、① 法は、もともと、全体にわたって有害物質の漏出を防ぐ施設を要求しており、安定型処分場においては埋め立てる廃棄物の種類を水質汚染を生じないものに限定しているうえ、訓示規定にせよ、設置者に当該施設にかかる周辺地域の生活環境の保全及び増進に配慮すべき旨規定している(15条の4、9条の4)ことからみて、水源地やその近隣に施設を設置する者が廃棄物からの浸出水によって水源を汚染してはならないことを至上命令としていること、② 一方、先に述べたように、被控訴人らが主張する人格権は、飲用及び生活用として供する水を確保する権利であって、その性質上他のものでは代替することができないものであるうえ、仮に、有害物質が混入して人の体内に取り込まれた場合には、その生命、身体泳ぎ健康が被る被害は相当広範囲かつ深刻になる可能性が高いうえ、事後的な被害回復も容易ではなく、ときには取り返しのつかない事態も起こりうること、③ 仮に短いスパンにおいて有害物質の含有量が微量とされても、長年にわたり飲用し続けることによって、体内に蓄積され、結果として重篤な被害が生ずることがあることに鑑みれば、侵害発生のおそれが高い場合には、原則として差止請求を認めるのが相当である。したがって、上記にいう受忍限度論は、こと被侵害利益が飲料水及び生活用水(なかんずく飲料水)の確保の場合においては、一方の利益である営業の自由ないし廃棄物処理の社会的必要性を対置すること事態許されないというべく、原則として登場する余地がないというべきである。
そして、このような被侵害利益の重大性、非代替性に鑑みると、その侵害行為の原因となる活動、事業公共性、公益性があること、その程度が高いことも、差止めの可否の判断については、原則として影響をあたえないと考えるのが相当である。
要するに、一般的には、産業廃棄物の処理が公共性及び公益性を有することは多言を要せず、それを行わんとする本件処分場の設置に一定の公益性及び必要性があることは否定できないけれども、被控訴人らの生命、身体及び健康が脅かされる高度の蓋然性が認められる場合、上記公益性及び必要性のゆえをもって、その設置を許容することはできないのであって、あくまでも、上記高度の蓋然性の有無によって、差止めの許否を判定すべきである。