7月16日(月)に開催される竿なら原発福岡集会への参加を訴えるものです。田川で、「原発と再生可能エネルギーを考える会」は動いて30名を獲得する努力を惜しみませんでした。しかし福岡市にまで行くとなると二の足を踏む人、予定が入っているなどで悉く断られ今8名ほどしか確認できていません。これでは力にならないと思っています。

 「権力なき正義は無力である」とは、馬奈木昭雄弁護士の言葉ですが、まさに運動の言い合っていると思います。だだ、感じるのは、九州は安全だという、楽観路が根強くあるのを感じています。1960年代まで2000回以上の大気中での核実験がおこなわれ、スリマイル島、チェルノブイリの原発事故での放射性物質の汚染はもの凄く、地球が汚染されていることをしれないのです。だからこそ、さよなら原発に参加してください。

午後4時開始

パレード5時です。

3月議会で川崎町が東日本大震災のがれき処理を引き受けたそうです。私はそれに対して疑問を持ち次の意見をまとめました。

東日本大震災のがれきの受け入れに疑義あり
平成24年5月25日

 3月、町議会は東日本のがれきの処理の受け入れを川崎町議会が議決したと言うことを聞いて驚きと疑義を隠せませんでした。
 東日本の人がれきのために困っているので「できるなら助けてあげたい」と考えられたのかもしれません。しかし、がれき処理が遅れている原因をつかまず単に受け入れを表明することは、単なるパフォーマンスとしか思えないからです。
 まず、がれきとはなにかを定義してみましょう。「価値のないもののたとえ」(広辞苑)と言うことで、この場合、地震と津波でできた廃棄物と考えていいでしょう。
 さて、廃棄物が東北の町や村に散乱して復興を妨げているとの認識では十分ではありません。たしかにがれきの大部分は、仮置き場で管理されているのです。しかし、たとえば岩手県でのがれきは525万㌧。その中でがれきのために港湾の施設が使えない、水産加工工場のそば場にがれきがあるため、衛生上問題になっています。悪臭、ほこりのために洗濯物を外に干せない。夏場を控えてがれきから虫がわくなど衛生面での問題も深刻です。このようにがれき処理が復興の前提になっています。そして、120万トンは「広域で」処理にたよらざる得ないそうです。
 現代ではがれき=廃棄物は再生利用、、再生利用、再資源化ができる時代です。確かに地震と津波によって海水と泥をかぶり、資源化は難しいかもしれませんが、できないことではない課題です。しかしその処理を川崎町が引き受けたと言うことは、廃棄物の焼却処分を引き受けたと解していいのでしょう。がれきの量は宮城、岩手の両県で2000万トン、1995年の阪神淡路大震災のがれき2048万トンですから、ほぼ同じと考えていいでしょう。宮城、岩手の1年たってがれきの処理は6.7%、阪神淡路大震災での処理は約5割。その差は歴然としています。
 がれき処理の遅れは、政府の方針によるものだと思います。すなわち、環境省は昨年4月8日には、がれきの広域処理方針を都道府県に打診しました。結果、12の度府県が受け入れを表明しました。そして、放射能汚染レベルの高い福島県のがれきの処理については有識者会議で6月18日に次のことを決めました。①木くずなどの可燃物は新たな放射能対策は講じなくても、既存の焼却炉で焼却可能②放射能セシウム137濃度が1㎏8000ベクレル以下の不燃物や焼却灰は最終処分場に埋め立てが可能。そして、可燃物については「十分な能力を有する排ガス処理施設」つまり「ろ布式集塵機(バグフイルター)」月板施設で焼却すれば。セシウムは除去できるとしたのです。しかし、田川市と川崎町の清掃組合の焼却炉はストーカ式で「ろ布式集塵機(バグフイルター)」すらついていないのです。また、焼却灰の埋め立て処分については、8000ベクレル以下であれば、1㍉シーベルトを下回るとして環境省は許可しているのです。しかし、8000ベクレル以下の焼却灰を普通のごみの焼却灰と同じように埋め立てることはあまりにも無謀です。
 ところで、川崎町は、どの県の何という市町村のがれきをどのくらい、どのように処理すると考えられて引き受けられたのかという疑問なのです。私たちがそう考えるには理由があります。
第一に、2年前、川崎町は、焼却炉のダイオキシン濃度が高く、毎日300万円かけて廃棄物の処理を筑紫野市に委託していたという事実があるからです。老朽化して修理を繰り返してきた焼却炉に、ダイオキシン濃度を考慮に入れ、東日本のがれきをどのくらいの量を処理する=焼却する能力があると考えられたのですか。現在、一日どのくらいの廃棄物を処理する能力を有しているのですか。
第二に、ダイオキシンは塩基と有機物を混合して焼却することで発生するという事実を知っておられるのかと言うことです。すでに述べたように、宮城、岩手の廃棄物のほとんどが海水をかぶっています。それを生ごみと混ぜて焼却すればダイオキシン生成の条件がそろうのです。この事は、引き受けの場合に考慮されたのですか。
第三に、がれきの処理のためには、積み込み、運搬、放射能濃度の測定、焼却できるものか、埋め立てて安全かなどについて、十分な調査が必要だと思いますが、そのためには、専門的技術を持った川崎町の職員をどのくらい現地に派遣できるのかを検討されたのですか。
第四に、住民に情報が知らされず、がれき処理に関する住民合意が全くできていないのです。
 しかし、東日本大震災でのがれきの処理に関して、政府の対応はあまりにも杜撰です。がれきの処理の遅れを1995年の阪神淡路大震災と東日本大震災と比較すれば、明暗を分けたのは仮焼却施設炉の設置であることが分かります。阪神淡路大震災では、神戸市を中心に兵庫県7市町村に34基が設置されました。ところが東日本ではそれが遅れているのです。
 がれきの処理の広域化が目的としているのは、がれきを受け入れる余地が全国にあると言うことです。それは、全国の自治体では焼却施設、処分場に過剰投資をしていること意味しています。つまり「必要な規模の10倍の焼却施設を作ってしまった。」「予想の数%しか埋め立ての量がない」という施設が多くあると言うことを環境省は知っているために、現地でのがれきの処理という方針をとらずに「広域処理」という方針を考えたのだと思わざるをえません。だから、野田首相は本年3月16日に受け入れを表明していない35道府県と10の政令都市に受け入れの要請をしたのです。
 さらに、放射能に汚染された福島県のがれきの処理は、引き受けるべきではないと考えます。その理由は以下のとおりです。
 環境省は、可燃物については1㎏あたり8000ベクレルであれば、、「十分な能力を有する排ガス処理施設」つまり「ろ布式集塵機(バグフイルター)」付き施設で焼却すれば。セシウムは除去できるとしたのです。しかし、川崎町の焼却炉はストーカ式で「ろ布式集塵機(バグフイルター)」すらついていないのです。また、焼却灰の埋め立て処分については、8000ベクレル以下であれば、年間線量1㍉シーベルトを下回るとして環境省は許可しているのです。しかも、8000ベクレル以下の焼却灰を普通のごみの焼却灰と同じように、管理型最終処分場に埋め立てることはあまりにも無謀です。なぜなら、セシウム137は、処分場の浸出水処理施設では除去できず、環境を汚染する危険性があります。その上、内部被曝と放射能の内部濃縮を全く考慮に入れていないと言うことです。
 ベクレルとは、放射能の強さを表す単位で、1秒間に放射性物質が放射線を出して何個「壊変」するかを表しています。8000ベクレルとは1秒間に8000本の放射線を出すのです。それは染色体のDHAを損傷し、生き物に致命的影響を与えるものです。
 しかも、福島原発事故による土壌汚染(主にセシウム)は、最も汚染の高かった大熊町でチェルノブイリの強制移住地域の約20倍、農地利用の禁止地域禁止区域の55万ベクレルの約55倍という水準で、福島原発の周辺の市町村の多くがチェルノブイリ級か、それ以上の高濃度の汚染地域になっています。京都大学の小出裕章氏によれば、「琵琶湖の2倍の土地を放棄しなければならない。福島県全域から避難しなければならない。」といわれています。また、その他、強制移住区域の基準を超えたところが33カ所、農地放棄区域が132カ所もあるというのです。ストロンチウム、プルトニウムによる汚染も深刻です。
 放射性物質とりわけ半減期が30年と長い揮発性のセシウム137を燃やせば、大気、土壌、水を汚染します。そして、人や生き物は、食物、空気中から取り込まれた放射性物質によって内部被曝をもたらします。内部被曝は、低線量であれ生き物に致命的な損傷を与えます。
 放射性物質被爆の影響は「確率的影響」と「確定的影響」があると言われます。「確率的影響」とは、白血病を含む病気や遺伝的影響などのように低線量でもそれなりの影響が発生するため、これ以下なら安全という限界値(しきい値)は存在しないと言われます。
 「確定的影響」とは、ある限界線量をこえると障害が発生し、その障害は、被曝した線量で決まることを意味しています。
 福島のがれきがたとえどんない低線量でも川崎に運搬すれば「確率的影響」を受けるし、福島県内には、線量が高いホットスポットが無数に存在していることを考え合わせるなら、がれきそのものがきわめて危険だと言うことは明らかです。
 すでに述べたようにセシウム137は半減期が30年と長く、その影響がなくなるには300年かかると言われています。300年前と言えば江戸時代の中期です。私たちはその時代のことは想像すらできないでいます。300年後日本と世界がどうなっているか考えることはできません。さらにプルトニウムは半減期が2万4000年と途方もなく長く、10万年以上たたないとその影響はなくならないのです。しかもその毒性はウランを1とすればプルトニウムは18万5000倍という最強のものです。そのようなものががれきに混じっていないとは誰も保障できません。福島県のがれきを処理するとは、そのような危険性を抱え込むことになるのです。
 その上、放射性物質は燃やしても変化しませんし、質量=重さは変化しないのです。質量=重は変化しませんが、嵩だけは6分の1に減少するのです。それを管理型の処分場に埋め立てることがいかに危険かを想像するだけで恐ろしくなります。
 東北3県のがれきの処理の遅れは、自治体に責任があるわけではありません。「広域処理」方針をとった環境省にあるのです。しかも、現地の人たちは、がれきの処理、除染等を行うことで雇用をつくりたいという願いもあると言われています。したがって、がれきの処理は、東電と政府が自治体と協議の上、責任を持って行わなければならないものであり、それを「広域処理」にたよって全国の自治体に肩代わりさせることは間違いだと考えます。

原発は危険だとはうすうす知ってはいましたがこれほど危険なものとは3,11までそれほど実感していませんでした。だから、原発ゼロの運動を起こすほどのエネルギーはありませんでした。メディアを含めて、原発村から買収されていたとは全く知らされていませんでした。「安全神話」を少しは信じていたのではないかと思うと、恥ずかしくなるほでした。それで、力を込めて「呼びかけ」を書きました。6会は書き直しました。そこでできたのが以下の文です。

「さよなら原発、再生可能エネルギーを実現する」呼びかけ
       平成23年12月11日

 3月11日の東日本大震災は、私たちの「生活、生産、そして生き方」を考えざるを得ない歴史的出来事でした。過去2000年で3回目になるM9の大地震は、私たちにとって初めての体験でした。大津波が、あらゆるものを飲み込んでいくのを目の当たりにして、日本が、四つのプレートにのった地震・津波大国であることをあらためて思い知らされました。その上、福島第一原発の事故です。4基の原発が同時に全電源喪失で制御不能になり、燃料のメトロダウンをもたらし、原子炉建屋の水素爆発によって放射性物質をばらまき北海道、西日本までの広範囲に汚染を拡大しているのです。しかも原発はアメリカのコピーであるために重大事故を収束する技術すら日本は、持ち合わせていないのです。
 さて、日本が原発大国になったのか、その歴史をひもといてみましょう。1973年のオイルショックを転機に、日本は国策として原発エネルギーを選択してきました。その結果、地震・津波大国の地盤の脆弱な海浜に54基もの原発が林立するようになったのです。原発は、過疎で高齢化、財政難に悩む自治体に電源三法により、税金を湯水のように注入し、札束で住民の心と土地を買い上げながら建設されていきました。
 原発は「CO2を出さない、安価なエネルギー」と言われ、マスメデァによって喧伝されてきました。しかし、原発震災は、原発が〈異質な危険性〉を持っていることを具体的に明らかにしました。原発は、は時間的、社会的、空間的に限りなく広がっていくことを意味しているということです。
 福島原発事故で大気中に63万テラベクレル~77万テラベクレル(これは広島原爆の168.5個分)、汚染水に70万テラベクレルの放射能物質を放出したといわれています。(チェルノビイリでの放出された放射性物質は、520万テラベクレル)吉岡斉九大教授(東京電力福島第一原発事故、検証委員会委員)は、原発の処理に「30年以上、被害総額50兆円以上かかる」と指摘しながら、これは「何年かかるか分からないし、被害総額がいくらになるか分からないということである」といわれました。
 全国的に原発をなくそうという取り組みが高まる中で、九州電力は「やらせメール」の最終報告に、第三者委員会の「佐賀古川康県知事の指示が引き金になった」という事実を削除して、玄界原発4号機の再稼働を強行しました。また、私たちは、玄界原発が1号機は原子炉が、老朽化と中性子の照射で鋼鉄が「陶器」のようにもろくなっていること、3号機では軽水炉で「プルサーマル」発電を行っている問題点を不問にしての再稼働を認めるわけにはいきません。
  「フクシマ」は、人類が初めて経験するであろうシビルアクシデント(重大事故)に対して、政府、財界、電力会社は今もなお「原発安全神話」にとりつかれ、「原発がなければエネルギー不足し、企業が海外に逃げる」という脅しをかけ、原発の再稼働、増設の体制を維持しようとしています。また、原子力協定を4ヶ国と結び、その輸出すら企図しているのです。
 そのうえ、私達は、エネルギーの自給問題を考えなければなりません。「エネルギーの地産地消、電力の発電・送電の分離」をめざしていくことが求められています。具体的取り組みとして以下の四点が必要です。
 第一点は、太陽光発電です。環境省の試算でも、太陽光発電の潜在的可能性は原発の40倍と言われています。太陽光を電気に変える比率、いわゆるモジュール率を高めるとともに太陽光パネルの設置価格を大幅に値下げすることで安全なエネルギーを確保できます。とりあえず公共施設、学校、幼稚園、保育園の屋根に太陽光を設置することが求められます。そして、住宅リフォーム補助と合わせて、太陽光パネル設置を考えたいのです。
 第二点は、バイオマス発電に取り組むことです。バイオマスとは「再生可能な生物からできた有機性エネルギー」を指します。具体的には木材、竹材、海草、紙、動物の死骸、糞尿、生ゴミ、プランクトン等があげられます。そこで、間伐材、生ゴミ、糞尿、紙等を使った発電が考えられます。今まで、廃棄物として処理していたものが、エネルギーに変わるのです。
 第三点は小・中の水力発電が有望です。安宅川、中元寺側を利用すれば、かなりの電力を継続的に生み出すことができます。
 第四点は、戸谷ヶ岳における風量発電の可能性を調査することです。風力発電には、風力の強さ、風向き、騒音などの事前調査が必要です。環境アセスメントを実施して、風力発電の可能性を探究してみたいと考えます。
 私たちの生き方として、原発エネルギーに依存せず、「自然と調和し、共存する持続可能な社会」を実現するために努力することが求められています。
 3月11日からの全経過は、原発事故は「人災」であり「安全神話」は虚構で、人々が安全平和に生活する人権を蹂躙(じゅうりん)するものであることを余すことなく示しました。そして、原発を管理することができると考えるのは「幻想」であり、原発は、地域社会に「荒廃と犠牲」をもたらし、破局へとつながる道だと言うことを明らかにしました。
 私たちは呼びかけます。「さよなら原発!再生可能エネルギーを利用する社会を実現する」取り組みを行うことを!
呼びかけ人 小峠 求(安宅) 藤川幸治(荒平、黒木) 
      手島武文(大島) 村上政美(豊州)
      山田安則(島廻) 福山及枝(田川市)
      山崎英美(田川市)