川崎町大ヶ原産業廃棄物処分場反対の住民運動が停滞しているために、私は産廃反対運動からシフトして原子力発電所反対運動を始めました。廃棄物の問題では同じ問題だからです。鹿の原子力発電所の廃棄物は10万年以上も管理しなければならない問題であるだけに、もっと深刻です。
昨年9月頃から準備を始め「呼びかけ人」をつのり、8名の呼びかけんができたので11月9日に「原発と再生可能エネルギーを考える会」を結成しました。
会の最初の活動は昨年11月13日の「さよなら原発1万人集会」への参加でした。この集会には九州・沖縄は当然ですが、韓国の方も参加され1万5千人の大集会になりました。呼びかけ人の訴えの後九電本社までデモをしましたが、人数が多くて舞鶴公園から出るのに50分もかかりました。2時間のデモでしたが、若い人がおおくて、近年にないものでした。私が若かった頃40年前ですが、毎週のように福岡市で集会とデモ行進をしていた時代と変わり、おとなしいものでしたが、若いお母さんが小さい子どもを片手に抱かれてシュピレヒコ―ルをされている姿は本当に絵になりました。電気はあまっている、金より生命などのスローガンは本当に切実でした。
その後1月29日に「さよなら原発学習会」を玄海町原発対策住民会議の仲秋喜道氏を招聘しての学習会を120名で開催しました。その後、5月12日には、「チェルノブイリ・ハート」の試写会を開きました。チェルノブイリ原発事故から17年のドキュメントでしたが、障害児が爆発的に増えていること(80%―85%が障害児)、甲状腺がんが100倍から130倍に増えている事実を見ると息をのむ思いでした。
まだ書きたいことはありますが今日はこのくらいで。