(イ) また、プラスチックやゴムは、それ自体溶け出すことはないものの、その中に含まれている様々な添加剤が溶出する可能性は高く、埋立処分場の浸出水からは、フタル酸エステルやリン酸エステルをはじめ、多くの廃プラスチックの添加剤が検出されていることから、環境への漏出防止がほとんど行われない安定型最終処分場に廃プラスチックが埋立処分されればプラスチック添加剤等が水質汚染等を引き起こす可能性がある。
この点に関して、新聞記事ではあるが、環境庁の全国調査により、調査対象の安定型産業廃棄物処分場の36%で、水銀、カドミウム、鉛、ヒ素などの重金属、シマジン、ジクロロメタン、ジクロロメタン、ベンゼンなどの発ガン物質が検出されていることが分かったと報じられているほか、各地の公害研究所や環境研究所で、安定型処分場から硫化水素が発生したり、鉛、クロム、ヒ素などが基準を超えたりしていることが報告されている。
(甲15、16、48、166~177、乙18の2)
(ウ) 安定型最終処分場では、環境庁の上記調査が結果的に示すとおり、搬入された安定5品目に混入しないはずの異物や有害物質が含まれたり、付着している事例が存し、現実には安定5品目以外の廃棄物が混入されてもこれを分別することはきわめて困難である。たとえば、容器の中に残存物が付着していたような場合に、これを取り除いた上で処理するということは時間的・経済的な点からしてもきわめて困難である。
そして、現行法上の5品目について何らかの遮水工を施すことなく、そのまま埋め立てる安定型最終処分場においては、これまで有害物質が流出して水質の汚染が発生した実例が、上記(イ)のとおり認められ、一方でこれを危惧した差止訴訟が各地で提起されてきている。
(甲14、17~20、22、24、25の1~5、46、48、49、68の4,5、73、74、80、86、99、116の1~6、166~173、177、178)
イ しかるところ、上記のような特質を有する安定型最終処分場である本件処分場での雨水、湧水についての控訴人の対策は、前に見たように、不完全、不十分といわざるを得ないのであって、そうとすれば、安定型最終処分場において、これまで有害物質が流出して水質の汚染が発生した実例があることなどからして、仮に本件処分場に埋め立てられた廃棄物から有害物質が滲み出す場合を想定すると、それを含んだ浸出水が本件予定地から地下に浸透したり、透水管を通して調整池に導かれた後、調整地から野呂ヶ池に流れ込んだりする可能性を認めるに十分である。
なお、控訴人は、フタル酸エステル等の環境ホルモンは人体に悪影響はないなどと主張するが、後記で検討する控訴人の処理如何によっては、そもそもどのような物質が本件処分場に持ち込まれるか予想できないうえ、相応の分別ないし検査等をしたとしても各廃棄物の属性等を正確に把握しうると言い得ない以上、そのまま廃棄処理した場合に、フタル酸エステルに限らず、いかなる有害物質が生じるかは、予測できないのであるから、仮にフタル酸エステルが無害だといっても、本件処分場から他の有害物質が発生する可能性がないと断言することはできない。
4 本件処分場の被控訴人らへの影響
(1) 被控訴人らの井戸の使用
ア 前記基礎となる事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 被控訴人A、同C及び同Jは、本件予定地から西又は南南西側に直線距離で1000m以内に、被控訴人Iは、本件予定地から西側約1700mの地に、被控訴人Mは、本件予定地から南南西側1000m以内にそれぞれ居住し、いずれも井戸水を飲料又は生活用水として使用している。
(甲31、35、36の3,5,15,16、58の2、104の3,5,18,19,)
24,140、原審被控訴人A、原審被控訴人I)
被控訴人B及びDは、いずれも本件予定地から北西側に直線距離で5000m以上離れた地に、同Fは、本件予定地から北西側2500m後に、本件予定地から北側1600mの地に、同Hは、本件予定地から北側約1600mの地に、同Kは、本件予定地から西側約1700mの地に、それぞれ居住し、いずれも井戸水を飲料水または生活用水として使用している。
(甲31,35,36の4,6,1014,17 104の4,6,12,16,20,140)
(イ) 被控訴人佐竹始は、本件予定地から北側に直線距離で1800mの地に、同田中裕見子は、本件予定地から北側約1800m地に、同吉村博昭は、本件予定地から北側1600mの地にそれどれ居住氏、いずれも本件予定地の近くの地下水を取水しいている大峰浄水場からの水道水を飲料水または生活用水として使用している。
(甲31,35,36の9,12,18 62の1~3 104の11,14,21 140)
(ウ)大峰浄水場は、本件予定地の北側や東側に直線距離1500mの場所にあって、1日600㎥の彦山川の伏流水を64mの深井戸から取水し、鉄分とマンガンを取り除いて減菌の上、付近の各家庭に排水している
(甲35,38)
ただし、川崎町においては、現在暫定的に平成13年8月1費から平成22年3月完成予定の伊良原ダム完成までの間、北九州から耶馬溪ダムの水の分与を受けており、大峰浄水場の深井戸からの取水は同年9月以降休止している。しかし現在においても、大峰浄水場は添田町中鶴の彦山川を水源として稼働中であり、給水施設にしても、非常時等、渇水期に備え点検していて、深井戸の水の影響がないとはいえない。
わたしは、産廃処分場問題から一歩進んで脱原発運動に拡げていかねばならないと考えています。わたしが考えていることを「呼びかけ素案」として、公表してみます。意見があったらぜひ返事をください。
「脱原発と再生可能なエネルギー考える川崎の会」(仮称)の結成を呼びかけます!(案)
2011,9,10
はじめに
2011年3月11日の福島第一原発事故は歴史上に最悪のものとして記録されるでしょう。そして、この事故は私達に日本社会のあり方、生き方を問うものになっています。それは「大量生産・大量消費・大量廃棄」という、生産と消費のあり方に警鐘を鳴らすものでした。24時間働き続け、エネルギーを最大限消費することが持続可能な社会を実現できるのか。人類が生きていくためには、「低エネルギー社会」を実現しなければならないのではないか。原発への依存をやめ、再生可能なエネルギーを活用する社会システムに変革しなければならないのではないかなどの、深刻な問いかけをしたのではないでしょうか。
私達は、1995年の阪神・淡路大震災でM7,3の直下型の地震の恐ろしさを経験しました。高速道路が倒壊し、倒壊家屋24万9180棟、死者6433人、不詳さ4万3792人を数え、火災の炎が神戸を焼き尽くしたことが記憶に鮮明に残っています。ボランティアが陸続と駆けつけ、被災者支援を行ったことを思い出します。
しかし、東日本大震災は日本列島が4つのプレートの上に乗っかった地震、津波大国であることを実物教育としてまざまざと教えてくれました。しかし、長さ400㎞、M9の地震が起きることを、日本の地震学は予想できていませんでした。M9とは、阪神・淡路大震災の1000倍の威力をもった地震です。(マグニチュードが1上がるごとに、その威力は32倍になる)3,11、私達は、どす黒い巨大にふくれあがった最大16,8㍍の津波が、建物、車、人を飲み込んでいくのを目の当たりに見て、その恐ろしさを実感させられました。
一、福島原発の重大事故
それに続く福島第一原発4基のシビルアクシデント(重大事故)までは予想できませんでした。「安全神話」にとらわれていたわけではありませんが、4基の原発が次々と水素爆発を起こし、原子炉建屋を飛ばし、メトロダウン(炉心溶融)が起きるとは思っていませんでした。「3,11」まで政府も、電力会社も「日本では、シビルアクシデントは起きない」と明言していたからです。 あれから5ヶ月、福島原発は収束の見通しもなく、最悪の事態すら予想されます。管元首相は「循環冷却」システムが作動していて工程表の第一ステップは達成したと言っていますが、汚染除去システムはトラブル続きで、何より原子炉内部の様子、燃料の状況つかめていないのです。これではいくら「成果」を誇っても何の意味もありません。未曾有の福島原発の重大性は、炉心溶融によって、放射性物質を大気中、海洋中に放出し、広範な地域に土壌、水、農畜産物、水産物の放射線汚染問題を引き起こしています。これは地球レベルでの最悪の環境汚染問題と言えるでしょう。その上、福島原発事故の最悪のシナリオでは、水蒸気爆発の危険性が指摘されています。2800度の温度の燃料が水と接触すれば、水は1600倍に膨張し、原子炉を吹き飛ばしてしまうでしょう。もし一基でもそのような事態が起きれば、高い放射線のために誰も原子炉に近づくことはできません。残りの3つの原子炉も冷却ができなくなって、次々と爆発していくでしょう。そうすれば被害は東北地方だけでなく、関東一円にまで広がっていき、日本は首都機能を失ってしまうでしょう。この最悪のシナリオが現実のものにならないために、国の責任で科学者、技術者、労働者の英知と技術を結集し、できるだけ早く、その収束を求めるものです。
二、原発の持つ「異質の危険性」と「未完の技術」とは
福島原発事故が私達に教えてくれたことは原発が〈異質の危険性〉を持つ〈未完成の技術〉であると言うことでした。原発から放出される放射性物質は〈空間的〉に=どこまでも広がり、原子炉に大量に蓄積された死の灰は時間的には100万年の長さで管理しなければならないし、放射線のために社会的には地域社会のコミニュティと文化を破壊し、人も生き物も住めない地域にしてしま
ところが、国はこのような福島原発事故を過小評価して、復旧に必要な財政出動を行っていません。その結果、福島県民の1割に当たる21万5千人が、県内、県外に避難を余儀なくされているのです。避難先の分散性が高く、生活の困窮化がまさに現実の問題になっています。役場さえ次々と移転し、住民の避難先すら掴めず、インフラの復旧も遅れたままになっています。ここでは、生命とくらし、生業と就業の基盤が破壊され、地域のコミニュティが引き裂かれ、自治体さえ浮遊し、住民は将来の展望すら見いだせないでいるのです。
ところで、放射線とはアルファー線は、陽子2個と中性子2個の原子核の流れで、ベーター線とは電子の流れ、ガンマー線は電磁波の一種で極めて透過性の大きいものです。中性子線は電荷が無く、中性の粒子の透過性の高い放射線です。燃やしても埋めても人類はこれをどうすることもできない上に、放射線は細胞にあたると細胞の核に損傷与えます。大量の放射線を浴びると細胞は壊死(えし)してしまいます。また、細胞核内のDNAの損傷をこうむると、細胞が癌化する可能性が高くなるのです。更に、放射能障害を持った子どもが生まれる危険性も指摘しておかねばなりません。
ここで崩壊熱について説明しておきましょう。ウラン235に中性子を当てると、核分裂を起こします。するとウランは、二つや三つにわれます。この事で小さな原子が誕生しますまた、ウランが中性子を吸収してプルトニウム、ストロンチウム、ヨウ素、セシウムのようないびつな原子が生成されます。これらの原子がきちんとした形になろうとして、放射線と熱を出します。この熱が崩壊熱です。この崩壊熱は、100万キロワットの原子炉の場合、原子炉を止めたとして、1日たっても1万5000キロワットの熱を出します。1万5000キロワットというのは、電気コタツ3万台に当たる熱です。崩壊熱は、原子が安定するまでの間長期にわたって出し続けるために、長期にわたって「冷却」しなければならないことになります。
〈未完成の技術〉とは、原発で、ウラン235を燃やすと大量の「死の灰」を生み出します。100万キロワットの原発を1年間操業すれば、広島型原爆の1000個分の死の灰を生成するのです。人類は、この「死の灰」をどうすることもできないのです。また「死の灰を」完全に閉じ込めることもできないでいます。その上、半減期が2万4000年と長いプルトニムを生み出すのです。
その上、原子炉内では、燃料棒と燃料被覆材は過酷な中で運転されています。燃料棒は約2300度のにも達しますが、一次冷却水は300度です。燃料棒を被膜しているジリコニウムはわずか数ミリわずか数ミリで2000度の温度差。このような過酷な温度差の中で原発は、運転されています。
三、「安全神話」にとりつかれていた、国と東電
次に日本の原発が「安全」と言われてきた、「5重防護」という「安全神話」の根拠になったのは、次の5つのことです。
①原子炉建屋がある。
②原子炉圧力容器(厚さ4㎝の鉄)の存在
③格納容器(厚さ16㎝の鉄)の存在
④燃料棒を守るジリコニウムの被膜管
⑤燃料がペレット状に焼き固めてある(1㎝の円筒形の形をした二酸化ウラン)
しかし、5重の防護といわれるものは、ジリコニウムは水と反応し水素を発生させ、原子炉建屋が水素爆発で吹き飛ばされ、溶融した燃料は格納容器、圧力抑制器も損傷し、外部電源、内部電源を失い冷却装置が働かず、20万トンという水を注入しても原子炉の水位が上がらず、燃料棒がむき出しになり、空だきのために溶融し、メトロダウンして、格納容器、原子炉圧力容器を突き破り、コンクリートにまで達している現実は、原発の「5重の防護」が虚妄だったことを示しています。「安全神話」は、机上の空論だったのです。
世界では,1979年スリーマイル、1986年のチェルノビリイ原発事故を経験し、原発の安全審査や規制の問題が国際政治で問題になりました。1994年「原子力の安全に関する条約」を日本も調印、批准しました。こうして日本でも「規制機関」と「推進機関」を分離することが義務づけられました。ところが「日本ではシビルアクシデントは起きない」として、条約を破って平気でいたのです。原子力安全保安院が原発の「推進機関」と「規制機関」である「原子力安全委員会」経産省におかれています。その上、原子力安全委員会には何の権限もありませんし、全員が非常勤の上、「規制機関」の委員長が、浜岡原発の中部電力の証人になり、「割り切らなくては原発はできない」という証言を行うという、見識のない人物なのです。まさに、このような安全性の軽視が福島原発事故を引き起こしたのです。
しかし、国は地震、津波被害と原発被害を過小に評価し、必要な財政を投資することを避けています。1995年の、阪神淡路大震災では20兆円の財政が投入されました。東日本大震災ではそれを上まわり、被害総額がどのくらいになるか予想できないために、政府はそのことを回避しようとしているのです。しかし、全てを失った、被災地の人々にとって、国の支援がなければ、農業、漁業、地場産業、雇用、生業を確保することは不可能です。国の対応が遅く、被災地は深刻な事態に陥っているのです。