その前は、奈良県西吉野村の産廃富士、香川県豊島の50万トンの不当投棄の視察に行きました。廃棄物を一回捨ててしまうと、その撤去がどんなに大変かを身をもって実感していました。だから、どうしての工事を許すわけにはいかなかったのです。

はじめは畑に、ビニールシートをはって、日陰を作っていましたが、、それでは行けないと言うことで、会員の行為でプレハブを無償で借りて、大ヶ原団結小屋を作りました。

 それまで、私自身は、情報公開請求の裁判の経験はありましたが、産廃差し止めの裁判を緊急の似始めてのは、全く緊張しました。業者が、今までの約束を反故にして工事を始めたからです。初めての経験でしたが、工事はさせてはならないという意思で、住民会議で、実力でも阻止することを決めていましたので、ユンボが動き始め、山肌を削り取っていくのに対して、その前にスクラムを組んでたちはだかリました。1回目は、身体が震えるほど怖かったけれどすると2回目からは、落ち着いて、工事を止めることができるようになりました。業者も人間です。私たちの意志が強かったら、工事ができなくなりました。工事を止めた後、、仮処分裁判にに訴えたのです。弁護士は、工事を無理に止めなくてもよいとは言ったのですが、ユンボが動いて、形状が変わっていくのを見ては居れませんでした。それから、1年以上毎日現場に行き、大ヶ原団結小屋をつくって、業者が工事を始めるのを監視しました。毎朝、7時30分に集まって9時に解散する活動を始めたのでした


あれからもう12年になります。一緒の活動していた方を何人も失いました。

《おわりに》
7年前の1月28日に香川県豊島選出の県議石井亨さんが川崎町で講演されました。石井さんは、 裁判は、運動の目的ではなく、手段であるといわれました。住民運動で決着をつけるということが、基本です。すでに述べたように、裁判で勝つということは、当たり前ですが、その判決を福岡産業開発㈱の撤退まで結びつけるのは、住民の力です。
 産廃処分場問題が解決するためにあとどのくらいかかるかは、わかりません。しかし、それを早くするか、遅らすかは、かかって住民の双肩にかかっていることを強調し、私たちからのメッセージに換えたいと思います。



四、大ヶ原問題解決のために

大ヶ原産業廃棄物処分場反対運動も14年目を迎えました。私たちは、当初こんなに期間がかかるとは、思っていませんでした。弁護士からは、「長期の闘いになる」とは言われましたが、県の手続きにおける間違いなどが明確な以上、安易に建設許可撤回も含めて実現すると考えていたものでした。そうです。法律も、県も、住民の味方をしてくれると、漠然とした期待がありました。2-3年たつうちに、県は、自分達の誤りを絶対に認めないことがわかりました。法律も、とても使いにくく、国民の権利を守るために働かないこともわかりました。県議会も、なかなか行政のチェックをしてくれません。何度も、県議会に働きかけ、要請しました。地元選出の手嶋英昭県議を中心に行政の過ちを正す努力をしてもらっていますが、頑迷な県は、これほど明白な違反、失態を決して認めようとはしません。
 仮処分の決定で「産廃処分場が出来たら地下水が汚染されるなら、それを回復する力はない。」「人格権の侵害であり、産廃処分場の建設禁止」の決定がでても、「司法の判断と行政の判断は、連動しない」として、なんの措置も取りませんでした。その上、知事秘書室は、住民と協議するように働きかけたのですが、わずか一回の協議で、
平行線で、結論が見えないので、協議しない言いました。 この
間の経過から、大ヶ原問題解決のためには、こんなことを考えました。
知事が、間違えを認めないのは、 福岡県民がこのことを知らないと言うことです。その上、行政をチェックすべき県議のみなさんには、正しい情報が伝えられていないのです。また、県民世論の支持を獲得していない要求が通ることはむずかしいのではないかと思うのです。もし、県民世論が、大ヶ原で、県行政のしていることはひどい、県議会が、紛争予防条例の手続きを無視した、行政の施策は、正すべきだと思うなら、私たちの大ヶ原に産廃処分場はつくらないという要求は実現できないことはありません。どのようにけったゃくするの川崎町大ヶ原産業廃棄物処分場反対住民会議、それはひとえに住民の運動にかかっているし、川崎町民の団結と決意によると考えたいのです。だから、私たちの願いは次の三つです。

 ①町民が、大ヶ原問題を川崎町の問題としてとらえ、一致団結し、  県民世論の支持を背景に、許可見直しを要求する。
 ②県議会で紛争予防条例の手続き誤り徹底的に追求し、その間違いをチェックし、正してもらう。
 ③仮処分異議、建設差し止め裁判、等に於いて、勝訴の判決を勝ち取る。

 何よりも、大ヶ原問題が行政の間違いによって発生し、その途中で是正、正す時期はあったのに、惰性に流れることで、このように紛争が長期化した責任をとらせることだと思います。そのための取り組みは、全部してきました。今必要なことは、学習することです。そして、夏から9月に予想される仮処分異議での勝利を勝ち取って、本裁判でも当然のこととして勝訴したいと思っています。