その前は、奈良県西吉野村の産廃富士、香川県豊島の50万トンの不当投棄の視察に行きました。廃棄物を一回捨ててしまうと、その撤去がどんなに大変かを身をもって実感していました。だから、どうしての工事を許すわけにはいかなかったのです。
はじめは畑に、ビニールシートをはって、日陰を作っていましたが、、それでは行けないと言うことで、会員の行為でプレハブを無償で借りて、大ヶ原団結小屋を作りました。
それまで、私自身は、情報公開請求の裁判の経験はありましたが、産廃差し止めの裁判を緊急の似始めてのは、全く緊張しました。業者が、今までの約束を反故にして工事を始めたからです。初めての経験でしたが、工事はさせてはならないという意思で、住民会議で、実力でも阻止することを決めていましたので、ユンボが動き始め、山肌を削り取っていくのに対して、その前にスクラムを組んでたちはだかリました。1回目は、身体が震えるほど怖かったけれどすると2回目からは、落ち着いて、工事を止めることができるようになりました。業者も人間です。私たちの意志が強かったら、工事ができなくなりました。工事を止めた後、、仮処分裁判にに訴えたのです。弁護士は、工事を無理に止めなくてもよいとは言ったのですが、ユンボが動いて、形状が変わっていくのを見ては居れませんでした。それから、1年以上毎日現場に行き、大ヶ原団結小屋をつくって、業者が工事を始めるのを監視しました。毎朝、7時30分に集まって9時に解散する活動を始めたのでした