毎朝7時30分に集合し、9時まで、業者の動きを観察しました。情報の交換で、ミルクを飲んで、ホッとしながら職場に通ったものでした。参加するメンバーはほとんど決まって、今まで仕事も、地域も違ったメンバーが仲良くなって、闘いの方針を練り上げていくのが、とても面白かったです。団結小屋の座り込みは4数十日続きました。あきもせず月曜から土曜日までよく集まったものでした。

9月は残暑が厳しく、炎天下の阻止行動は、私達を消耗させました。そこで、はじめはビニールシートを4すみに立てて日陰を作って過ごしました。9月26ヒモ業者が工事を始めましたそこで、、住民の発案で、プレハブで小屋を作ることになりました。プロの住民が、プレハブで借りてきて、、5人がかりであっという間にプレハブを作ってしまいました。名前は何にするか、公募しました。色んな名前が出ましたが、『大ヶ原団結小屋』(だいがはらだんけつごや) にきまりました。プレハブができたことで、暑さ寒さから逃れられ、そこに住民が毎日集まって、情報を交換して、となりの酪農家から業ニュウをもらうのが日課になりました。机、電話、電気も引いて、生活できるものにしていきました。

業者がユンボで山肌を削っていくのに対して、私達は身体をはってユンボを止めました。巨大な機械が動いていくのに対して、その前に立っというのは勇気が要ることでした。早朝7時30分なので、、人数うはたくさんいません。弁護士からは「、無理をして止めなくてもいい」といわれていましたが、私達は勇気を出して、キャタピラとキャタピラの間に入っていきました。すると、業者は、ユンボを動かせないのです。人間が機械を動かしている以上、相手の迫力に負けない、勇気と気構えがあれば、ユンボは止められると確信を持つことができました。それから半年、何度かユンボを動かそうとしましたが、機械は止められるという確信を持った私達は怖くなくなりました。私達の行動に対して、馬名木昭雄弁護士は『住民が工事を止めてので、裁判所は安心して、仮処分で工事差し止めの決定を出した』と評価してもらいました。裁判所は何か新しいことをしてくれるのではないのです。住民がしたことにお墨付きを与えてくれるだけなのです。