産業廃棄物処分場を設置する場合、その地盤が強固であるかどうかが重要な要件になります。大ヶ原の地盤は石炭採掘で、極めて脆弱であると、かって石炭採掘にあたった古老が証言しました。しか史、客観的に強固かdふぉうかを判断するには二つの方法がありました。ボーリング調査で地盤を判断すること、現に石炭採掘が行われて坑道の存在が確認されることでした。石炭採掘は、鉱害採掘登録簿の存在と、坑道図の存在で確かめられます。しかし坑道図は、情報公開法の制定以前の事だったので、ネド(新エンルギー機構)も経産省も、公開を拒否しました。ボーリング調査では、3本掘った穴の中で1本が坑道の存在を証明しました。また予定地内には講堂の入口がむき出しのまま存在しており、石炭採掘が行われており、地盤が脆弱であることを目視できました。その後、業者は、再びボーリング調査を行うこと通告して、場所は住民希望するところを掘っていいといってきました。十分協議して、意見はまとまらなかったけど、ボーリング調査が行われました。しかし、3本とも、結果は坑道を外れたものになりました。

 地盤の問題はその後裁判の争点から離れましたが、情報公開法の制定によって、坑道図の公開が可能になりました。坑道図と予定地の地図を重ね合わせると、予定地には無数の坑道が存在することが分かりました。私達が主張していたとおり、地盤が脆弱であることは、11年かかって実証されました。

住民会議の運営では、今まで全く知らなかった住民が、産業廃棄物処分場反対という一点で協力して会議を進めることも難しさを痛感しました。立場も、考え方も、感じ方も違う住民が一堂に会して、産業廃棄物処分場反対という点で知恵を出していくことは、想像以上にむずかしいことでした。しばらく会議を続けていくと、だいたい相手が何を考えているかが分かるようになってきました。原案に賛成するか反対するかが予想できるようになりました。私は、原案を作るものとして、反対のでないように原案を練る訓練を続けていきました。そのうち、 だいたい反対の意見がでないように原案を練る訓練を自らに課して、行きました。それでも県に対し留対応で、事務局の意見が二つに分かれ、激しい論争が行われたことも今では、なつかしい思い出です。

川崎町大ヶ原(だいがはら)産業廃棄物処分場反対住民会議の理事会では、執行部を置きませんでした。決定と実践を同時に行うものが理事会と位置づけました。事務局は、何の権限も持たされていませんでした。代表委員の指示のもとに原案を作成する権限しか持っていなかったのです。住民運動は、住民が参画する運動です。そこに執行部を置くと言うことはその、総意や自発性をそぐことになると考えたのです。方針を決定しながら自薦するという、スタイルを取りたいと考えたのです。

 住民会議の理事は70数名いました。当て職の方も多かったので、参加者は、20~30名前後でした。重大な局面に遭遇した時、家庭訪問して参加を呼びかけました。家庭補訪問すれば意識が変わることも多かったです。

 住民海外は規約で執行部を作らないという方針を貫いて活動したことが、大きな力になっていると思います。