最高裁判決
さる4月22日最高裁は、福岡産業開発の上告を棄却して、審議しないという決定を出しました。この結果、福岡高裁の判決が確定し、福岡産業開発株式会社は、法的には、大ヶ原に産業廃棄物処分場を造ることができなくなりました。この判決は、安定型の産廃が有害物質を漏出しその被害を回復することはできないことを示したものとして、画期的なものだと言えるでしょう。そこで、福岡高裁の確定判決の要旨を紹介しておきます。
福岡高裁の判決は以下のような内容を持っています。
福岡高裁判決の要約
2011,5,22
<裁判所の判断>
被控訴人(住民)は処分場の建設・使用および操業により、井戸、水道に水質汚染が生じる結果、人格権が侵害されるので差し止め請求には理由がある。
*人格権:人格権とは、権利者と切り離すことができない様々な利益のうち、生命・身体・名誉など法的保護に値するものを指します。人格権の侵害には、殺人・傷害など人の身体を物理的に害する行為のほか、名誉毀損・侮辱・プライバシーの侵害などその感情を害する行為が含まれます。
<人格権に基づく差し止め請求について>
生命身体名誉などの人格的利益を侵害する加害行為に対いて差し止め請求あるかどうかについては実定法上明文の規定はないが、人格権は排他性を有する物権と類似する絶対権ないし支配権を持つことに着目して、その侵害に対しては人格権に基づく妨害排除請求権ないし妨害予防請求権を根拠として行われている侵害行為を排除し、または侵害を予防するために侵害行為を差し止めることが出来る(最高裁61年6月11日判決)
*ここで参照されている最高裁判決とは北方ジャーナル事件の判決のことです。
(北海道知事選挙に立候補を予定していた元旭川市長は、雑誌『北方ジャーナル』に、記事の全体にわたって市長の名誉を毀損する記載があることを知りました。具体的には、市長について「嘘と、ハッタリと、カンニングの巧みな少年」「言葉の魔術者であり、インチキ製品を叩き売っている(政治的な)大道ヤシ」などと書かれ、さらに市長の私事についても触れられていました。そこで、市長は札幌地方裁判所に当該号の出版の差し止めを求める仮処分を申請し、認められました。雑誌側はこの差し止めが検閲であり違法であるとして損害賠償を請求しました。これについて最高裁は以下のように判断しました。)
「事前差止めの合憲性に関する判断に先立ち、実体法上の差止請求権の存否について考えるのに、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。けだし、名誉は生命、身体とともに極めて重大な保護法益であり、人格権としての名誉権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるからである。」
(この事件の人格権は名誉権ですが今回の場合は身体権が問題となります。)
人は出生から死亡まで水がなくては生きてはいけない。生涯にわたり水とともにあり続ける存在である。そうである以上、人と社会において、水の確保は不可欠であり、もし水が健康を損なうようなものであれば、有害物質が体の中に蓄積して健康を害して生命身体を害することはあきらかである。よって人は人格権としての身体権の一環として生命健康を損なうことのない水を確保する権利がある。
<受忍限度論について>
*受忍限度論:裁判所は、社会共同生活を営む上で一般通常人ならば当然受忍すべき限度を超えた侵害を被ったときに侵害行為は違法性を帯び不法行為責任を負うという「受忍限度論」を採用しています。そしてこの「受忍限度論」は騒音・振動問題だけでなく、日照問題、ゴミ問題等の近隣紛争において幅広く用いられています。どのような場合にこの受忍限度を超えるのかについては明確な基準はなく、裁判所は工事の態様、被害の程度、周辺の地域環境、工事の間に採られた被害防止措置など様々な事情を考慮して、被害が通常受忍しなければならない程度のものかどうかを判断しています。日常生活において、あるいは家を建てたり工場で物を作ったりという場合に、ある程度の騒音や匂いなどは発生します。そのようなものを全て人格権の侵害としてしまっては社会活動が出来なくなります。今回、会社側は、川崎の産業廃棄物処分場の建設操業について社会生活を営む上で受忍すべき限度の範囲内だと主張しているわけです。
これについて裁判所は以下のように判断しています
① そもそも法律は安定型処分場に関して設置者に、周辺の水源地を汚染しない事を至上命令としている。
② 人格権は飲用および生活用として供する水を確保する権利であってその性質上他のものでは代替できない。仮に有害物質が混入して人の体内に取り込まれた場合には被害回復が難しい。
③ 長年にわたり有害物質が含まれた水を使用することによって体に蓄積されて結果として重い被害が生ずること
これを考えれば侵害発生の恐れが高い場合には原則として差しとめ請求を認めるべきである。したがって受忍限度論は、被侵害利益が飲料水、生活用水の確保の場合には、営業の自由や廃棄物処理の社会的必要性などと比較すること自体が許されない。よってそもそも受忍限度論は登場する余地がない。
また水の安全という利益の重大性を考えると行為の原因となる活動、事業に公共性、公益性があることは差し止めの判断に影響を与えない。
<立証責任>
立証責任:訴訟手続において、当事者に自己に有利な法的効果をもたらす事実を証明する義務を課せられていることを「事実につき立証責任を負っている」といいます。訴訟手続において裁判所は、審理に現れた全部の資料.状況を検討して事実の存否を決定しますが、これを確定できない場合があります。これを真偽不明といいます。そこで、この事実について立証責任を負っている当事者を敗訴させるルールを確立することによって真偽不明の場合でも裁判を可能としました。つまり今回の場合は処分場の差し止めを請求してる住民が証明する責任があると裁判所は言っています。
処分所の建設稼働により被控訴人(住民)が生命・健康が侵害される恐れがあるとして人格権に基づき差し止めを請求しているのだから、請求している住民に主張立証責任がある。
しかし有害物質により現実に被害が生じれば取り返しがつかないことになることや、有害物質の種類や量については、住民は予想するのが難しい。よって住民は、処理場の設置場所と、水源地との距離関係や、現地の地形を考慮して処分場に有害物質が運び込まれれば付近の土壌が汚染されて、水が汚染される蓋然性があることを主張立証すれば、差し止め請求の根拠になる請求原因事実について主張立証責任は果たされる。
よって処分場を設置しようとする者は危険を制御、防止することが出来ることを特段の事情として主張立証することにより事実上の推定を揺るがす必要がある。この場合の特段の事情とは①処分場に有害物質が搬入されないことを確実に保証する客観的根拠
②有害物質が運び込まれても施設外に流出して水を汚染することを確実に防止する客観的な根拠である。
また処分場が法律に基づき設置許可を得ていることについて、これは行政処分に過ぎないから住民の生命健康が問題になる場合においては一つの事情であって過大評価はできない。
<予定地の炭鉱跡>
処分予定地の付近では昭和37年ごろまで石炭の採掘が行われており坑内実測図によれば処分場予定地には複数の坑道が存在する。試掘や電気検査でも古洞や採炭現場跡の埋戻しと思われる個所がある。本件予定地の一部は鉱害の認定がされている。平成9年には予定地付近で多量の雨により道路が盛り上がるという地盤変化が起きており、地盤は複雑で不安定である。
<予定地の地盤の問題>
埋立地の基礎地盤は埋立地の安定を左右する重要な問題である。予定地のもともとの地盤に加えて、石炭採掘の跡があり多数の坑道が存在することを考慮すると廃棄物の埋め立てによる重さを支える地耐力が不足している。
会社側は地耐力がどの程度不足しているか明らかではないし、仮に地盤が陥没しても、陥没した部分は土砂や安定5品目で埋まるだけなので問題はならないと主張している。しかし地盤が沈下すれば土砂と廃棄物が地中を移動して埋め立て部分が不安定となり地表に亀裂が生じたり地下水の流れが変化したりという事態が生じるかもしれない。このような可能性を軽視する会社側の姿勢に問題がある。また会社側の地盤の強化の対策は具体的に地盤についてどのような調査をしてどの程度の表土を処分するのか、といった計画の内容は明らかではない。
<雨水、湧水とその対策について>
処分場の事業計画書によれば予定地の周辺に排水溝を設けて湧水等を集めて、谷の底には透水管を設置して浸透水集める構造である。しかし廃棄物の間を通過した水以外は埋め立て面から地下に浸透することが予想される。埋め立てが終了しても地面からの浸透も考えられる。処分場はこれらの水が地下に到達することを遮断する構造ではない。
そしてこの予定地は坑道跡があり地盤沈下が予想される。埋め立て部分を通過した水がさらに地下に浸透する可能性がある。湧水対策として会社側は湧水地点に集水管を設ける予定であるが、湧水が埋め立てられた廃棄物と接触するのを防ぐには会社側の対策は万全とは言えない。
<安定型処分場の安定性>
安定型処分場には無害であるはずの安定5品目のほかにも汚染物質が残っていたりしてこれが水中に含まれる可能性がある。また安定5品目以外も紛れ込むこともあり、安定型処分場は周辺環境を汚染する危険がある。そして現実に安定5品目以外の廃棄物が混じっていても分別は困難である。このような事情を考え、そして本件処分場での会社側の対策は不完全であることを考慮すると、本件処分場に埋め立てられた廃棄物から有害な物質がしみだして地下に浸透したり池に流れ込む可能性が十分ある。
(分別方法について)
以上のように廃棄物業者による選別は機能しておらず仲原選別場においての会社側の選別は不十分である。これを考えるとは会社側には有害物質を含む廃棄物を完全に選別することを期待できない。そしてこのような産業廃棄物が処分場に埋め立てられれば有害物質が発生する高度な蓋然性が一応立証された。そして会社側は処分場に有害物質が運び込まれないことを確実に保証する客観的根拠があること、そして有害物質が仮に運び込まれたとしても施設外に流出しないことについて立証できていない。したがって本件処分場において有害物質が発生することが高度な蓋然性をもって認められた。
(結論)
会社側は処分場を完成させても知事の使用前検査を受けて合格しなければならないので、合格の前に処分場の差し止めを認める必要はないと主張している。
しかし多額の費用をかけて使用操業しないことは考えられない。また処分場が完成させた時点で使用操業の差し止めを求めた場合には司法の判断が下る前に操業が始まるかもしれない。そしてもし被害が発生すれば被害の性質上、その回復は難しい。したがって処分場の建設、使用、操業、いずれについても差し止めを認める必要がある。
すでに述べたように判決が確定したことは、全国的に見て画期的なことですが、処分場の問題の最終的解決ではありません。県は、「16年前の産廃施設の設置許可は有効だ」といい、「 県には業者に設置許可の取り下げを指導する権限はない。業者が自主的に許可取り消しを申し出るほかに方法がない」という、極めて重大な発言をしているのです。
8月までに業者に許可取り消しの打診をするとは発言しているのですが、あくまで設置許可が有効だという立場をとり続けているのです。