古き良き時代、苦楽を共にした仲間の送別会に行ってきました。


入社以来のずっとの仲間なので、誇りに思うこと、寂しく思うこと。まさしく両方。

本音で物事を語りあえる、心と心で会話できる数少ない仲間たちなので、上手く言葉がでません。

でも間違いないのは、4月1日より彼らは新天地で新しい人生が始まること。

それを応援したく、彼らの送別会に参加しました。


一人は名古屋。

一人は水戸。

一人は、参加してなかったですが被災地仙台。


うち二つの場所は被災地にあたり、着任早々仕事は「復興」に向けた生活の安定です。

本当に、心から大変な仕事だと思います。

生きることがすべてだから。

だからこそ、自分にできる何かを捜そうと思ってます。どんなことでも。決して大きなことでなくても。

旅立つ彼らのために、何かしたいと思ってます。






そんななか話しは変わりますが、昨日の夜、送別会の流れでカラオケに行きました。

すると誰かが歌った

小田和正の「たしかなこと」

めちゃ感動してしまいました。自分のやり場のない気持ちと、寂しさや悲しさや言葉にできない感情と、小田和正の歌がすごくリンクして、気がついたら自分も熱唱してました。


「たしかなこと」

またいつか、このメンバーで歌いたいですね。

久しぶりの感動の送別会で、ちょっと泣きそうになってしまった。
金曜日の夜に終電で実家のある埼玉に帰ってきました。

最近では実家に帰ることや両親に電話することなんてほとんどないんだけど、震災後は電話したりメールしたりして、親の安全を確認してます。


埼玉では毎日、計画停電が実施され、多くの街が暗闇の中にいます。

朝6時からの停電だったり、夜食事時の停電だったりとすごく苦労されているのが実態みたいです。

実際問題、埼玉に帰ってみたらすごく寒くて、それでも停電がない時間帯も、両親は暖房器具を使わずに、部屋で厚着をしてました。
そんな姿勢を見てたら、東京でギラギラつく看板だったり、停電ひとつで電車が動かないだ、帰れなくなるだ騒いでいる自分含めた大人のアホさに馬鹿馬鹿しくなってきて。


今日の朝も、うちの実家では計画停電でもないのに、エアコンやストーブをつけずに、自動式の電池がいらないラジオを部屋に流し、陽の光で新聞を読んでいました。

なんという素晴らしい姿勢。

ちゃんと自分も受け継いで、小さな姿勢ではありますが何かに貢献していきます。


もちろん東京も節電してないわけではなく、職場の電気を消したり、営業時間を短くしたり、創意工夫しながら対応してます。

ただやっぱり埼玉や神奈川、それに計画停電の対象になってる人たちに比べれば、恵まれた環境にあるので。


今日できることをしてきましょう。
普段から当たり前に幸せがあるのではなく、それはやっぱり作ったり感じたりするものとして。


被災地に少しでも笑顔が届くように。

大地震の一週間前、神戸の有馬温泉に旅行に行ってきました。


温泉大好きなんで…
豊臣秀吉が愛した「黄金の湯」に浸かり幸せ。


そんななか、兵庫の旅の途中、三ノ宮という場所に立ち寄りました。

タクシーを拾い、神戸ポートタワーを指定するや否や、運転手は自分が東京人であることを察し、神戸の街を丁寧に案内、解説してくれました。


三ノ宮という場所は、阪神大震災が直撃し、古い建物が多いこともあり火災や被害が大変なものであった。
車を走らせてるとわかるとおもうけど、多くの場所にコインパーキングがあって、その場所のほとんどは建物があった場所で、崩壊してしまったのだそうだ。

それほどまでに被害は大きかったのだろう。


そして、それから何日も、何ヵ月、何年もかけて、神戸の街は「復興」した。


昔、オリックスのイチロー選手が「がんばろう神戸」というワッペンを触って、いつも通りのバッターボックスに立っていた。


街自体が一体感をもって、ひとつひとつの復興を願いながら、三ノ宮はまた前と同じ状態まで復興した。


タクシーの外には、多くの若者の笑顔があり、皆幸せそうな笑顔があった。


あー神戸って素晴らしい街だなって会話をして、タクシーの運転手と笑った。



それから一週間後、映画のよう悲劇が東北を襲うなど夢にも思わなかった。


宮城や岩手の街の被害を見た時に、神戸のことを考えていた。


まだ東北が先を見据えた夢を描くのは大分先の話だけど、


これからはがんばろう東北

まだ始まったばかりだ。


今日も僕たちにできることをしよう。


毎日を大切に生きよう。